サジュルダらくがき テーブルの上に置かれていた半券にサージュの目が止まる。珍しい。
「こういう映画も行かれるんですね」
見目麗しい新人男優が話題になっている娯楽映画。ただ、話題になっているのはその一点のみだ。
「もうちょっと、高尚なのがお好みかと思ってましたが」
「おまえに映画の好みを話したことはないと思うが、見なければ善し悪しはわからんだろう」
ルダンさん、あなた映画の話になると周り見えてないだけでけっこう大声で話すから、聞いてますよ。聞いてないフリしてますけど。
「で? どうでした?」
映画の感想を聞くと、興味を持ったことが意外だったのか少し驚いたような顔をした後に評判通りだったな、とため息をつく。
「お決まりの展開で、台詞回しが特別凝っていたということもない。それでも演出が凝っていたらまだ良かったのだが、役者の顔を見せることに終始しているといった感じだったな。主演が上手ければそれでも見所はあったとは思うが、正直今のところは大根としか言いようがない。まだ若いから今後に期待できるとしても」
そこで今後に期待しちゃう辺り、ホントにお人好しですねぇ、副頭取は。
「成る程」
頷いて、半券を手に取る。
「私は好きですよ、この映画」
「見たのか?」
「えぇ。ちょっと暇つぶしに」
映画の舞台は架空の都市の警察だ。見目麗しい男優は、堅物の男とバディを組む。主演をより引き立たせるために地味な見た目の男がキャスティングされていた。ちょっと凶悪な事件が起きて、綺麗な女優が危機に陥って、それを助けて主演男優と恋に落ちる。その後も見たことがあるようなピンチに何度か遭って、それを何故か都合良く起こる偶然に助けられながらハッピーエンド。これを大根演技で見せられるのだから、まぁ、映画好きにはキツいだろう。
「どこが良かった?」
首を捻りながらルダンがサージュをまっすぐに見る。
「……どこが、というか」
思い出していたら、つんと鼻の奥が痛くなった。
感傷とか、そんなもの。らしくないので表には出せない。
「正義が勝つって良いじゃ無いですか」
そう言ったら、思い切り顔をしかめられた。仕方ない、自分は正義感をこの不可思議な銀行に預けている。今のサージュに正義なんて言われたら、そりゃ、そんな顔もしてみたくなるだろう。
ただ、今はなくても、昔はあったものだ。
「昔を思い出したんですよ。先輩にね、よく似た人がいまして」
二枚目で、正義感が強くて、それでいて傲ったところも無く、腕っぷしも強くて、慕われていた。警察組織の腐敗は入ってすぐに目についたが、こういう人がいるなら大丈夫、そんな風に思っていた。彼にも映画と同じようにちょっと地味なバディが存在していた。基本的に二人一組で行動するという伝統は組織が出来た当初の理想の理念とは違って朽ちることはなく、慣例として続いていた。いくら性根が腐っていても、組織も一応仲間の命には重みを感じていたのだろうか。今となってはわからない。
「その人、相棒の刑事が居たんですけど、そいつが犯罪組織と手を組みまして」
自分の目の前で。
「蜂の巣にされました」
今でも時折思い出す。凄惨な光景と、先輩刑事が優秀な相棒の死に、笑みを浮かべて居た横顔を。
原因は金だったのか。それとも、相棒への嫉妬だったのだろうか。もしかしたら、警察の上層部が目障りな正義漢を消したかっただけかもしれない、とも考えた。
ともあれ、当時所属していた組織に絶望を抱く一端にはなった。
「だから、夢があって良いんじゃないのかな、と思いました。品のある感想じゃないので申し訳ないですが」
笑顔でそう言うと、ルダンは苦虫をかみつぶしたような顔になる。
ゆっくりと目を閉じて、大きく息を吐く。
サージュが机の上に戻した半券を、手帳を広げて間に挟む。
「だとしたら、この映画を見ておいて良かったのかもしれないな」
ぱたん、と手帳を閉じて懐にしまう。
捨てるつもりだったであろう、駄作と評される映画の半券を。
だから頭取になれないのだ、この人は。夜叉になれず、人を慮る、そういうところが。
駄作だと思ったなら、駄作と言っていいものを。それが世間ってものだ。そういう所に迎合できる無頓着さもトップには必要なのに。
面白い映画なら紹介する、というルダンの言葉を「遠慮しまぁ~す」とフッて、憮然となった彼の顔を笑ってから外回りの為に銀行を出る。
副頭取みたいに、そういうものを抱えたままで居たかった、なんて事は一生あの人の前では悔しくて言えない。いくら嫉妬しても、自分はその行く末を見ていきたい。自分の先輩じゃなくて、あの映画に出てきた地味な相棒と同じように。
あの映画、見て置いて良かったな、とサージュも思う。
ルダンとお揃いの映画の半券を自分もまた、捨てられずにいる。