(1)図書室。直感で選んだ本を読むでもなくぼーっと眺めていると視界端に見知った色が映った。しかし、違和感に気がつく。いつも隣に立っている影の姿がなかったのだ。
―離れた?
有り得ないだろう事を期待してしまい、思わず顔を上げる。そこに立っていたのは紛れもなく青年であった。確かに青年が立っていた。しかし、その目は人ならざるものとなっていた。
『やあ』
声が二重音声のように重なって聞こえる。主導権が彼でないことは確かだった。
きっと、他の人たちから見たら、目も声も普通のままなのだろう。自ら人気のない場所へ移動する必要はなさそうだ。
「…体、返してあげなよ」
『寝てる間だけさ。それとも君の身体をくれるのかな?』
化け物が、彼よりも彼らしく微笑みそっと私の手に手を重ねる。触れた部分から力が抜けるような感覚に手を払い退け庇えば、影はその手をそのままにおどけたように笑った。
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