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    mito_0504

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    つるさんの記念日と聞いて 書きかけですが進捗報告 音楽パロ番外編その3前編

    #くりつる
    reduceTheNumberOfArrows
    #現パロ
    parodyingTheReality

    残響番外編③前編 ガタン、ゴトン。列車が線路を走る際に鳴る音が、足元の振動と共に車両内に響く。平日の真昼間とあって乗客は少なく、各々が手元のスマートフォンを眺めたり雑誌や新聞を読んだりして過ごしている。大きな車窓から差し込む光で明るいものの、冷房が効いており暑さは感じられない。
     耳に嵌めたワイヤレスイヤホンから音が漏れないように気を配りつつ、練習中の曲やその他に気に入った曲などを聴いて、読みかけの文庫本のページを静かにめくる。そうして過ごす移動時間を、大倶利伽羅は殊の外気に入っている。とはいえ、大学付近に引っ越した大倶利伽羅は高校時代と異なり通学に電車を使わなくなったから、電車移動の頻度は少ない。使うとしても他大学のオーケストラ部の練習に呼ばれた時や、演奏会を聴きに行く時、友人知人と共に出かける時など、遠出の用事がある時に限られる。そして今年度はそこへ、恋人に呼び出された時、という場合が一つ加わった。
     大学三年生の夏休み。長期休暇中でも大倶利伽羅は講義がない以外は普段と変わらずアルバイトや部活動に明け暮れる忙しない日々を過ごしているが、一つ昨年度とは異なる点があった。春から恋人同士になった相手・鶴丸国永との逢瀬の頻度が増したことだ。以前は主に大倶利伽羅が鶴丸を食事に誘っていたが、「恋人になろう」と持ち掛けられて頷いて以降、鶴丸から誘われることが増えた。音信不通になっていたことや交際に至るまで長く足踏みをしていたことへの負い目もあってのことだろうが、何度か会ううちにそれだけでなく、どうやら鶴丸には年上として見栄を張りたい欲もそれなりにあるらしいということがわかってきた。
    「一応俺、先輩だからな」やら「俺の方が年上だからな」やら、それらしい発言は以前からあった。それが「乱から直々にレクチャーされちまったんだが、やっぱり先輩がリードしたほうがいいらしいな。ってことできみには俺にたっぷり付き合ってもらうぜ」に変わり、やがて「きみも俺に誘われたら嬉しいだろう? 退屈はさせないから、ついて来な」に変わった。悪戯っ子のような笑顔でそう言われて手を引かれてしまっては、大倶利伽羅とて頷くほかない。かと思えば帰り際になると「今日もきみに会えて嬉しかったよ。来てくれてありがとうな」と屈託のない笑顔で言い出すものだから、「驚き」で胸を刺されるような心地になってしまう。まんまと手のひらで転がされているような気がしなくもない。
     鶴丸は研究室に所属する大学院生なので、学部生の大倶利伽羅ほど長い休暇があるわけではなかったが、できる限りスケジュールを合わせて大倶利伽羅を外出に誘っていた。「だって放っておいたらきみ、引きこもって楽器弾くだけで学生生活終わっちまうだろう」という余計な一言もあったが、実際に鶴丸に誘われなければ行くことがなかっただろう場所は多かった。何事にも好奇心旺盛な鶴丸に連れまわされているうちに映画や音楽などのこれまでの定石を飛び越えて美術館や博物館、果ては海やら山やらアウトドア活動にも引っ張り出され、大倶利伽羅が一人で居ては触れる機会がなかった分野の知見を得ることもできた。鶴丸が幼子のように目を輝かせて何かに強く興味を持つ様子を間近で見ることができたのも良い経験になった、と大倶利伽羅は思っているがそれを鶴丸本人に伝えたことはない。
     そんな夏休みの終わりも近くなったこの日も、大倶利伽羅は鶴丸に指示された待ち合わせ場所に向かうべく、大人しく電車に揺られている。今日はどんな驚きが待ち受けているのやら──車内のモニターで目的地が近づいていることを確認する合間にふとそんな考えが脳裏をよぎって、恋人の思考の傾向に多大なる影響を受けている自分の存在に気付く。それを悪くないと思えるのは、惚れた弱みというものなのかもしれない。そしてどれだけ頬が緩もうとも誰から視線を向けられることもない車両という空間は、やはり居心地が良いものだった。


    「よっ。長旅、ご苦労!」
    「…………」
     大倶利伽羅が目的の駅に到着して改札を出ると、すぐに鶴丸と合流できた。周囲に人が少なかったからというわけではない。鶴丸が背負っていた持ち物が、よく目立っていたためだ。それを一目見た大倶利伽羅は暫し言葉を失い、鶴丸の顔を凝視してすっかり硬直してしまった。
    「おーい、伽羅坊? どうした?」
    「……あんた、それは……メンテか?」
     まだ高校生だった頃によく見た、白く艶のある楽器ケース。所々に金色の金具が使われているそれはまるで鶴丸のために作られたようにも見えるもので、かつてブレザー服の上に背負っていた姿はいつ見ても様になっていた。それが今、夏用の薄手のジャケットによく映えている。そして肩に下げているのは書類が入る大きさのトートバッグで、それ以外の荷物は持っていない様子だ。
     楽器を弾くのをやめた後も鶴丸が定期的にメンテナンスに出していたことは知っていたし、それを回収するついでに時間を合わせて会ったこともある。けれど待ち合わせ場所にわざわざ背負ってきた姿は初めて見たから、大倶利伽羅は目を見開いて鶴丸の背後ばかりをまじまじと見つめた。鶴丸に呼ばれたので時間通りに来たは良いものの、思い返せば会った後に何を予定しているのかは聞いていなかった。これまでにもこの駅には何度か来ており行き先も決まったカフェだったから今回も同じだろうと、何の疑問も持たずにのこのこと来てしまった自分自身にも呆れてしまう。そういうわけで、大倶利伽羅の思考はすっかり停止してしまった。
    「はは、驚きすぎだろう。ちなみにメンテじゃあないぜ。まあ、なんだ。きみ、もうじき夏休みが終わるだろう? だから俺も宿題を終わらせようと思ってな」
    「宿題……」
    「おう。髭切大先輩からの、とびきり難儀な宿題さ」
     声をかけられて、視線を戻す。鶴丸はどこか照れくさそうに笑いながらうろうろと目を泳がせて、やがて意を決したように拳を握って大倶利伽羅と目を合わせた。
    「行こうか……とっておきの驚きを、きみにもたらそう」
     にぃと歯を見せて笑った鶴丸に、こくんと頷き返す。その後も「よし」やら「俺はやるぞ」やらぼそぼそと呟き続ける鶴丸に導かれるまま、大倶利伽羅は行く先も知らずに、とはいえある程度のあたりはつけて歩いた。
     今日の待ち合わせ場所は、出身高校の最寄り駅から三駅離れた馴染みの駅。合流してから、かつて何度も歩いた道を共に進むこと数分。荘厳さを醸す立派な店構えを前に暫し立ち止まった鶴丸は、また「よぅし」と呟いて拳を握り締めたかと思えば、大倶利伽羅の手を掴んでタッタと足早に外階段を下っていった。


    「やあ、鶴丸さん。大倶利伽羅さんも、久しぶりだね」
    「よっ。今日も世話になるぜ」
    「石切丸さん、お久しぶりです」
     ガラス扉をくぐると気温も湿度も調節された心地よい空気に包まれて、じわりと滲んでいた汗はすぐに乾いた。連れ立って入店した二人をにこやかに出迎えたのは、ここ『三条楽器店』の店長を長く務める石切丸だ。大倶利伽羅も鶴丸からこの店を紹介されてからは弦を選ぶ際や楽譜を探す際によく石切丸の世話になっていたのだが、大学生になって引っ越すと同じ系列の別の店舗に通うようになったため、この本店を訪ねるのは久しいことだ。軽く頭を下げて挨拶する大俱利伽羅の隣で、鶴丸はきょろきょろと店内を見回した。
    「今剣はもう来ているかい? まだなら先に奥に行ってるが」
    「ああ、ついさっき来たところだよ。音出しをするって言っていたから、先に弾いているんじゃないかな」
    「お。ならすぐ行かなくちゃな。伽羅坊、来てくれ」
    「あ、ああ……」
    「行ってらっしゃい。ゆっくりしておいで」
     今剣、とは。知らない名前に首を傾げた大俱利伽羅だが、鶴丸が有無を言わさず店の奥に歩き始めてしまったので無言で後に続いた。石切丸の何やら意味ありげな笑顔も気になったが、彼は彼ですぐに仕事に戻ってしまったようだった。
     店内奥の防音室には楽器を置けるテーブルと、一台のグランドピアノが置かれている。この部屋は試奏のためだけでなく楽器の練習用にも予約制で貸し出されており、今日は鶴丸が予約をとっているとのことだった。鶴丸が入り口の重いガラス扉を押し開けると、先客が弾いているらしいピアノの軽快な音がよく聞こえた。
    「よっ、今剣! 待たせたな」
     先に部屋に入った鶴丸が声をかけると、ピアノの音はすぐに止んだ。奏者の少年はくるりと勢いよく振り返ると、ぴょこんと立ち上がって軽い足取りで入り口付近にやってきた。
    「鶴丸! やっと来ましたね、なかなか来ないから怖気づいたのかと思いましたよ!」
    「うっ……待たせて悪かったよ。それより紹介させてくれ、前に話した大倶利伽羅だ」
     鶴丸の後ろに立ったまま二人のやりとりを呆然と見ていた大俱利伽羅は名前を呼ばれて我に返り、部屋に入って後ろ手に扉を閉めた。先客は白銀の長い髪を一つに結った小柄な少年で、声も高く幼げな印象を受けたが、服装やぺこりとお辞儀をする姿勢は気品や優雅さを感じさせるものだった。
    「大倶利伽羅さん、初めまして。僕は鶴丸や石切丸の親戚の、今剣です。ちゃんとご挨拶したことはありませんでしたが、実は大倶利伽羅さんとも同じ高校の出身なんですよ。今は鶴丸と同じ大学に通う一年生です」
    「あ、ああ……大倶利伽羅広光だ。一年生なら、乱や貞たちと同じ学年か」
    「貞というと……あっ、太鼓鐘さんですね? はい、中学の時からのお友達です! 今日もこの後カフェに遊びに行く約束をしているんですよ」
    「そうか……それで……」
     これは一体、どういう状況だ。鶴丸に視線を戻して尋ねようとした大倶利伽羅だったが、その言葉は声にならなかった。今剣に挨拶をした鶴丸はそそくさとテーブルの傍に向かい、背負っていた楽器ケースを開いていたのだ。目を見開いて言葉を失う大倶利伽羅の様子に今剣も暫し首を傾げていたが、結局人好きのする笑みを浮かべたまま何も言わずにピアノ椅子に座りなおして楽譜を開き始めた。大倶利伽羅は部屋の入口で棒立ちになったまま所在なく視線を彷徨わせていたが、やがて振り返った鶴丸と目が合った。
    「国永……」
    「うん……格好つけたかったけど、やっぱり少し手が震えちまうな。なあ伽羅坊、ちょいと俺の手、握ってくれないか?」
     一歩、二歩。静かに大倶利伽羅に近寄った鶴丸が左手にヴァイオリンと弓をまとめて持ったまま、そっと右手を差し出した。白く細長く骨ばった指に、手入れの行き届いた桜色の丸い爪。まじまじと見つめ返してから大倶利伽羅もそろりと右手を差し出して握手をしてみると、確かにその手が少し冷えて震えていることに気付いてしまった。咄嗟に左手も添えて温めるように握り込むと、鶴丸は僅かに肩を跳ねさせた後にほうとため息をついて、緩やかに口角を上げた。
    「……ありがとな。それじゃあその辺に座って、聴いててくれ。今剣、頼んだぜ」
    「はい、任せてください!」
     ピアノ椅子に腰かけたまま上半身で振り返った今剣が、手を突き出してブイサインを示す。鶴丸は大倶利伽羅を室内の壁際の椅子に座らせてからピアノの隣に歩いていき、楽器を構えた。二人でアイコンタクトをして、今剣がA音を鳴らす。鶴丸も弓を持ち上げて音を拾い、調弦し始めた。控えめで小さくともその音は彼が愛用する楽器と、弓と、弦と、それを操る彼にしか出せない音であり、かつてその音に焦がれた大倶利伽羅は早くも胸を高鳴らせてその音に集中した。
     調弦が終わった鶴丸が今剣を見やり、小さく頷く。にこりと穏やかに微笑んで頷き返した今剣が鍵盤に手を置き直し、深いブレスを取って音を奏で始めた。
     最初の一小節で大倶利伽羅にも曲目がわかり、目を見開いて息をのむ。二小節目、それまで顔を強張らせていた鶴丸がそんな大倶利伽羅の表情の変化に気付き、ふわりと微笑み、ゆったりとした動作で弓を持ち上げ、弦に置いた。
     大倶利伽羅が鶴丸の演奏を始めて聴いた時、鶴丸はコンサートマスターとして舞台上で華々しく活躍していた。次に聴いたのは、教室で一人で練習していた彼が暇つぶしか気分転換のために自由気ままに弾いた、優美でのびやかで繊細で、それでいて飾り気がなくどこか切なげな、心を揺らす音だった。春の穏やかな風に揺れるカーテンも、窓から差し込む温かな陽の光も、それに照らされてきらきらと輝く彼の瞳も、全てが美しい情景として大倶利伽羅の心の深く柔いところに残っている。それらが今、再び鳴る彼の音で、ありありと蘇った。
     タイスの瞑想曲。目的もなくただ誘われるままに弾くだけだった大倶利伽羅に、鶴丸はこの曲で図らずも道を示した。
     彼の音に焦がれて、追い求めた。やがて彼自身に焦がれているのだと知り、その背を追いかけて、見失った。彼が楽器を手放したことを知り、それでもなお音楽を愛せずにはいられない彼を殊更愛おしく思った。
     そんな彼が決死の努力を重ねて再び演奏している、その穏やかな微笑みが物語るのは彼の際限のない深い愛情と、幸福だ。音楽の中に佇む彼はただひたすらに、美しかった。
     ピアノ伴奏とヴァイオリンのフラジオの甘美な響きが一体となり、静かに曲が終わる。楽器をおろし、頬を染めてふぅとため息をついた鶴丸は、今剣と顔を見合わせて満足げに微笑んだ。今剣が立ち上がると二人で手を取り合って礼をして、揃って大倶利伽羅の傍まで歩いてきた。ぱちぱちと拍手をしていた大倶利伽羅は、少し屈んだ鶴丸が延ばした右手で頬を撫でられて初めて、そこに伝っていた雫に意識を向けた。
    「なあ、伽羅坊……驚いてくれたかい?」
    「ああ……とっておきの驚きだった」
    「そりゃ良かった。頑張った甲斐があったぜ……はは、だめだな。やっぱり俺の手、震えてら」
     左手に楽器と弓をまとめて持ったままの鶴丸が一歩後ずさる。椅子から立ち上がった大倶利伽羅はその場で立ち尽くす鶴丸を、楽器にはなるべく触れないようにしてそっと抱き寄せた。そのまま大倶利伽羅の肩に顔を埋めて啜り泣き始めた鶴丸の背をトントンと軽く叩き、後頭部を撫でる。「あったかいなぁ」と涙声でこぼす鶴丸に「そうだな」と頷き返し、頭や背を何度でも撫でた。
     そうこうしているうちに楽譜を片付け終わった今剣はピアノの鍵盤の蓋も閉めてすっかり帰り支度を終えていて、鶴丸と大倶利伽羅を見上げてにこにこと微笑んでいた。そんな温かい視線が流石にくすぐったく感じられてきた大倶利伽羅は、泣いている鶴丸の背を擦りながら今剣と目を合わせた。
    「本当に、良い演奏だった。今剣も、ありがとう」
    「いいえ。こちらこそ、聴いてくださってありがとうございました。やっぱり誰かに聴いてもらえるのは嬉しいですね。鶴丸が自由なので合わせるのは少し大変でしたけど、僕も頑張った甲斐がありました!」
     えっへん、と胸を張る今剣に、鶴丸がぴくりと反応して顔を上げる。すんと鼻を啜って大倶利伽羅の腕から離れた鶴丸は、右手で軽く頬を拭ってから今剣の額を指先でツンと軽く突いた。
    「おいおい、俺、そんなめちゃくちゃ弾いてねぇだろ。岩融じゃねぇんだぞ」
    「ふふ、確かに岩融の自由律と比べたら、全然及びませんね。でも楽しかったので、また一緒に弾きましょう。そうですね、次は大倶利伽羅さんもご一緒にいかがですか? 石切丸がヴィオラを弾いて岩融がチェロを弾くので、五重奏までならできますよ!」
    「ああ。勿論だ」
     二人が話している岩融とは一体何者なのか。疑問符は浮かぶもののそれはさておき、大倶利伽羅は今剣の提案に力強く頷いた。すると今剣が返事をするより先に、鶴丸が大倶利伽羅の腕に飛びついた。
    「伽羅坊言ったな? 絶対やるからな?! きみが1stで俺が2ndだからな、絶対覚えとけよ!?」
    「あんたはまず楽器を片せ」
    「へいへい……」
     渋々腕を離した鶴丸が楽器を片付け、椅子の位置も元に戻して荷物をまとめ、三人で揃って防音室を出る。店内BGMが耳に入るようになっても、大倶利伽羅は脳裏でずっと、久々に聴くことができた鶴丸の音を反芻していた。
     拙い部分や、手に汗握って聴いてしまう部分もあった。怪我や病気を乗り越えても、かつて高校生だった頃の彼と『同じ』音が戻ることはきっとないし、その寂寥感が完全に癒えることもきっとない。けれどそれを実感してなお、大倶利伽羅の胸は確かに暖かな幸福で満ちていた。鶴丸が音楽と共に在り、その手で音楽を奏でること、それが己の喜びなのだと、大倶利伽羅はまた思い知らされた。
     大倶利伽羅にとって鶴丸国永はいつだって、焦がれてやまないヴァイオリニストだった。


     夕方になって店内の客は増えており、仕事帰りの社会人だけでなく部活帰りの高校生の姿もちらほらと目に入った。その中には母校の制服を着た生徒の姿もあり、懐かしさで自然と各々の頬が緩んだ。
     挨拶をするために石切丸の姿を探すと、ちょうど接客を終えたタイミングで声をかけることができた。鶴丸と目が合った石切丸はぱちくりとまばたきをしてから大倶利伽羅にも目を向けて、赤くなった目元には触れずに朗らかに笑った。
    「お疲れ様。もう帰るのかい?」
    「ああ。部屋、貸してくれてありがとうな。おかげで、たっぷり弾けたよ」
    「それはよかった。またいつでも弾きにおいで。大倶利伽羅さんも今剣さんも、事前に電話を入れてくれたら部屋を開けておくよ」
    「ありがとうございます」
     軽く頭を下げた大倶利伽羅の隣で、今剣が背伸びをする。
    「はい! 石切丸、次はあなたも弾くかもしれないので、練習しておいてくださいね?」
    「おやおや、それは大変だ。曲が決まったら早めに教えてくれると助かるよ」
    「ええ。それじゃあ、ぼくは太鼓鐘さんのお店に行くので、お先に失礼します。鶴丸、大俱利伽羅さん、今日はありがとうございました! また遊んでくださいね!」
     ぺこりと頭を下げる今剣に改めて礼を言って、その小さな背を見送る。続けて鶴丸も手洗いに向かったので、大俱利伽羅と石切丸の二人が売り場に残った。
     しばらく店内BGMの選曲や直近の三日月の演奏会のことなどを話していたが、ふと同時に無言になった瞬間があり、石切丸が先に口を開いた。
    「大俱利伽羅さん……僕はずっときみに、謝りたかったことがあるんだ」
    「え……」
     微笑みが一変して眉尻を下げる石切丸に、大俱利伽羅が息をのむ。石切丸は大俱利伽羅と一度目を合わせてから、俯きがちに語りだした。
    「鶴丸さんが楽器をやめた時、僕はそれをずっと隠していただろう。きみがどうにかして彼と連絡をとりたいと言ってくれた時も、僕は断っていた。確かに怪我や病気のことは僕の一存で話すことはできないことだったけれど、きみはずっと彼を案じてくれていたのに、僕はその気持ちに応えることができなかった」
    「それは……」
     確かに高校生だった大倶利伽羅は石切丸に鶴丸との取次ぎを断られて落胆したし、口を閉ざして曖昧なことだけを述べた石切丸を腹立たしく思うこともあった。けれどそれは誰にもどうすることもできない事情があってのことで、石切丸が謝らなければならない問題ではなかったはずだ。口を挟もうとした大俱利伽羅だが何を言うべきかまでは咄嗟に考えつかず口籠ってしまい、その様子を見て石切丸はただ穏やかに頷いた。
    「今になって言ってもきみを困らせてしまうと思うし、情けなくて大人げないことだと思う。けれど、きみが卒業したあともきみたちのことはずっと気がかりだったんだ。鶴丸さんとはそれなりに長い付き合いだったけれど、あんなに嬉しそうに紹介してくれた後輩はきみが初めてだったから。僕もそんなきみと知り合えて、とても嬉しかったんだよ。だからこそ、きみが困っていた時に助けになれなくて、申し訳なかった」
    「……」
    「それと、そんな僕がこんなことを言うのもおこがましいけれど……きみが良ければ、どうか今後も鶴丸さんと仲良くしてあげてほしい。彼も成人男性なわけだから余計なお世話だとは僕も思うけれど……彼はほら、何というか、少し目を離した隙に一人で抱え込んでしまうところがあるからね」
     大俱利伽羅は苦笑する石切丸と目を合わせて、何と答えるべきか考えた。たとえ「余計なお世話」だとしても、親戚として鶴丸の身を案じる彼の気持ちは決して無下にされるべきでないものだ。
    「……謝らないでください。石切丸さんがあいつを守るために何も言わなかったことは、俺もわかってます。それに……」
     言いかけた時、ふと視界の端に白い姿が映る。すぐさまそちらに視線をやった大俱利伽羅につられて石切丸も顔の向きを変え、こちらに向けて小さく手を挙げる鶴丸に微笑みを返した。
    「俺はあいつが許す限りずっと、傍にいます」
    「うん……そうだね」
     やっぱり、余計なお世話だったか。そう遠慮がちに呟いて再び苦笑した石切丸は、鶴丸を見つめる大倶利伽羅の横顔を見やって眩し気に目を細めた。


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    mito_0504

    PROGRESS三月の新刊その2 忘れ草が書き終わらないので代わりに間に合えばこれを出します ババンババンバンバンパイアのパロディです ついにやりました タイトルは書き終わったら考えます 今日書いた部分なので推敲前ですがサンプルとして一度のせてみます
    タイトル未定吸血鬼パロ()くりつる よっ。俺は鶴丸国永。平安生まれの吸血鬼だ。と言っても、青い彼岸花を躍起になって探したりそのために不同意で仲間を増やしたりすることはない、安全な吸血鬼だ。年齢は永遠の二十九歳ということにしている。実年齢が自分ではわからないので相談したらそういうことにしておけと言われたのでそうした。わからないというのはどういうことかというと、俺は自分がいつどうやって生まれたのか自分ではあまりよくわかっていない、ということだ。
     こんなことを言っても信じてもらえないだろうが、俺は長生きの吸血鬼なので、日本史でいうところの平安時代からの記憶がある。流石にそこまで遡ると昔すぎておぼろげだが、現役で活躍していた鎌倉時代以降の記憶ならわりとちゃんと残っている。これがまた波瀾万丈な人生だった。安達という家に仕えていたらもっと偉い人から謀反の疑いをかけられて一家全員皆殺しにされてしまったし、俺も殺されるもんだと思っていたら美人すぎるからという理由で捕まって北条という家に仕えることになったし、その後何故か神社に放り込まれてしばらくして、今度は伊達の家、そして皇室。俺が美人すぎるばかりに色々なところに引っ張りだこだったというわけだ。
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     ここは戦場ではなく畑だから、飛沫をあげるのは血ではなく汗と水。実り色付くのはナス、キュウリ、トマトといった旬の野菜たち。それらの世話をして収穫するのが畑当番の仕事であり、土から面倒を見る分、他の当番仕事と同等かそれ以上の体力を要求される。
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