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    なつのおれんじ

    @orangesummer723

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    なつのおれんじ

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    ハーあの♀

    #ハーあの♀

    ハーあの♀ / 膝枕のはなし それは悪夢と言って差し支えない光景だった。人や建物などは見当たらず、地平線の彼方まで広がる白い砂漠に、ローブを身に纏った己の影が落ちている。訳もわからず歩き出してみるが、その光景はどれだけ進んでも変わらない。降り注ぐ光は燃えるように熱く、喉が渇いて足取りも重みを増していった。
     そうしているうちに、気づけば目の前に眩い光を放つ、美しいクリスタルが現れた。それはよく見慣れているようで懐かしく、愛しさすら感じる光だった。
     砂漠の砂に飲み込まれつつあるそれを、慌てて掬い上げる。クリスタルと一緒に掬いあげてしまった砂が、指の隙間からサラサラと音を立ててこぼれ落ちた。砂がこぼれ落ちる勢いは止まらず、自分はただそれを見ていることしか出来なかった。
     そうして全ての砂がこぼれ落ちた時、自らの手のひらに残ったのは美しいクリスタルではなく、その形を模しただけの、得体の知れない"何か"だった。
     腹の底から吐き気にも似た嫌悪感が湧き上がり、思わず叫び声を上げたその時──

    「ハーデス、大丈夫?」
     頭上から柔らかな声が降り注ぎ、目を覚ますと彼女が心配そうな表情を浮かべている様子が目に映った。
    「お前、どうして……」
     そこまで口にしたところで、今日は彼女が家に来ていたことを思い出す。しかし横たわった姿勢で彼女が真上に見えるということは、自分は今彼女の膝の上にいることになるが、これは一体どういう状況なのだろうか。霞む視界を晴らそうと目を擦ると、彼女は眉尻を下げてへにゃりと笑った。
    「酷くうなされていたから、少しでも良い夢が見れるようにと思って。気を悪くさせてしまったかしら」
    「そんなことはないが……」
     彼女の純粋な好意を否定するつもりはないが、この歳になって膝枕をされるとは思ってもみなかった。悪夢にうなされているところを見られた上、その柔らかな膝の上に乗せられるなど、羞恥心を感じない方が難しい。
    「きっと、私がお土産に持ってきたお酒が良くなかったのね。貴方はなんでもいける口だと思っていたから……今回は相性が良くなかったのかも」
    「悪酔いした覚えはないんだが……まぁ、よく知りもしない土地の酒だ。そういうことにしておこう」
    「あら、よく知らないなんて悲しいこと言わないで。迎えに来てくれた時、貴方も島の人たちと話をしたでしょう?」
    「少しの間話しただけだ、あれで島の実情を知れたとは思っていない。それとお前を迎えに行ったんじゃないぞ。いつも勝手に一人で動いて、周囲を心配させるお前に説教をするために、わざわざ足を運んでやったんだ。そこのところ、勘違いするなよ」
     彼女の突拍子もない行動を思い出し、思わず刺々しい言葉でそう伝えてしまう。すると彼女の瞳がみるみるうちに揺らいでいき、目元に涙がたまり始めた。無茶をするくせに、それを少しでも責められると、悔しそうに涙を浮かべるのは彼女の癖だ。
     私は彼女が泣いている姿を見るのが嫌いだった。例えどんなにこちらが怒っていても、ひとたびその涙を見ると、とたんに居た堪れない気持ちになってしまう。
    「……少し言い過ぎた。お前を否定したかった訳じゃない」
     そうしていつも自分の方が折れて、彼女を宥めることになるのだ。謝罪とも言い訳とも言えない言葉を口にすれば、彼女の表情はこれまでが嘘のように明るく変わるので、ともすれば、この涙も演技なのかもしれない。
     それを許せてしまうのは、惚れた弱みというやつなのだろうか。
     しかし彼女の嬉しそうな顔を見続けているのも癪なので、私は体を横に向けて、彼女の腹あたりに顔を埋めた。柔軟剤によって柔らかく仕上げられたバスローブの奥から、微かに彼女の香りが感じられる。その香りと彼女の温かい体温は、不思議と私の心を落ち着かせた。
     しかし大きくため息をついた次の瞬間、先ほど見た悪夢の光景が私の脳裏に広がった。

     砂に飲み込まれていくクリスタルと、彼女の魂の輝きが重なる。どうしてすぐに気がつかなかったのだろう。あのクリスタルと彼女の魂の輝きが、同じだったということに。

    「ハーデス……?」
     全身の肌が粟立ち、手のひらに汗が滲む。異変を察知した彼女が、不安げに私の真名を呼んだ。
    「ハーデス、やっぱり体調が悪いのかしら……?」
    「違う、気にするな」
    「でも額に汗をたくさんかいているし、それに声も掠れてるわ。普段の貴方とは明らかに様子が違うじゃない。そうだ、お水を持って来ましょう。それを飲めば少しは落ち着くかもしれないわ」
     彼女は立ち上がろうとして、私に軽く体を起こすよう促した。頬に手を添えられ、優しく引き剥がされる。冷たい空気が頬とバスローブの間を掠め、彼女の温もりを感じ取れなくなっていく。その瞬間、どうしようもない焦燥感が全身を駆け巡り、私は無意識のうちに彼女の腰を抱き寄せていた。
    「行くな」
     口から飛び出たのは、自分でも驚くほど幼稚な言葉だった。驚いたのか、彼女が息を呑む音が聞こえた。
    「ハーデス、あなた……」
     どうしてこんな言葉を口にしたのか、自分でも全く分からなかった。彼女の言う通り、本当に体調が悪いのだろうか。それとも、先程の夢に影響されてしまったのか。彼女のいる手前、どちらも認めたくはなかったが──先ほど口から溢れ出たのは、私の純粋な想いであるのは確かだった。
    「わかったわ。しばらくこうしているから、ゆっくり休んで」
     彼女の柔らかい腹に、鼻先を強く押しつける。それだけで、乾いた心が潤うような気がした。彼女は私の頭をそっと撫でながら、朗らかに笑っていた。
     くだらないプライドが邪魔をして、素直に伝えることはできないが、私は彼女を愛しているし、彼女から愛されている実感もある。しかし彼女の素行について、気にしていないと体裁を装ってはいるものの、本当はずっと不安だった。いつか彼女が私から離れ、この手の届かない場所まで行ってしまうのではないかと。
     あの酷く不気味な夢は、私の心に巣食う不安の現れだったのかもしれない。
     もし本当に彼女が自分から離れていった時、私は正気でいられるのだろうか?

    「────」
    「なぁに、ハーデス」
     消え入りそうな声で彼女の真名を呟くと、穏やかな声色で返事が返ってきた。温かい手のひらが私の頭を優しく撫でてくる。
     もし今後、彼女が離れていくことがあっても──小さな身体をを抱き締めるこの瞬間だけは、彼女は私のものだ。離してなどやるものか。
    「ふふ、なんだか今日は甘えたね。貴方が甘えてくれるなんて滅多にないから、嬉しいわ」
    「う……るさい」
     うるさいと口にしようとしたが、上手く声を発することが出来なかった。
    「もう……どこにも、いくな」
     その声が彼女に届いたのかは分からない。彼女の温もりに包まれて、だんだんと意識が霞んでいく。再び睡魔に襲われたことに気づくも、その支配から逃れることはできなかった。
     次に見る夢は、幸せなものでありますように──そう願いながら、私は意識を手放した。
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