精霊様の成り代わり　おや、君たちは冒険者ですか？　どうしたんです、こんなところでうずくまって。ああ、テレポでエーテル酔いになったのですね。大丈夫です、どうか落ち着いて。森の空気でも吸っていれば、じきに良くなることでしょう。ああ、私は医者ではなくシャーレアンの研究者ですよ。今日はこの黒衣森に、フィールドワークに来ているんです。
　早く体調を治したい？　ふむ……それなら私が、エーテル酔いも吹っ飛ぶような、テレポにまつわる恐ろしい話でもして差し上げましょうか。

　そもそもテレポというのは、自分の肉体をエーテル体に変換して地脈に潜り、その流れに乗って移動する魔法です。エーテライトは、激しい流れの地脈の中で、目的地を示す灯台というわけですね。

　ここで一つ、あなた方に質問をしてみましょう。テレポを使う前の自分と、エーテル体になって地脈に潜り、地脈から出た時に肉体を再構築した自分は、果たして同一人物と言えるのでしょうか？

　ふふ、眉間にシワが寄っていますね。要は、四角い型で作った氷が溶けて水になり、それを再び同じ型に入れて凍らせると、それは溶ける前の氷と同じなのかという話です。
　答えはずばり、『同じ』です。私たち人間は『肉体に宿る生命力』『個人を識別する魂』『経験をつかさどる記憶』から構成されています。自分を自分と定義づけられるのは、肉体という器ではなく、この三つなのです。つまり、この三つのエーテル情報がきちんと揃っているならば、テレポ前後の人間は同じと言えるのです。
　難しい上に怖くない？　ふふ、すみません。職業柄、どうしても講義のようになってしまいますね。でも、本当に恐ろしいのはここからです。

　テレポ前の自分と、テレポ後の自分は同じ。しかしこの黒衣森では、その通りではありません。
　あなた方もご存知だとは思いますが、この黒衣森には、人智を超えた得体の知れない存在がいる。そう、精霊ですね。その正体は依然として不明ですが、黒衣森を守る存在とも伝えられています。

　その精霊がね、時々成り代わるんですよ。
　何にって？　人間ですよ、人間。
　黒衣森に害をなそうとする者が、地脈を辿ってやって来ようとするのならば。
　地脈から出でるために、肉体が再構築されるその時に。本人の魂を地脈の激流に押しのけて、魂のない肉体に入り込むんです。
　肉体は人間の器ですから、誰も仲間が精霊だとは分からない。
　そうしてこっそり人間に成り代わった精霊は、森を守るための亡者になるのです。森に害をなすものを排除し、その肉体が朽ち果てるまで、永遠と森を彷徨う亡霊に……。

　おお、そんなに怖がってもらえるとは予想外でした。どうでしたか、酔いは吹っ飛びましたか？　ああ、良かったです。もう起き上がっても大丈夫でしょう。大丈夫、そんなに心配しないでください。これは本当の話ではなく、あくまで黒衣森に伝わる噂話ですから。それに、森に危害を加えようとしなければ、このようなことは起きないはずです。
　押しのけられた魂……？　ああ、それはおそらく、地脈の中を彷徨ったままでしょうね。肉体という器を失っているのですがら、地脈から出ることは叶わないでしょう。この噂話を現実のものとしないよう、森には敬意をもって接したいものです。

　ところであなたのお仲間……先ほどから体調が回復していないようです。顔色も酷いし、眼も虚ろだ。あなた、大丈夫ですか？　長くエーテル酔いが続くようでしたら、幻術士に相談すると良いでしょう。
　ああ、もうこんな時間か。そろそろフィールドワークに戻らなければ……。すみません、私はそろそろお暇させて頂きます。みなさん、また会う機会があれば、その時はお酒でも飲みましょう。えっ？　もう酔うのは懲り懲り？　ふふ、それは失礼致しました。
　それではみなさんお元気で、どうか精霊のご加護があらんことを。