本当の願い事は。「こんにちは、お邪魔します。
…はいこれ。」
そう言ってジェラールは玄関で出迎えたヘクターに1本の枝?を渡してくる。
良く見ればこの季節...というより日程的には今日限定のイベントで活躍するであろう笹のようだ。
「つい先日実家の敷地内の整備があって...その時に出たものから小さめなのを1本貰ってきたんだけど飾ってもいいかな?ベランダあたり借りても良いかな?」
「許可取らなくてもジェラール様のしたい事してくれて構いませんよ。」
「そうはいかないよ...この家の主には許可取らないと。」
ジェラールの姿を見ればいつものお気に入りの肩掛け鞄と別に大量に食材の入ったエコバッグ。
つい先日この色ヘクターの色に似てるからという良く分からない理由で買っていたバッグだ。ネギだの卵だの入れられているので日常に則した利用をされているようで何よりだ。
「そっちも持ちますよ、貸してください。外暑かったでしょうし中入って休んでください。」
「ありがとう。買いすぎてしまったかもしれないね...父上と兄さんと自分の人数の感覚で買ってるから。」
荷物を受け取ればそれなりの重量を感じた。時間的にも夕飯もそろそろ考える時間帯なのでそれ用の買い物結果なのだろう。
「泊まってけばいいんじゃないですか?」
さり気なく自分の希望を伝えればジェラールは屈んでいた身体を急に起こしたと思えば満面の笑顔を見せる。
「良いの!?本当に!!?」
「七夕なんですよね、一緒に星見るなら終電考えるのも面倒臭いですし…その代わりにヴィクトール様には絶対に!連絡入れておいてください...!!」
「わ、わかった...あっちの部屋で休ませてもらいながら連絡する...!」
ここまで念押しするのは先日ついうっかり無断外泊させてしまった次の日の面倒事を味わいたくないからだ。
ジェラールも20歳を越えたのでヘクターも自分の家での滞在については緩くなったがジェラールの家族の規制まで同時に緩くなる訳でもないし、守れる所は守っておきたい。
追々の事を考えたら今は堅実に誠実に過ごしたいとヘクターは考えているのだ。
買い物の荷物を適当に冷蔵庫にしまい、2人分の麦茶を用意してエアコンを効かせておいた部屋に入るとジェラールはいつものクッションにちょこんと収まりつつも内職作業中だった。
この世界の法律で見てもとっくに成人のはずなのにやる事なす事可愛らしく見えるのは惚れた欲目なのかジェラール自身の特性なのかと悩むが、そんな事は1000年以上前からヘクターの命題のようなものなので解決は見えない案件なのだろう。
「出来た!」
ジェラールの両手には青と緑の画用紙とリボンで作られた札のようなもの。
「こっち私の分でこっち君の分ね。」
と青い方を渡される。
家に来てから短時間で作った割にちゃんと短冊だ。そういえばジェラールは昔から器用で彼の読む本には自分で手作りしたという栞が挟み込まれている事が多かった。
「あとは願い事かあ...。」
ヘクターが思い出に浸っている横でジェラールは氷の入ったグラスをカラカラと回しながら悩んでいる。
「無いんですか?あれが欲しいとかこれがしたいとか。」
「だってそれは私がここに居られる時点でほとんど叶ってしまっているし。」
そう言ってジェラールは先程まで作業していた机に突っ伏してしまう。
確かに言われてみればヘクターもジェラールがここに居てくれるのであれば欲しいものもしたい事も叶ってしまっているのでこれと言って書くことが無いのかもしれない。
「あ、でも確か願い事は上達したい事を書くのが良いとか聞いた事あるかも...?」
「なるほどそういう事なら書けますね。」
モンスターもいない戦いの無い世界では前世の記憶も技術もそう役には立たず、今の時代と立場に即した能力が必要だ。
もちろん場合によっては体術が役立つ事もあったがそんな事はごく稀でしかない。
技術面の話であれば思いつく所があったのかジェラールはペンを取ってさらさらと願い事を書き綴る。
「何です...作れる料理の種類を増やしたい...?...でももう結構色々作ってますよねアンタ。」
この時代でも母を早くに亡くしたジェラールの家庭は父は仕事に忙しく兄は父の分まで自分の世話を色々焼いてくれていたのもあって自分にも何か出来る事をと始めたのが料理だったが、持ち前の器用さを発揮してなかなかの腕前を持つこととなった。
ジェラールの実家の近所に実家のあるヘクターもその恩恵に預かる事は昔からあり、今現在でもこうして一人暮らしのヘクターの自宅で披露してくれる事もあるので嬉しくも有難くいただいている。
「自分の家で作るのと君の家で作るのはちょっと違うんだよね...豆苗育てるのも楽しいし。」
何なら人参や大根の葉まで日当たりのいい場所に置き始めている。もちろん家主であるヘクターの許可を得た上でだ。
ジェラールの滞在時間が増えだした時に光熱費だなんだの話は出始めたが流石にそのくらいは気にしないで過ごして欲しいとヘクターが断固拒否した所、材料費は自分で出すから食事面は自分に任せてくれと言うので2人で過ごす時はほぼジェラールにお任せになっている。
同棲でもすれば折半だなんだもしやすいだろうし、そもそも自分の状況がもっと安定すればジェラールを迎える事も出来るのに…とヘクターが悩んだ結果の願い事はあまり夢のない内容になっていた。
「資格試験に合格…趣旨に合ってていいんじゃないかな?」
目的はアンタと将来一緒にいる為の準備…というのはあえてここで言うことでもない。不言実行あるのみだ。
工作をやっているうちに外は少し暗くなっていた。
ベランダの柵の端の方にビニール紐を何重にも巻いて笹を取り付けてみた。
支えている根元の見た目は多少不格好だが今晩飾っておければ十分だ。
「そういえばジェラール様、ちゃんと連絡入れましたか?」
「大丈夫だよ、ちゃんと入れたし兄さんからも返信も来てるし。」
ほら、と言われてジェラールが見せてくるメッセージアプリからは兄上様からの言葉の圧力をヘクターは感じるしか無かった。
多分こうやって見せられる事もわかった上で釘を差して来ているのだろうなという…。
「星を眺めながらにはもうちょっと時間おいた方が良さそうだから…私は中戻ってご飯作ろうかな。キッチン借りてもいいかな?」
「さっき預かった物は大体冷蔵庫の中入れといたんで、鍋でも調味料でもお好きに使ってください。」
ありがとうと礼を言いつつジェラールは室内に戻っていく。
最初の頃はヘクターが適当に一人暮らしで使えればと揃えた物ばかりだったが、今では2人で出掛けた先で手に入れた道具が占めるようになってきたのでジェラールの方が使い慣れているくらいだ。
借りてもいいかなんて許可も一緒に暮らしてたら聞いてくれなくて良くなるのにな、なんていう現状すぐには解決しにくい問題も短冊が解決してくれたらと先程願い事を書いた紙に触れる。
「あの頃に比べたら今は、ジェラール様の立場はオレでも届くんだからさ…」
伝えたくとも伝えられない願い事を願うのは光り始めた一番星にだけ。