昔も今もこれからも。もう少し、あと少しと思いながらも楽しい時間は無情にもあっという間に過ぎ去って行く。
明日は講義が早い時間から入っているし準備も必要なので遅くならないうちに帰宅した方がいいという事は誰よりも自分がわかっているのに不満が出てきてしまう。
過去に比べたらヘクターの部屋に泊まりだなんて断固拒否されていたので今が恵まれすぎているのに慣れてしまったのかもしれないとジェラールの内心は今日の朝からずっとモヤモヤしっぱなしだ。
玄関で自分の靴を履き、いつものバッグを肩にかけてジェラールの帰宅の途につく準備は万端となった。
...心の中はもう少しだけでも一緒にいたいというわがままが渦巻いているがヘクターだって明日は平日で仕事だろう、無理を言う訳にはいかない。
それでも名残惜しくて最終確認という名の長引かせをする自分が狡いなという自覚はある。
何なら皇帝という立場についていた昔も似たような事をしながらヘクターの足止めをしていた記憶もあるので今も昔もジェラールの本質は変わっていないのだ。
「昨日作りすぎたカレーは小分けして冷凍しておいたから早めに食べてしまってね、あと牛乳を使いすぎてしまったから買わなきゃいけないかもしれない。それから豆苗の水替え面倒だろうけどまた週末来る時までお願い出来るかな...?」
早口にお願い事を捲し立てるジェラールの内心など既にヘクターにはお見通しなのだろう。
ジェラールにしか見る事が出来ないと自惚れてしまいたいほど好きな蕩けるような笑顔を浮かべながら了承してくれるのは色々と反則だと思う。
週末でヘクターを補給できるだけ補給したはずなのにまだ足りないと感じてしまう。
なんなら今世で産まれてからもずっと近くに居てくれたし、前世でも自分の記憶の限りではさほど晩年に差は無かったはず。
自分は前世は勿論、今世でも変わらず唯一の恋を拗らせているのだろう。
ジェラールがその場を離れるのも名残惜しくしていると思い立ったようにヘクターも自分の靴に足を入れていた。
「やっぱり送って行きます。」
「えっ、いいよヘクター大丈夫だから!まだ暗くもないし行って帰ってってなったら時間もかかるし...」
申し訳ないから…と続けようとするジェラールをヘクターは自らの胸元に寄せて2人しか居ないのにジェラールの耳元に唇を寄せて囁く。
「オレが寂しいからギリギリまでジェラール様と一緒に居たいんです。後20分は一緒に居られるでしょ?俺のわがままに付き合ってください。」
こちらに有無を言わせない物言いをされるとやっぱりヘクターが歳上で余裕があるのだなと感じてしまうが、そのほんの少しの歳の差の余裕に甘えたいと思う自分がいるのでここは自分に正直になるのが一番だろう。
「ついでにさっき無いかもしれないって言ってた物の買い物もしてくりゃちょうど良いでしょ?そうしたらもうちょい長く居られる。」
ね?と眉と口元をあげて少し意地悪そうなヘクターの顔は何度も見た事があるもの。
この顔のヘクターに連れ出されてお忍びやら、遠征先での地元探索やらと散々連れ回してもらったのは今でも大切な思い出の記憶だ。
じゃ、行きましょうかとヘクターは玄関脇の棚に置いてある鍵を取って扉を開けてくれる。
ならばせっかくもらった「あと少し」の時間で限界を越えるくらい大好きな人を充電させてもらうのだ。