第8回 菅受ワンドロワンライ「アイドル/デートなんだ、邪魔すんな」じわり、首筋に汗が伝う。ギラギラと刺すような陽射しとうだるよう暑さに辟易しながらも、菅原はどうにか待ち合わせ場所に辿り着いた。及川と合流したら、喫茶店にでも入ってちょっと休憩させてもらおうと考えながら周囲を見渡す。待ち合わせ場所はショッピングモールの中庭。夏休みというだけあって、平日でも人が多い。こりゃお互い見つけるの大変かな、と一瞬不安になったが杞憂に終わる。
中庭の隅にあるベンチ。日陰になったその場所に数人の女の子がたむろしている。どうやらベンチに座った誰かを囲んでいるようで、その人物を中心にキャイキャイとお喋りに花を咲かせている。
もしや、と思い菅原がベンチに近くと、女の子たちの隙間から見覚えのある鳶色の髪が見えた。及川である。
「遊ぼうよ」とか「ちょっとだけお茶だけしない?」とか、女の子たちの色の含んだ言葉をのらりくらりと交わしているようだが、結構長いこと相手をしていたのだろう。若干声色が焦れている。
「お待たせ」
羨ましいような腹立たしいようなでもうしばらく放っておこうとも思ったが、それもそれで癪なので、そばについてすぐに声をかけた。一瞬名前を呼びそうになったが、周囲の女の子たちにいらん情報を与えるのも良くない。
菅原の登場にお喋りが止まり、女の子の壁が左右に綺麗に割れた。気分はモーゼだ。お喋りが再開する前に、するりと及川の手を絡めとり立ち上がらせる。「一緒に遊ぼうよ」という声も聞こえたが、被せるように「俺たちこれからデートなんで!じゃ!」と及川の手を引いて、その場を脱出した。
「おモテになりますねぇ、及川サン。アイドルかなんかですか?」
誰も付いてきていないか、後ろを確認して手を離す。揶揄うような菅原の口調に合わせて、「いやぁ、アイドル並みにモテちゃって大変申し訳ない」とおどける及川。揶揄ったのは自分だが、なんとなしに腹が立って、菅原は静かに眉を寄せて尻に一撃、蹴りをお見舞いした。
とりあえず中庭から離れておこうということになり、宛てもなく歩く。中庭と違い、キンキンに冷えたモール内がありがたい。気がつけば汗は引いて、程よく肌も冷えてきた。道すがら、気になるショップを転々と歩くなか、菅原はあることに気が付く。及川に対する視線だ。背が高いのもあるだろうが、やはり容姿が整っているからなのか目を引くのだろう。中庭の一件はその場に留まっているからかとも思ったが、移動していても注目されるのか。
「歩いてるだけでも結構ジロジロ見られんのな」
「あー、まあ、うん。嫌?」
「俺は気にしないけど、いや、なんかちょっとむかつくけど」
「やきもち?」
ニヨリ、と目を細める及川を菅原は小突く。半ばやけくそ気味に「そうだよ」と言うと、ますます目を細め、口はニッコリ三日月のかたちになった。「えへへ」とあざとく笑う顔がちょっと可愛いのがまた憎らしい。
「でも、なんか……疲れねえ?」
「注目してもらえるのは好きだけど、たまにね。消耗するっていうか疲れたなーってときはあるかな。あっでも、自分と同じくらいとかそれ以上の身長の人とすれ違うと、俺も「おっ」って思って見ちゃう」
ちょうどまた、一人の女の子がチラリと及川を見た。顔を見て、そのまま視線を落としていく。頭のてっぺんから爪の先まで、舐めるように確認するような動作に、菅原は胸がひんやりとした。「ああ、これか」と冷えた胸がざわつく。気がついたら及川の手を絡めとり立ち止まっていた。突然に手を握られ、及川はきょとんとする。
「今日は平気?」
「ん?」
「見られるの」
「ああ、ごめんね。気にさせちゃった?」
「俺は良いけど、お前がしんどかったら」
「大丈夫だよ今日は」
「スガちゃん一緒だし」と、握られた手をそのまま目の高さまで掲げる。再び「えへへ」と笑う及川は菅原が考えていたよりも大丈夫そうで、ぎゅむぎゅむと遊ぶように手を握り返す。じわりと及川の手の温度が伝わって、菅原の冷えた胸の内は少し温度を取り戻した。
「今日さ、デートなんでしょ?だから、俺のスガちゃんかっこいいだろ!って自慢させて」
安心させるような柔らかい声に甘ったるい顔を見せられて、菅原はぐうと唸った。手は変わらずぎゅむぎゅむと握られ続け、血流が良くなったのか、手も体も顔もぽかぽかしてくる。
絞り出すように「メシでも行くか」と呟き、握った手をそのままに足の動きを再開。歩きながら、またいくつか視線は感じたが、その度にべったり及川に寄りかかってやる。すると及川も合わせて、菅原にべったりと寄りかかる。途中、何回かぶつけられた視線を正面から受けてしまったが、「いいだろ」というように菅原はニッカリ笑うことにした。デートなんだ、邪魔すんな。そんな意味を込めて。