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    一人でご飯を食べるのが寂しい中ツがいる類司です。暗め、中学時代捏造

    ふたりぼっちの晩御飯 いつからだったろう。親の作ってくれた出来立てのご飯を食べられなくなったのは。午後7時のダイニングで、孤独に晩御飯を食べるようになったのは。覚えていないくらい、昔だったような気がする。
     オレには、病弱な妹がいた。咲希という。彼女は小、中と入院続きだから皆が思い浮かべるような学校生活を送っていなかった。白い壁、白いベットに消毒液の匂いの中で目覚めて眠る毎日の繰り返し。
    「もう帰っちゃうなんて、寂しいな。」
    彼女はよくそう言って、お見舞いから帰るオレたちを見つめていた。だから両親は毎日遅くまで咲希のお見舞いに行き、オレが寝た後に帰ってくる。オレも一緒に病室にいたい、とお願いしてみたことがあったが、寝る時間が遅くなるから駄目だと早い時間に家に帰されていた。基本的に晩御飯は作り置きがされていて、レンジにかけてから食べるのだ。
     作ってもらえるだけいいじゃないか、なんて言われるだろう。確かにそうかもしれないが、オレも家族と笑い合って、今日学校でこんなことがあっただとか、テストで100点取っただとか話して食卓を囲みたかった。クラスメイトのそのような類いの会話を聞くたび、黒い何かがオレの中に降り積もっていくのを感じていた。

    「いただきます。」
    いつもと同じように、レンジから取り出した晩御飯の皿からラップを剥がし、食べ始める。どんな料理かなんて気にするほど味も感じられない。学校の給食の健康な薄い味よりも、家で食べる晩御飯は味がしなかった。肘をついたり、普段ならお行儀が悪いと叱られる態度を取ってみても聞こえるのはかち、かち、というカトラリーと皿が奏でる音だけだ。ぽっかり空いてしまったような胸あたりの穴にひゅう、と風が吹く。どうしようもなく感じてしまうこの一人の感覚が、気づいたときにはすでに苦手だった。
    (誰かに、そばにいてほしい)
    漠然とそんなことを考える。誰でもいい。美味しいね、と笑いあえたら。あわよくば、両親や咲希とまた温かい食卓を囲めたら。
    しかし彼女だってこのくらい、いや、きっとこれ以上は辛い思いをしているだろう。それなのに自分はこれっぽちのすり減る思いだけで、我慢できなくなりそうなのだ。広いこの家のダイニングの空気がオレを嘲笑っているように感じ、腹が立つ。

     この時間が嫌いだ。兄である自分が両親にそばにいてもらえる咲希に嫉妬している、なんて悟られたら合わせる顔もない。
     はは、と自嘲気味に笑う声を立て、席を立つ。考え事をしているうちに食べ終わっていたようだった。折角作ってくれたのに味わえないなんて勿体無い、といつも思う。それでも考え事をしてしまうのは、寂しいのを紛らわすためか、やめなさいと叱ってもらいたいかまってもらいたいからか。皿を洗ってからもずっとだんまりを決め込む家で、今日も布団にくるまり僅かな暖かさに縋っている。



     今日は、雨が降っていた。灰色の空からはとめどなく粒が溢れ、地面を打つ。午後5時、まだ明るいはずなのに真っ暗だ。雨音に耳を済ませると、あたりの音はもはや聞こえなくなる。いつもなら簡単に聞こえる人の歩く音も、車の走る音さえも、ザー、と降る雨に遮断される。

    ──まるで、世界に取り残されてしまったみたい。

    いつか読んだ本で、そのような比喩があったような。傘の中は声が響くのに、外に出た途端何も聞こえない。雨が傘を叩く音、地面を屋根を叩く音、雨が降っているのに体は濡れないこと。色とりどりの音が弾け、消えていく。当たり前なのに不思議で、ぼんやりと空中を一直線に駆け落ちる雨粒を数える。
    (晩御飯、食べたくないな。)
    今日は深夜まで土砂降りの予報だから、両親は二人とも病院に泊まり、そのまま仕事に行くらしい。いつも一人にしてごめんね、と母親は申し訳無さそうに言った。わかっているならどちらかだけでも帰ってきてくれたらいいのに、と口を尖らせたかったが、声に出ることは叶わなかった。息もできなくなるくらいぎゅうぎゅうに縮まる心臓を抑える。1日も2日も一人ぼっちも二人も変わらないと自分に言い聞かせ、笑顔で家のことなら任せてくれと答えた。

     とぼとぼと家路をたどっていると、細長の影を見つけた。傘を差していないのでひと目見て看板だと思ったが、近づいてみると明らかに人だ。オレより少しばかり高い身長に、髪どうしが貼り付いてべしょべしょになっている。彼は多分俯いていて、足元も覚束ない様子だった。制服を着ているあたり、きっと同い年かそれ以上。なにかあったのだろうか、と声をかけようとする。

    「なぁ、お前──」
    水も滴るいい男、と言うだろう。濡れたイケメンのことを指す言葉でもないし、それを言うにはいささか濡れすぎているような気もするが、頭に思い浮かんだのだ。灰色の中で薄日が差すようなレモン色に心まで持っていかれそう。瞳は底の方でどこか闇が渦巻き、それを隠すかのようにふっと優しく細められた。綺麗なはずなのに、どこか切ない。ガラスのような繊細さに心当たりがあった。なんだろう、この感覚。
    (この彼も、一人・・みたいな)
    彼は僕になにか用かい、と自身がずぶ濡れなのも気にせず声をかけてくる。一つ距離を置かれたような声色に、安堵すら覚える。取り残された世界の中で、ビニール傘の半分を彼にも分け、見上げてみる。彼は膝を曲げ、傘の中に入る。えっと、と一息。彼は不思議そうに首を傾げ、オレの言葉を待つ。

    「晩御飯、一緒に食べないか?」



     振り返ればナンパのようなものだったろう。一緒に晩御飯を食べないか、なんて。ましてや名前も知らない状況。しかし彼は表情を変えずにいいよと頷いて、二人を隔てているような柄の持ち手の部分をさり気なく持った。きっと屈んでいるのも疲れるからだ。触れてしまった彼の左手は驚くほど冷たく、随分と長いこと雨に晒されていたらしい。右隣から微かに聞こえる息は耳障りが良く、誰か・・が隣にいることを教えてくれる。彼は冷たいはずなのに久しぶりに胸が温かいな、と気づいた。
    「名前は、なんていうんだい?」
    「……天馬司、だ。」
    天翔けるペガサスだとか言うような気分ではなかった。今はただ、この心地よさに浸っていたい。心が休まっていくような感覚。足元が跳ね返った雨で濡れても気にならなかった。彼の名前は神代類と言うらしい。神に代わると書いて、種類の類。
    「……類は友を呼ぶ、なんてね」
    彼はぽつりと呟いた。雨の中だったから、聞き間違いだったのかもしれない。まるで僕たちのようだ、と続いたのできっと合っているだろう。やはり、オレたちはどこか似ている。制服の着こなし方一つとっても性格はほとんど正反対に違うらしかったが。
     彼とオレとの微妙な距離が今は救いだ。彼もわかっているのだろう、
    無理に会話を繋げようとはしなかった。


     家の鍵は冷たく、手のひらの体温を奪っていく。右手でガチャリと鍵を回し、ノブを引いた。彼は傘を器用に2等分し、オレが濡れないように背後に立っていた。薄暗い空気に歓迎される。誰もいない、ただいまもおかえりも聞こえない寂れた家。
    (……いつものことだろう)
    静けさに違和感を覚えてしまう。ただいま、と口をついて出てしまった。ほんの小さな、きっと誰にも知られないほどの声で。隣からお邪魔します、と聞こえて忘れていた彼の存在に気づく。
    「あ、あぁ、神代。タオルを持ってくるからそこで待っていろ!」
    明らかにわかる空元気でそう言い、棚からスリッパを2足用意する。1つは自分が履いて、廊下を小走りで抜ける。洗面所に入りバスタオルを2枚腕に抱え、急いで彼のもとへ戻った。
     おかえり、ありがとう。ふんわりと頭上から聞こえてきた声の方を見やると、神代が照れくさそうに笑っていた。
    「返事のない挨拶は寂しいだろう?」
    バスタオルを受け取りながら彼は言った。彼の考えていることはよくわからない、けど。じわりと胸に染みる何かを感じ、灰色がかった世界が少しだけ色づいたように見えた。

    「晩ご飯を食べるって、天馬くんの家でかい?」
    「あぁ、そうだ。」
    「でも君──」
    「オレが食べるには多すぎる量なんだ。遠慮せず食べてくれ。」

     濡れたままでは風邪を引くからと彼を風呂に入れ、その時間で作り置きの飯(今日は鍋に入っていた)を温める。面倒くさかった作業が、今は少しだけ楽しく感じる。人とご飯を向かい合って食べるのは久しぶりだから気分が上がっているのだろう。シャワーを済ませ、オレの部屋着を着た彼は申し訳無さそうにしていたが、「一緒に夕飯、食べてくれるんだろ?」と言えばそれっきり何も尋ねてこなかった。テーブルの上に二人分の茶碗と肉、コーンポタージュを置いた。彼は何かを疑うような目でじっくりと料理を眺め、しばらくして微笑んだ。
    「美味しそうだね。」
    正直、返答に困った。家では味なんてしばらく感じていなかったから。母親の腕前を軽んじているのではないが、どうしてもそう思ってしまう。

    「いただきます。」
    二人で向かい合わせになって、箸を進めた。目の前に人がいることにひとりじゃないんだな、と胸が温かくなる。オレの食べる音と、もう一つ、神代が立てるカトラリーの音。コップにお茶を注ぐ音。自分から発せられる音だけではないものが響くことに、安心すら覚えた。

    (ご飯、こんなにも美味しかったんだな。)
    そう思ってしまえば胸がきゅう、としまり目の奥が熱くなる。
    まだご飯が半分以上も残っているのに。誰かと一緒にご飯を食べることが幸せだということを実感するたび、熱いものがまぶたから零れそうになる。だめだ、神代がいるだろう。オレの思いも無視して開けていたままにしていた目が瞬きをしてしまう。
    そうなると、もう止まらなくて。

    「……っ、ぅ……ぅう…、」
    声を上げて泣き出してしまった。神代は焦って、どうしたんだいとわざわざこちら側に回ってきて背中に触れてくる。謝りたいのに、嗚咽が邪魔してうまく喋れない。その手の暖かさに更に涙が出てしまう。心配させたいわけではないんだ。嬉しくて、胸がいっぱいになって、溢れてしまったのだ。神代の手は上に下に緩やかに動く。優しく、繊細な物を壊れないように触れているみたいだった。
    あったかい。こんなにもぽかぽかして、心地よい。
    オレが笑っていることに気づいたのか、いつの間にか神代は柔らかい目でオレを見ていた。胸がどうしようもないくらい幸せを主張して、じわじわと感じていた孤独を溶かしていった。

     昼休み、オレは類といつものように屋上で昼食を取っている。以前からずっと約束を取り付けられてしまっているのだ。すっぽかしたら放課後、彼は背中から抱きついて離れなくなる。
    「司くん」
    類が呼んだ。優しくて、眠くなってしまいそうな声。さらり、爽やかな風がふいた。
    「お弁当は、美味しいかい?」
    その言葉に懐かしい記憶が蘇る。彼は、やはりわかってくれていた。
    彼とあの日、晩御飯を食べたことはずっとオレの孤独を埋めてくれていたのだ。

     類の目を見る。愛しいものを見るような甘い目。あぁ、幸せだな。彼がいてくれたから。感情がこみ上げてきて、破顔しながら答えた。

    「もちろんだ! 類と食べるご飯は美味しいからな!」
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