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    一通のラブレターをめぐってわちゃわちゃする類司の噺

    コピー用紙のラブレター「貴方が僕のことを好きではないのは知っています。気持ちだけ伝えたかったのです。これ以上の関係など、望んでおりません。だから、これからもずっと友達でいさせてください。……天馬司」

     借りた脚本ノートの隙間から落っこちてきたのは、二つ折りのコピー用紙。ショーで使うものだろうかと紙を開くと、「突然ですが」で始まるラブレターだった。とめはねはらいが意識された、僕が密かに好きだと思っている彼の字。行の隙間には薄く引いた定規の線。几帳面な性格がうかがえる。
     彼にはどうやら好きな人がいるらしかった。それも、内容を見る限りは初恋。手紙の字も少しばかり緊張しているのか、ペンの跡が紙にめり込んでいる。
     ……だが、不可解な点はすぐにいくつか見つかった。例えば、なんの便箋でもなくコピー用紙を使っている点。誰でも好きな人へ書く手紙は、紙の材料から気にするものだろう。手紙の推敲のために使っていたとしても、定規を用いたり、同じ文字を何度も書き直すだろうか。
     そして何より、この手紙には宛名がない。僕が特に気になっていた相手の名前が、どこにもないのだ。くそ、と地団駄を踏む。ちょっと期待していた。

    (こんな諦めながら手紙を書く相手なら、僕を好きになってしまえば良かったのに)
    手紙を強く睨みつける。僕は司くんが好きだった。付き合おうとは考えていなかったし、彼が誰を好きになっても幸せを祈ろうと考えながら司くんを見てきた。
     だが、それは結局理想論でしかなく、僕の頭は今「失恋に漬け込みたい」「彼の好きな相手は誰か探りたい」「どちらを先に行動に移そうか」と考えている。どうしようもないだろう、好きなものは好きだ。


     翌日の昼休み。僕は新しい脚本の元となっている小説を右手に、問題の脚本ノートを左手に持ち、大股歩きで屋上へ向かった。司くんとはいつも弁当をそこで食べるようになっているが、約束はしていないので、何か勘付かれて逃げられないようにキチンと予約を取った。
     あの議論の結果、僕は司くんの好きな相手を先に聞いてみることにした。大ダメージ受けること間違いなしだが、彼を慰めるときに実名を使えば効果は更にありそうだと考えたのだ。好きな人がどうしても気になったからではない。気になってはいるが、それが決定だというわけではない。絶対、おおよそ……いや、多分。

    「類ーーッ!! 遅くなってすまん! 授業が長引いてしまって……」
    急いできたのだろう、弁当を抱えてゼーハーと呼吸しながら彼は屋上のドアを開けてきた。
     僕も今来たところだから大丈夫だよと言って、読んだふりをしていた小説に、ルーズリーフの一部を挟んで閉じる。なんだか待ち合わせをしたカップルのようで恥ずかしくなった。
    「それで話があるんだろう、何か悩んでいることがあるのか?」
    彼は当たり前のように僕の真隣にハンカチをひき、座る。やはりわざわざ約束を取り付けるのは不審に思われてしまっていた。
     屋上は出口は一つだけ。入り口を塞いでしまえば、フェンスを乗り越えて落ちる以外に脱出手段はない。前もってこの可能性を考えてよかった、と思う。早速本題に入ろう。気になって仕方がないのだ。
    「…………ねぇ、司くん」
    脚本ノートを開き、1ページ目に見えるのはやはりコピー用紙のラブレター。彼はどんな顔をするだろうと覗くと、早くもあわあわと顔を真っ赤にしてフリーズしていた。いい反応だ。僕が司くんにこんな顔をさせたのだという優越感に胸が高鳴る。
    「な、なな、なんでそれを、」
    だが、同時に面白くないとも思った。だって、彼の頭の中にはきっと僕ではなく、その好きな人がいるからだ。胸の底にもやもやが溜まっていく。
    「……フフ。司くんたら、僕にノートを貸すときに確認をし忘れてしまったんだね」
    コピー用紙をそのまま手に取り、顔の横に掲げる。彼はこちらに手を伸ばし、焦った表情をしていた。ちょっとだけ、からかってやろうと思った。
    「こんなもの、僕みたいな悪〜い人に見つかってしまったら、どうなるか予想はできるだろう?」
    「ねぇ、司くん。これを返してほしくば……」

    突然彼は口元を抑え始めて真っ赤な顔で僕を見上げた。目を合わせたりそらしたりを繰り返している。

    「君の好きな人、教えてくれるかな」


    「……は?」

    今度は目を丸くした後、怪訝そうに僕を見る。表情の豊かさに笑ってしまいそうになるが、どうにか無表情を貫いた。
    「まさか、覚えていないのか?」
    何をだろう。
    「お前が手紙がいいって……いや、なんでもない」
    彼は自分の好きな人について僕に相談をした記憶があると言う。
     そんな大事なこと、僕が聞き逃すだろうか。
     心も落ち着かず、記憶をたどり始めるのに随分と時間を要した。


     数週間前の放課後。思い出そうとすれば、台本の相談があると呼び出され、A組の机を一組向かい合わせにしていた時だろう、すぐにわかった。
     反対から見ても司くんの字は大きくて丁寧で、思わず見とれていたのだ。神代類、とだけ書かれたメモ用のルーズリーフを発見して、欲しいと彼に強請った記憶もある。
    「類、やはり告白といえば相手に直接言うのが定例だろうか。……類はどれが良いと思う?」
    僕が司くんに告白されるならどれがいいかと聞かれたわけではないのに、ドキドキと心臓がうるさかった。
    「手紙がいいと思うよ」
    司くんの字が頭に浮かんで咄嗟に口に出てしまった。だが、舞台背景や主人公の性格から考えて、手紙という手段が一番やりやすいだろうと納得できたので、そのまま弁明を放置していたのだ。


    (ああ、あれ!)
    ようやく思い出した様子を見せた僕に、彼は苦笑しながら言う。
    「つい最近の話なのに、お前こそ忘れっぽいではないか」
    「フフ、すまないね」
     司くんはハー、と大きく息を吐いていて、安心したようだった。脈ナシだろうしバレてなければいいんだ、と小さな声で呟いているが、僕は聞き逃さない。彼が逃げる可能性を考えてゆっくりと足に力を入れる。

    「てっきり類への手紙の字を練習しているのがバレたのかと思ったぞ」
    「……え?」
    「オレの字が気に入っていたようだったし……あ」

     予告なしに投下された爆弾に思考はぶっ飛ばされた。
     それから、彼の漏れてしまった言葉を咀嚼する前に、司くんは「あ、いいい委員会があった!!すまないが放課後に会おう!!」と光速で屋上を出て行ってしまった。体は動かず、屋上の出入り口を塞ぐことは叶わなかった。
    「……え、え、え??」
    類へ向けた手紙、と彼は間違いなく言っていた。手にある手紙を読むと、愛の言葉が綴られている。間違いない、これはラブレターで、宛先は僕で。

    「司くんッ!!? ちょ、ッ待って!!」

    放課後まで続いた変人ワンツーフィニッシュのおにごっこの結末は、言うまでもない。
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