Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    行方不明

    @0where0
    書き途中ばっかり投稿して、完成品を投稿するのをすぐ忘れます。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💗
    POIPOI 10

    行方不明

    ☆quiet follow

    前にべったーにアップしたやつに加筆しました

    #千至
    thousandTo
    ##千至

    真夜中、眠りを妨げる声。「ねぇ、茅ヶ崎。お前、夜中にゲームをやるのはいいけど、もう少し静かに出来ないの?」
     会社に遅刻するぞと頭をパシリと叩かれて起こされて朝食を無理矢理口に突っ込んでコーヒで流して眠気を覚ました至は、忙しなく動くワイパーの向こうの赤信号を見つめているときに助手席から苦情を頂いた。
     ちらりと視線を向けると、怒っているわけではないが些か不機嫌な表情の千景の鋭い眼光が至を捉えていた。
    「あ〜……すみません、ちょっと熱が入っちゃって。静かに叫んだと思ったんですけどね、当社比」
    「そんな会社辞めた方がいいよ」
    「あは、これからはもう少し厳しく審査します」
     はぁ、とわざとらしいため息が車内に広がる。雨が車体を叩く音、アスファルトを叩く音、雨に濡れた道路を車が走り去る音だけをしばらく聞いたあと、信号が変わった。
     ゆっくりと、緩やかにアクセルを踏み込んで小さな声で至は呟くように、千景に告げた。
    「もし俺のせいで寝不足だって言うなら、着くまで寝ててもいいんですよ」
    「間違いなくお前のせいだろう……まったく、今日は程々にしてさっさと寝ろよ」
    「ん〜……善処します」
     そんな返答に、本日二度目の大きなため息を吐いた千景はそっと窓の外に視線を向けた。
     薄暗い雲に覆われた空につられ、気持ちも落ちているようだった。



    「……あれ、今日はもう寝るの?」
    「先輩が朝言ったんでしょ、さっさと寝ろって」
    「そうだけど。お前がそんなものを聞くとは思わなかったな」
    「出来た後輩でしょ?」
    「どうせ、昨日は夜遅くまでゲームしてたから眠いだけだろ」
    「なんだ、バレてるのか」
     夕飯も風呂も終えさて今からゲームだ、と普段ならばPCの電源を入れるだろう時間にロフトベッドの梯子へと足をかける至を見て、千景は思わず声をかけてしまった。
     基本的に相手の行動には不干渉、がこの部屋の暗黙のルールであったはずなのに声をかけてしまったのは、こんな時間に布団に入る至が非常に珍しかったからだ。
     体調でも優れないのかと訊くと、頭は至って正常ですと上から声が降ってきた。がさごそと布団の布ズレの音が少しした後、部屋には静寂が訪れた。
    「……電気消そうか?」
     ショートスリーパーである千景よりも普段は寝るのが遅い至が先に布団に入ることなんて珍しくて、どう対応したらいいかわからない千景が気を遣ってそう声をかけるも、寝返りをひとつ打った至は今にも寝そうな声で返事をした。
    「今すぐにも落ちそうなくらいなんで大丈夫です……先輩が寝る時に消してくれればいいですよ。じゃあ……おやすみなさい」
     おやすみ、そう返事をしたらいいのか千景が迷っているうちに小さな寝息が聞こえてきた。明日は金曜日、疲れは溜まっているだろうし、昨夜は千景が知る限りでは明け方頃までゲームをしていて恐らく睡眠時間は三時間もないはずだった。
     彼のゲームに対する並々ならぬ愛情、もとい執着については知っていたつもりだったが、まだ千景の知らぬ何かがあるのかもしれない。考えても分からないことは思考から放棄し、千景は再び手元の端末へと視線を戻した。



    「はあぁぁぁ!? 30連全部最低保証!? どうかしてんだろこの運営ッ!」
     そんな至の怒りに塗れた声が103号室に響いたのは千景が眠りについてから数時間が経った頃のこと。急な怒声に、千景はパチリと目を覚ました。
    「俺がせっかく貯めた石をっ、返せっ、クソっ!!!!」
     またか、と頭を抱えたくなる中、千景がゆっくりと上半身を起こすと、二つ並んだロフトベッドの向こうでは綺麗な顔をスマートフォンのライトに照らし怒りに歪めた至の姿があった。
    「…………お前、何してるの」
    「何ってガチャですけど?」
    「昨日は随分早くに寝たよな」
    「ええ、そうですね。でも目が覚めちゃったんですよ」
     なのでガチャ引いてました、そう答える至に思わずため息が零れた。
     常に物欲センサーに邪魔をされ、高レアを逃し続けている至のことは知っていたが、何もこんな時間にやらなくても、と千景が時間を確認するとまだ5時にもなっていなかった。早起きは三文の徳というが、目の前で課金をしようとしている至を見ていたらそんな言葉は当てはまらないな、と考えてゆっくりと瞬きをした。
    「……ああ、そういえば先輩」
    「なに」
    「なんか蒸し暑くないですか? 湿度が高いっていうか。雨のせいですかね。なんか多分それで寝苦しくて起きちゃったんですけど、先輩は平気ですか」
     ですか、と尋ねられて漸く、千景自身が汗をかいていたことに気づいた。そのせいで張り付くTシャツの感触が少し気持ち悪い。
     季節は梅雨。今も外では雨が降り続ける音がしている。そして目の前でつまらなそうな顔でスマートフォンを見つめる同室者の髪の様子から見ても湿度が高いのは明白だった。
    「ああ……言われてみればそうかもね」
    「ですよね。あーあ、早くクーラーつける許可おりないかなぁ」
    「茅ヶ崎が直談判しに行けば?」
    「日頃の行い的に考えて、俺じゃダメでしょ」
     はは、と少しだけ笑って再び至は布団に横になった。スマートフォンを落とし、部屋が暗くなる。ゆっくりと布団をかけ直す音が聞こえ、さっき暑いって言ってなかったか、と思わず千景は問いかけそうになって、すんでのところで押しとどめた。それを口出すほど、親しい仲ではない。どうせ後で暑いと言って蹴飛ばすのだろう、そう思って少しだけ口角を上げた。
    「俺は二度寝しますけど、先輩はどうするんですか?」
    「そうだね……誰かさんのせいで中途半端な時間に起こされたし、俺も寝ようかな」
    「あー……すみませんでした。謝罪ついでに申し訳ないですけど、朝になったら俺のことも起こしてくださいね」
    「なんで俺が? 自分で起きなよ」
    「起きるの苦手なんですって。どうせ雨降ってるから車で行きたいでしょ?」
    「茅ヶ崎を置いて一人で車で出社だってできるんだよ」
    「ちょ、それはやめてくださいよ」
     謝る気を感じられない謝罪の言葉に、ふてぶてしい物言いの軽口。昔からの知り合いである密とも、ほかのカンパニーの面々とも違う、至とだけの特別な距離感。その不思議な心地良さに表情を緩ませて、千景も再び横になった。














     至は雨の夜が嫌いだった。もちろん昼間も雨が降っているのは嫌だが、外回りでもない限りは車で出勤をすれば濡れることはない。しかし雨の夜は、高確率で眠りが妨げられる。
     元より他人に対して警戒心の強い至は、慣れない環境下では少しの物音で目を覚ますことが多い。その日は、仕事の疲れを癒すようにPCにかじりつき、同室者の言葉も無視してゲームに夢中になっていた。そして時間が過ぎ、いつの間にかうとうとと睡魔に襲われていた。
     こくり、首が動いてしまうことにも目を覚まさなくなった時。
    「っ……うぁ、はっ……ぐっ、や、……あっ、」
     ロフトベッドの上から聞こえる苦しそうな声。パチリと目を覚ました至は、またか、と頭の中でため息をついた。ふぅ、と小さく息を吐いてヘッドホンを半端に装着し、再びゲームを再開した。やり慣れたFPS、いつものように目の前に現れた敵に焦点を当てて倒していくだけのゲームに過ぎない。しかしそこに熱を入れ、脳を、心を入れてプレイするからこそゲームは熱中できて、楽しいのだ。
     次第に上がる熱、次々とわいてくる雑魚。もはやヘッドホンの向こうからは騒音しか聞こえない。あと5体、4体、3体、2体……1体。
    「っしゃ! クリアッ!!」
     RTAをしているわけでも、結果を記録しているわけでもないが中々の好タイムに思わず喜びが声となって溢れた。
     その時、ロフトベッドの上でごそりと何かが動く音が聞こえた。中途半端に装着されたヘッドホンは至の左耳は覆っていなかった。その音を拾った至は、千景が起きたことに気がついた。けれど気づいていないふりをして、最後に一言だけ呟いて、今度はしっかり口を噤み再びパソコンに向かった。
    「あと一戦くらいしたら寝るか」
     ちらりと時刻を確認すると、既に朝と呼んでもいい時間。早起きな団員たちなら起きていてもおかしくない時間に差し掛かっていた。確実に寝不足が出社に響くと理解していたが、至は再びゲームの世界に入っていった。



     至の予想通り、案の定しんどいくらいに眠い一日を過ごした。かろうじてソシャゲのログボだけを回収した至は、今日は諦めてさっさと寝ようとロフトベッドの梯子に足をかけた。今も部屋の外からは沢山の雨音が聞こえてくる。先日めでたく梅雨入りをしたのだから珍しくもないが、今夜も雨。それだけが少し憂鬱だったが、ゆっくりと体を布団の中に沈ませた。
     ああ、なんだ一瞬で寝れるじゃん。そう思いながら至は意識を手放した。
    「うっ……あ、ぐっ、いぁ……、いっ、な……」
     ふんわりと、至は意識を浮上させた。結構寝てた気がする、でももう少し寝たい、微睡みの中の思考は断続的に聞こえてくる呻き声で一瞬で霧散した。
     至は雨の夜が嫌いだった。最近漸くこの部屋で至と眠るようになった同室者は、雨夜には高確率で悪夢を見てしまうらしい。幸か不幸か、本人はそのことに気づいていないらしい。
     至的観点からみると、あまり他人に心を開くのが得意ではない同室者はきっとこんな魘される声を聞かれたくないだろう。けれど悪夢を見ていると気づいてしまえば、またこの部屋から足が遠のくのではないかと思うと至はどうしたらいいか分からなかった。
     千景がここに居たくないというのならばそうすればいい。けれど、本人の意思でここに残ると決めたのだ。それを、こんなことで無くしてほしくはなかった。
    (全く、世話が焼けますね。先輩)
     充電器に繋いでいたスマートフォンを手に取る。そして適当なソシャゲのアプリを開く。
    (せっかく石貯めたのに……これでドブだったら恨みますからね)
     誘惑に負けないよう30連分貯めたこの石は、何もドブガチャになる必要はない。大勝利していいのだ、そうしたらきっと歓喜の声を上げるから。ただ、もしも、万が一。ドブってしまったら、きっと怒声が上がるだろうことは予想ができた。つまりどちらに転んでもいい、けれど出来れば大勝利したい。そして勝利の雄叫びで、悪夢を見続けている同室者の目を覚ましてあげたい。
    (俺は、ただ目が覚めたからガチャを引いていただけ。それ以上でも、それ以下でもない。ほかの思惑なんてない)
     場面設定を今一度頭の中で確認し、10連ガチャをタップした。







    (なーんて、昔は考えてたなぁ)
     しとしとと雨がアスファルトに打ちつけられる音が聞こえる深夜、自分を抱きしめるようにして眠る恋人の顔を見ながら至は過去を思い出していた。苦痛に歪んだ表情、荒い息遣い、真冬にも関わらず滲んだ汗。それらをこんな間近で見る日が来るだなんて、あの頃は思わなかった。
     そっと千景の後頭部に手を回し、指通りの良いその髪を撫でる。優しく、丁寧に。愛情を込めて。
    「千景さん…………千景さん、起きて」
     髪の流れに沿って何度か頭を撫でながら声をかけていると、力強く閉じられていた瞳がゆっくりと開き、至を映した。
     眉間に寄せられた皺はそのままで、息遣いも荒い。それを宥めるように、至は優しく頭を撫で続けた。
    「……ちが、さき? あ……ごめん、起こしたか」
    「謝らなくていいですよ。それより、大丈夫です?」
     千景がどんな夢に魘されていたのか、至は知らない。本人に尋ねたこともない。言いたくない過去の一つや二つ、至にだってある。それを聞き出そうとなんて思わないし、聞いたところで何も出来ないことは察していた。
     至が願うはただ一つ。過去の悪夢に囚われず、幸せな現在を、笑顔で過ごしてほしいということ。そのために千景に何か出来るのであれば、喜んで手を差し伸べたかった。
    「……少し、抱き締めてもいい?」
    「もちろん。どうぞ」
     二人して横になったままの体制で、千景は至の背中に回した腕に力を込めた。千景の腕に閉じ込められても至は撫でる手を止めなかった。
     いつもの千景さんに戻りますように。そんな願いを込めながら、自分とは違う触り心地の髪を撫でる。
    「茅ヶ崎…………茅ヶ崎っ、」
    「はいはい、なんです? そんなに力込めなくてもどこにも行きませんよ」
    「…………っ」
     至には少し痛いくらいの力で抱き締める千景を宥めようとするも、その力はなかなか弱まらない。もしかしてそれは、悪夢の内容と関係があるのだろうか、そこまで考えて至はそっと顔を動かして、千景の頬に口づけた。
    「千景さん、好きです。……この先も、ずっと」
    「……ちがさき」
    「千景さんが求めてくれる限り、ずっと。俺は傍にいますから」
     決して離れない、この寂しがり屋な愛しい人から。至の中でその気持ちがいつ芽生えたのかは本人にも分からない。もしかしたら、初めて千景がうなされている所を見た夜からかもしれないし、彼への恋心を自覚したときからかもしれない。
     それでもその思いは、色褪せることなく今も至の中にある。
    「ん…………ありがとう」
     か細くて消え入るような千景の声は、部屋の外から聞こえる雨音にかき消されることなく至の元まで届いた。
     ふふ、と小さく至が笑うと、千景の腕の力が些か弱まったようだった。まだ至が抜け出すことはできない強さではあるけれど、至はそれを望んでいないから問題はなかった。
    「さて、じゃあもう一眠りするために俺が子守唄でも歌いましょうか」
    「ナイランのテーマ曲とかはやめろよ」
    「え、なんでです」
    「そんなの、気持ちが昂ったお前がゲームするとか言って布団から抜け出す未来が想像できるからだよ」
    「いっ……言わない、ですよ? 嫌だなぁ、先輩」
    「へぇ、言ったな?」
    「うぐ……ほ、ほら、千景さん、いい子だから寝ましょうね〜」
    「その子供を寝かしつけるみたいなのやめてくれる? 全く…………おやすみ、茅ヶ崎」
     そっと至の額に落とされる優しい口づけ。千景の愛情がじんわりと伝わってくるようなそれに、至は破顔した。

    「おやすみなさい、千景さん。……良い夢を」
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😍😍🙏🙏💞🙏❤👏👏👏❤❤❤❤❤❤❤❤❤❤
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works