まだタイトル決まってないよ心待ちにする隊員の前に姿を現したクリスは満身創痍だった。
「クリス!」
迎えたジルが車椅子に座る隊長の頭を抱いた。
「無事で良かった」
ギブスで固めた腕をあげようとして失敗したクリスが、「心配かけたな」とその額を預けた。
「legendary, the immotal...」
信じてたぞ、とバリーが肩を叩く。
大規模な掃討戦は、犠牲者も多く出たそうだ。
「thanks, buddy」
頷くクリスを、ピアーズは少し離れた場所から眺めた。
食堂を飾って隊長を待っていた隊員たちを見て、ジルが身を離す。
「いつまでも隊長を独占したら妬かれちゃうわね」
タイミングを失って所在なさげな子どものような顔をしていた隊員たちを美人が振り返る。
クリスと目が合ったような気がした。
「――心配をかけたな」
そう言ってクリスは微かに笑った。
利き腕と右足を負傷したクリスだが、一か月程度で元の生活に戻ることができるそうだ。
苦手な書類仕事が更に嫌になった、とクリスは笑う。
彼のサインが必要な書類は多かった。
送迎に名乗り出たのはピアーズだった。
朝、家まで迎えに行き、夜仕事が終わるのを待って送る。
遅くなるとデスクで寝るから良いという彼を、治りが悪くなるからと説得するのもピアーズの仕事になった。
皆の尊敬を集める隊長は言葉通り書類仕事が少し苦手で、自分の面倒をあまり見ない。
年の離れた妹をとても大切にしているが、それ以外に大切にしている人の雰囲気はない。
ラクーン時代からの付き合いであるジルとバリーは特別だ。何か特別な絆が三人の間にある。
朝はコーヒーで始まる。麗しのジル・バレンタインの教えを守ってミルクを出すのもピアーズの仕事になった。
すぐにランチを抜くから、昼前に買っておいたランチバッグをデスクの上に置く。ジェフの影響でカリフォルニアライクなメニューが多いが、ピアーズ自身はバーガーを食べる。
「身体に気を遣う年ですよ」
「また年寄り扱いか」
クリスはうんざりした顔でレタスたっぷりのサンドイッチを食べる。
昼休憩という名のサインの時間だ。
ようやくギブスが外れ、無理なく筆記具を使えるようになった。
遠征中に送られてきた写真と同じ筆跡が刻まれた書類を揃えるのもピアーズの仕事だ。
クリスの仕事は膨大だった。部隊の計画、支給品の調整――アルファチームは何から何まで特別だったから、チーム固有の処理が多かった。
書類仕事は昼だけでは終わらない。
ピアーズは訓練後、打ち合わせからクリスが戻るまでに書類を仕分けして置くようになった。
書類を眺めるクリスがライターを手でいじる。悩ましい件を考える時の彼の癖だ。
数週間彼を補佐してきて、彼が何を考え、何を許さないのかが徐々に分かってきた。
彼の実直すぎる性格は、複数の企業の出資で賄われる組織では困難が多いだろう。彼がこの立場を維持すること自体難しいのだ。隊員を守りながら組織の正義を貫くのは並大抵のことではない。
曲がりなりにも士官候補生として学んだピアーズは、その苦悩を垣間見ることができた。
「飲みにいかなくていいのか?」
こちらの視線に気づいたのか、手を止めたクリスに訊かれる。
「あなたを連れて行ったら皆喜びます」
早く終わらせましょう、と促す。
「了解、副官殿」
クリスが肩を竦めて見せる。
精鋭揃いのアルファの中で、書類仕事をできる人間は少なかった。クリスを補佐するピアーズを周囲はからかって副官と呼んだ。
早く実力でもそうなりたいと思った。