死神と牙の話 死神と牙の話
綺麗な銀髪に見事な赤だね、と声が降ってきて顔を上げたら、真っ白な死神がいた。コードネームは確か、Aシリーズの4番、だったはずだ。数字を覚えるのは得意ではないので確認が取れない。自分たちの上司はずっと死神と呼んでいたし、そちらの方が耳にも肌にも馴染む。
相手をしてやるつもりはなかったので、顔は上げたが特に何も言わずに見つめていたら向こうが先に口を開いた。
「ふむ。その赤色は返り血のようだね。硝煙のにおいもしない。遠方から射撃したわけじゃないんだね。どうして接近戦になったんだろう」
そんなもの、上司が何故か暗殺者のくせに「『話し合い』で解決してみようか」などと言い出したからだ。もちろん上手く行かなくて標的は素手で殴り殺すことになり、そして当の上司は返り血を嫌って、組織支部に駆け込むなりシャワールームに閉じこもった。自分と相方はそれぞれ別所で見張りをしつつ交代待ちという流れである。
こういう経緯ではあるが、死神に返事は必要なのだろうか。「どうだっていいだろ」とだけ呟いてみると死神は嬉しそうに目を見開いて笑った。
「変な声」
さすがに不快が過ぎる。睨みつけてみるが死神は動じず、ファングはわざとらしいため息をついてピストルを向けた。セーフティはそのまま、指をかけてすらいない。殺意はないが、それくらい気に障ったと伝えられればそれでいい。死神も意図を察したのか微笑んで軽く手を上げた。
「うん、変な声と言ったことは謝罪しよう」
「それでいいんだよ」
「ふふ。これでも僕の序列はなかなかなんだけどね。そんなふうに話してもらえるとは光栄だな」
嫌味たらしい言葉を、落ち着いた声で話す。これ以上死神と会話していても神経を逆なでされるだけだと気づいてファングはピストルを落とし口を閉ざしたが、死神は歌うように言葉を続ける。
「ところでね、今はCシリーズになりえる子供を探しているんだ。君くらいの歳を上限としてね、美しい声で歌う人形を作りたいんだがどうにも上手く行かない。試作はもう十二番まで作ったが八番までは壊れて処分した。残りのそろそろ壊れてしまいそうでね、新しいのを用意しないといけない」
「……」
「特別美しい声というわけでもないだろうが、体の大きさはあの子なんかちょうど良いね。君のところの、何番だっけ? 確か三十一番、……おっと」
ファングが殴り掛かれば死神はわざとらしく声を出して避けて見せた。簡単にやれるとは思っていなかったが、こうも軽やかな身のこなしを見せられると腹が立つ。
「クローが欲しいならオレとセブンに話をつけろ」
「話をつける、とは、殺すということで良いのかな?」
「わかってんじゃねえか。まあオレを殺せるわけないだろうがなあ!」
「殺すのは、できると思うけど。別にそこまでして欲しいわけじゃないや。君たちはまだ組織の敵ではないようだし」
本当に勝手なことばかり言う。ファングの苛立ちも無視して死神は笑った。
「そんなにA―7やA―31のことを気に入っているの」
「……さあな。片方は獲物をくれるヤツ、片方はオレがぶったおすべきヤツだ」
「おや。その声色は気に入ってるって音だね」
ピストルをもう一度死神に向ける。今度は何も反応さえしなかった。そしてふと遠くを見て、振り返り、手を振る。「ではね」、一言だけ残して死神が去り、目線が向けられた方からは聞き慣れた足音がする。
「……クロー」
ファングの見つめる先には、身ぎれいにした話題の人がいる。クローは何か怪訝そうにしながらファングのそばまで来ると「交代」と一言、言い放った。
「セブンと交代で僕もシャワー浴びたから、あとはファング、君だけだ」
「そーかよ」
「君が血を落としたら場所を移して次の計画を練る。十分後にいつもの場所へ」
事務連絡だけ聞き届けて、ファングはシャワールームに向かう。その背中にクローの視線が刺さっているが気づかぬふりで歩みを進めた。
***
Cシリーズの十三番目は、どうやら壊れなかったらしい。死神は楽しそうに人形のメンテナンスを続け、人形は調律師に応えるように組織の敵を排除していった。美しい声で歌いながら。足音も、ピストルの音も、すべて人形自身の声だとでも言うように。死神は十三番目の人形を「最高傑作」と称し、ひどくかわいがった。
ファングの方は変わらずだった。どこか人臭いところのあるセブンのもと、クローと共に狩りをするだけ。暗殺以外にすることなんて飯と、シャワーと、睡眠と、それに伴う見張りくらいのものだ。
暗殺結果の報告程度に立ち寄った組織本部にて「寝られるときに寝ておいた方が良い」とセブンが言い出して仮眠室を借りることになった。寝ずの番は交代でひとりずつ、というのは三人の暗黙の了解で「こいつは一度寝たら起きないだろう。最初の見張りはこいつで決まりだな」と笑ったクローの顔を、今でも思い出せる。時間になったら絶対に叩いて起こしてやると決めながらじっと廊下に座り込んだ。――廊下の、少し先。動かないが、人の気配がふたつある。どこか無機質な印象を残す呼吸音から察するに、死神と人形だろう。
あれさえなければ眠っていたのに(気配を感知すれば目覚めるようになっているので見張りをしながらでも問題はない)と思いながらじっとそちらの方を見つめていれば、不意にその気配が動いた。片方が片方を抱き上げて、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
「おや、A―30……だったかな」
「……」
「仮眠室に辿り着く前にこの子が動かなくなってしまってね。僕も眠ってみただけだ」
先ほどまでの行動を弁解するように死神が笑い、未だ眠る人形を抱えなおした。
「最高傑作の人形も寝るんだな」
「仕事はきちんとこなすよ。そこもいとおしい」
「そーかよ」
死神がじっとファングを見下ろす。ファングもまた見つめ返す。
「ひどく、対照的だね。君たちはきちんとA―7に愛されているのかな」
「気持ち悪いこと聞いてんじゃねえ。死神こそ人形だのなんだのと趣味が悪い」
「人形にしてあげることこそが最高の愛だよ。それに僕は失敗せず完遂した仕事を褒めてあげている」
「セブンはそうじゃねえ」
「そう、そのA―7は何をしているんだろうね。ふたりも抱えて、どちらかを贔屓してしまわないんだろうか」
「あいつはオレに飯を作ってりゃいいんだよ。クローだってそうだ」
「もう一度言おう。人形にしてあげることが、最高の愛だ。人の心を持ち、持たせて、それでよく壊れずにここまで来たね」
ファングはじっと死神を見上げる。じっと見つめる。それでも死神の瞳からは感情が読み取れない。今の台詞はつまり、人を殺すと心がすり減ると言いたいのだろう。しかし、だ。
死神は人の心を理解するのだろうか?
否、どうだっていいかとファングはもう視線を逸らした。死神が人の心を理解したところで、セブンの心は理解できない。
「この仮眠室はセブンとクローが使ってる。他を当たれ。中に入るならオレに話をつけろ」
「遠慮しておこう。君たちはまだ組織の敵ではないようだ。――まだ、ね」
勝手に言ってろ。ファングは吠え、死神は人形を抱え、硬い足音を響かせてその場を去る。