恋は戦争 お疲れさまでした、の声にこもった熱気は、嫌いじゃない。道流は柔道の試合で頭を下げるように深くお辞儀をする。隣にいたタケルも静かながらお疲れさまですと伝え、漣はというと大きなあくびをしながら先に楽屋へ戻っていった。その背中をタケルと苦笑しつつ見守り、「自分たちも戻るか」と足を向ける。
今日の仕事はCM撮影で、午前に稽古、午後に本番というかなり詰まったスケジュールだった。それでも上手く、余裕をもってこなせるのは我らが虎牙道の良いところではあるが、自分たちほどの体力を普通のキャストや、監督や、カメラマンや、音響や、そのほかのスタッフが持っているわけではないことをちゃんと知っている。タケルの顔色にも疲労はうかがえないが、他のキャストが顔に浮かべているのは達成感だけではない。
こういうときに効くものは、と思い返してみてもひとつしかない。
「タケルは、今日、ラーメン食っていくか」
尋ねてみれば彼がぱっと顔を上げた。表情は変わらないが、「食べる」と答える声色が弾んでいる。好きなものを、同じように好きだと言ってもらえているようで嬉しい。
「でも男道ラーメンまで少し距離があるな……電車を使ってもいいが」
「いや、走るか、歩くかしたい」
「タケルならそう言うと思った」
つい抱きしめたくなるが楽屋に着くまではぐっと我慢する。タケルを先に部屋に入れ、後ろ手にドアを閉めたら彼を抱き寄せる。「急になんだ」と窘める声が笑っている。
水分補給をして、軽く汗を拭いて着替えて荷物を確認。スタッフさんに挨拶をしながらスタジオを出る。もう夕焼けがそこにあって、眩しいくらいだった。距離を考えれば、ゆっくり歩いて帰るとちょうど夕飯にちょうどいい時間になるだろう。そのままタケルに伝えると「じゃあ歩こう」と頷いてくれた。
タケルとは、そういう仲だ。しかしデートと約束して出かけるようなことはそうそうない。仕事でも顔を合わせるし、約束などしていなくてもラーメンを食べに来てくれたり、次の仕事の準備をしたりと一緒にいる時間は多いからだ。
ただ、今日は意識してもらいたい気がする。道流はタケルの頬に手を伸ばす。指の腹で撫でて、愛しさが伝わればいい、と微笑む。
「タケルとこうしてデートらしいことができるのは久しぶりだな」
言ってみるとタケルは「そうだな」と感慨ぶかそうに頷く。
「俺も円城寺さんとデート、できるの嬉しい」
すり、と手に頬を寄せてくる。その動作が妙にかわいらしくて、また抱きしめたい衝動に駆られる。自分から仕掛けたくせにタケルのこういった仕草ひとつでやり返されてしまうのだから、完敗だと思うしかない。惚れた方が負け、というならこの勝負の敗者は自分だ。
はは、と笑う道流のそばでタケルが体を離し、歩みを進める。その先で「あ」と声を上げる。
「歩道橋だ。円城寺さん、登っていこう」
タケルは小首をかしげて「円城寺さん、好きだろ」と尋ねてくる。未だにこんな子供っぽいこと、と思いはすれどタケルが「自分の好みを覚えていてくれた」という喜びに上塗りされる。
心地の良い敗北感をまた味わいながら、道流は頷き、タケルの隣を歩く。