気づきとからかいの種を得るドラちゃんのお話 年の瀬も近い百和温泉宴会場。
意図せずして開かれた退治人、吸対、吸血鬼にオータムの面々が入り乱れての大宴会の混沌の中心から少し離れたところでジョンとまったり一休みをしていたら、先程までマイクロビキニに胸ぐら掴まれて吊り上げられていた野球拳大好きが肩を揉みながらこちらにやって来るのが見えた。
「おや? お疲れ」
「おー。温泉来てこんな疲れる羽目になるとは思わなかったわ」
敵意をむき出しにしてシャドーボクシングしながら自分を威嚇してくるジョンを何なくいなして、野球拳がドッカリと私の横に腰を下ろす。
彼が抜け出たと言う事は、あの不毛な兄自慢大会が終わったのかと思いきや、宴会の中心に向けた私の視線の先ではロナルド君とビキニが相変わらず「俺の兄貴は最強なんだ!」をテーマにフリースタイルバトルを繰り広げていた。
あーあー、隊長さん可哀想に。顔いっぱいに「勘弁してください」って書いてあるじゃないか。
「しかし、うちのロナルド君もだけど、君んところのビキニも大概凄いね。普段あんだけツンなのに、ロナルド君と遜色無いくらいのブラコンじゃ無いか。教科書に載せたいくらいの典型的なツンデレだ」
「昔はツンはなかったんだけどなぁ。いつの間にやら反抗期が来ちゃって」
やれやれと言いたげな声色だが、ビキニを見つめるその顔は愛し気だ。
何と言うか、この兄弟はロナルド君の所と違ってただのブラコンと言うには何とも言えない違和感がつきまとう。
距離感がおかしいと言うか、雰囲気に妙な甘さがあると言うか……。かといって、下半身透明といる時はそんな風には感じないし。
割と他人の感情の機微には聡い方だと自負しているこの私でも測りかねる何かが野球拳とビキニの間にはあった。
うーん、何となくスッキリしないなぁ。
内心首を傾げつつ、野球拳を威嚇し続けるジョンをどうどうと宥めながら、なにかこの引っかかりを解くヒントが有るかと相変わらず舌戦を繰り広げ続ける長男拗らせ次男ズを見つめる。
と言うか、よくよく聞くと会話になってないな、あの二人。お互いただひたすら自分の兄がいかに素晴らしいかを垂れ流しているだけだ。
あれじゃ会話のキャッチボールならぬ会話のパイ投げじゃないか。
「ところでさっきビキニが叫んでたけど、君の結界って実際ビーム防げるの?」
「知らねーよ! ビームなんか撃たれた経験ねーよ!」
「そりゃそうか。……今度実験してみる? なんとなくうちの御真祖様なら打てそうな気がするんだよね、ビーム。見た事ないけど。頼んでみようか?」
「死にたくないから遠慮しとくわ」
私達がそんなくだらない会話をしている間も二人の兄自慢トークはどんどん加熱していく。
ああ、ロナルド君! その辺りでやめてあげて! もう隊長さんのライフはゼロよ!!
「君、良くあんなの聞かされて平気な顔してるね? 向こうのお兄さん見てみなよ。今にも恥ずか死にそうな顔してるだろ?」
「そこは年季の違いじゃね? つーか可愛いだろ? 一生懸命俺の事大好きって言ってるアイツ」
うひゃぁ、信じられない。
聞いているこっちが胸焼けしそうな程の「お兄ちゃん大好き(はぁと)」を浴びながら、なんだって平気な顔してそんな事が言えるのか。
私は一人っ子だけども、それでも野球拳のこの反応が一般的な兄弟としてはおかしい事ぐらいはわかる。
やっぱりどれだけ考えてもこの二人の距離感はよくわからないなぁ。
微妙な違和感に頭を悩ませていると、少し離れた先で繰り広げられているお兄ちゃんバトルもいよいよ佳境に入ったらしい。
ワヤワヤの語彙でワヤワヤと熱弁を奮ううちのゴリラとは対照的に、立板に水といった風情でいかに自分の兄が素晴らしい存在かを流暢に捲し立てるビキニの演説を聞いていると、全く関係の無い私の方がなんだか体がむず痒くなってきた。
「うわぁ、聞いているコッチが恥ずかしくなってくるんだけども。本当にすごいね、君。ビキニの話だけ聞いてると完璧超人じゃないか。実物はただの野球拳ポンチなのに」
「誰がポンチだ! あ〜……まあ、アレだ。昔は俺も若かったからなぁ。アイツにはカッコよく思われたいっつーか。まあ、意識してそう見えるように振る舞ってたから。そん時のイメージが抜けて無ぇんだろうなぁ」
「何だい、それ? 兄としての矜持ってやつかい? それとも純粋な弟の憧れを守る為?」
ロナルド君の中の兄像が今面白おかしい事になっているのも偏に弟の純粋な夢を壊すまいと隊長さんがアレコレやらかした結果だものね。
だからてっきり同じような現象がこの兄弟にも起こっているんだろうと思ったんだけれども。
「いいや。俺の場合は兄心ってよりは好きな子にはカッコよく思われたいって言う男心だな」
そんな私の予想の斜め上をすっ飛んでいくような野球拳の言葉に一瞬何を言われたのか理解できなかった思考が停止する。
野球拳に向かってずっと威嚇していたジョンも「ヌアッ!?」って一声叫んで固まってしまった。
好きな子って、男心って、それって……。
「……つまりビキニのアレは弟からの強烈な賛美ではなくて、恋人からの熱烈な惚気だと?」
「そーゆー事」
フリーズから復帰した私があえて言った「恋人」と言う単語を目の前の男は否定しなかった。
ああ、なんて事だ! ジーニアスなドラドラちゃんともあろう者が、兄弟と言う先入観に囚われて真実を見落とすとは!!
確かに、兄弟ではなく恋人という視点で見れば二人の間に有る兄弟愛と言うにはあまりにも奇妙な熱と甘さにも納得がいくと言うものだ!
基本的に人間とは別の理屈で動いている我々には血の禁忌も同性愛への忌避も薄い。
特に生まれながらの吸血鬼ならば尚更だ。
だから別にこの二人がそう言う関係でもおかしくは無いんだが、これは全くの盲点だった!
いや、だって、この見るからに軽薄で女好きを隠しもしないオープンスケベが、まさか自分の弟と懇ろになっているだなんて、誰が思うと言うのか。
流石に意外性が高すぎる!
う〜ん? でもこれ、ビキニ的には人に知られたく無いのではなかろうか。
付き合いは短いが、彼が派手な見目に反してとてつもなくシャイで気弱なのは良く知っている。どう考えても実の兄と恋人同士だと他人に知られるのはビキニにとっては恥ずか死案件だ。
「……ふむ。これ、私は聞かなかった事にしておいた方がいいヤツかな?」
「おー助かる。酒のせいかちょっと口が滑りすぎたな」
なぁ〜にが「口が滑りすぎた」なんだか。
助かると言った割にはやけに凄みのある笑顔を向けられて、若干ビビって砂になりかける。
多分これは牽制だ。最近割とビキニと仲の良い私達に対する。
(意外と嫉妬深いんだな)
普段のカラッとした軽い雰囲気に反して、どうやらこの男の中身は案外湿度が高いらしい。
ああ、これは困った。
———だって、面白すぎる!
そう言う事ならば私はこれまで以上にビキニを構わなければ! そうしたら目の前の男は一体どんな反応を見せてくれるのやら。
想像するだけでワクワクが止まらないではないか!
新たに手に入れた娯楽の種をどう芽吹かせるか脳内でシミュレートしながら、未だにフリーズしたままのジョンを抱き上げてほくそ笑む。
「……何笑ってんだよ」
「いやぁ、いつの時代も他人の恋バナは最大の娯楽だなぁと思ってね」
私がそう答えると相手は小さく舌打ちをしてそっぽを向いた。
その意外と青臭い反応に、思ったよりも彼は若い吸血鬼なのかも知れないと野球拳に対する認識を改める。
ああ、ああ! 毎日が何かしらの発見に満ちていて本当にこの街は楽しい!
旅館の畳のササクレにだって殺される私だけれども、シンヨコにいる限り少なくとも退屈に殺される事は無さそうだ。
「これは来年も楽しいことがいっぱいありそうだねぇ、ジョン」
抱えたマジロに笑顔で語りかける。
それを聞いてますます嫌そうな顔をした野球拳を見て、ジョンも「ヌヒヒ」と愉快そうに笑った。