夜明けの節 地獄より復活したネメシスとの戦いを終えた夜のことが、今でも記憶に新しく残っている。
誰もが喜びに酔いしれ前後不覚な程に酒をあおる賑やかな宴の途中、1人宴を抜け出すベレトを見かけてその黒い背中を追いかけた。ある程度酒を飲んでいたとはいえ気配に鋭いベレトに気づかれない様にと姿勢を低くして追いかけた先は女神の塔でだった。
足を止めて頭上の星空を眺めながら冷たい石壁に寄りかかっていると、冷気に冷やされた頭が自分の行動の野暮さを咎める。そろそろ戻るかと足を踏み出した、その時だった。
華奢な銀細工の指輪を左手の薬指にはめたベレトが、一人で女神の塔から出て来たのは。
フォドラに住むものであれば、子供でさえ左手の薬指にはめる指輪の意味を理解している。余計なお世話だと分かっていても、誰が相手なのかと内心の動揺を隠しながらと尋ねれば、ベレトはセイロス教の神祖の名を口にした。
先生が自分とよく似た異物だとは思っていたがここまで規格外な事を為すとは思っておらず、自分らしくもなく動揺をあらわにしてしまったことを覚えている。女神と同化して見た目が変わったのならば、女神と契れば心まで女神のものになって、このまま自分達の手を離れてしまうのではないかと懸念を抱いたのだ。
(なんて、ひどい邪推もあったもんだ。)
薬指にはめた指輪を優しい手つきで撫でるベレトは、伴侶を愛するただ1人の人間の顔をしていた。じっと刺す視線に気がついたのか翠玉の瞳をこちらへと向け、どうしたと視線で返答を待っていた。