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    Lac

    @Sirius_0726

    レトソティの絵と文章の練習中。

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    Lac

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    エンゲージの紋章士ベレトとオルテンシアの、レトソティ+オルテンシアの話。

    #レトソティ
    lethosoti.

    契りの指輪「よく頑張ったね、満点だ。」
    「ありがとうベレト、あなたの指導のお陰よ!」
     穏やかな雰囲気に包まれた昼下がりのカフェテラスに、快活な少女の声が響き渡る。今日は学びを求める仲間達に向けて不定期に開催される、紋章士ベレトの個人授業の日だ。士官学校の教師であった彼の教える内容は実用性に富んでおり、戦術の座学から剣術、体術、魔術の実技まで求められた事柄によって授業を変える。本日の授業は、オルテンシアが苦手としていた戦術の試験の日程だった。

    (初めて顕現された姿を見た時は、冷たい印象を持っていたけど…)
    「オルテンシア、何か分からない事でも?」
    「ううん、あなたの教え方は丁寧だから何も問題無いわ。ただ…」
     オルテンシアが慌てて否定の意を伝えると、紋章士に共通した碧眼が細められる。生徒が理解するまで内容を噛み砕いて何度でも教え導いてくれるベレトの姿は、生徒想いの優しい先生そのものだった。

    「ベレトがイルシオン学園の先生だったら私もロサードもゴルドマリーも、もっと勉強が楽しくなるのになあって思ったのよ。」
    「君にそう言ってもらえると教師冥利に尽きるよ。そう言えば以前にロサードにも似た事を言われたな。」
    「でしょー!実はゴルドマリーも先生を目指しているから、戦後にベレトがイルシオンに来てくれたら嬉しいんだけど…駄目よね?」
     ベレトを上目遣いで見上げるオルテンシアの頭に浮かぶのは、母国を建て直した戦後の風景だった。王族の義務として戦争に駆り出されたが、その身はまだ大人には程遠い学生のもの。戦後に自分が一番にすべき事と言えば、イルシオン王国の女王となるアイビーを支える為に勉学に励む事であり、学びの場を整える事だと考えていたのだ。

    「自分は聖地リトスに属する指輪に宿っているから、リュールに聞いてみない事には何とも言えないかな。」
    「そうよね…」
    「でも、どうして急にそんな事を?」
    「だってブロディア王国のシトリニカに、ベレトを教師として雇いたいと言われていたじゃない。誘うなら早い者勝ち!って思って。」
    「よく知ってるな。」
    「ふふん、私の情報網を甘く見ないで欲しいわね!」
     得意げな様子で胸を張るオルテンシアに、ベレトの口元が柔らかく弧を描く。相手が王族であろうと平民であろうとも出自に関わらず平等に接する姿勢を崩さないオルテンシアの姿に、ベレトは一人の仲間として好ましさを感じていた。

    「それに、あなたみたいな生徒に真摯に向き合ってくれる先生って生徒にモテるのよ。この私が保証してあげるわ!」
    「ふふ、ありがとう。でも自分は既婚者だから、ほら。」
     オルテンシアの視線の先でベレトの黒の手袋が外されると、武人を思わせる傷が刻まれた骨張った白い手が現れる。その左手の薬指には、夜明けを思わせる宝石を抱いた銀色の指輪が輝いていた。

    「えぇっ!?ベレトって結婚してたの!お姉様より少し年上くらいに見えるから、まだ独身だと思ってたわ!!」
    「皆んなにはこの事を話して無いから。」
    「ねえ、お相手はどんな人なの?年下の子?もしかして、士官学校の卒業生とか…あなたと同じ世界から来た腕輪の紋章士の誰かだったりする?」
     身近な恋の話に桃色の瞳を輝かせ、後半につれて内緒話の様に声を潜めるオルテンシアに微笑ましさを感じて、ベレトの口元に優しい笑みが浮かぶ。戦場でのオルテンシアは第二王女として毅然とした態度で武器を持つ立派な戦士だが、その中身はエーデルガルトとディミトリとクロード達と変わらず年若い学生なのだ。

    「残念、どれも外れだ。自分よりずっと年上の女性だよ。」
    「どんな女性なの?」
    「…うーん、これ以上話すのは彼女に悪いかな。」
    「定期試験で満点を取れたら、何でもひとつ言う事を聞いてくれるって約束したわよね?」
    「……分かった、オルテンシアがそこまで聞きたいなら話そうか。」
     少しだけ困った表情を浮かべながら教本を閉じるベレトに親しみを感じて、オルテンシアの笑みが深まる。リュールが顕現させた伝承に伝わる紋章士達は、初めは近寄りがたい雰囲気を持つものの誰もが人間らしい表情を持っている。そんな親しみやすい姿を見る度に、神竜を旗本に共に戦い交流を深められる日々の温かさがオルテンシアの心を和ませるのだ。

    「ころころと変わる豊かな表情が見ていて飽きない、本人曰く"愛らしい"女性かな。」
    「愛らしい?」
    「うん。かつて彼女が自身を指して言った時、耳慣れない言葉に思わず聞き返してしまって怒られてしまった事があって。」
    (ベレトも乙女心は分かっていないのね…)
    「士官学校の教師になるまで、自分は今よりもずっと感情の変化に疎かったんだ。けれど表情豊かな彼女と過ごす内に誰かを大切に想う気持ちが分かってきて、今では良い方向に変わって行けたと思う。」
     平時よりワントーン上がった楽しげな声色に、内心で驚きの声を上げる。左手の指輪を愛おしげな仕草で撫でるベレトの表情は、今までにオルテンシアが知らない一人の青年としての面だった。

    「それって素敵なことね。ねえねえ、彼女の事をいつどんな時に好きになったの?一目惚れとか?」
    「いや、初めて会った時は特に何とも思わなかったんだ。そもそも誰かを好きになる気持ちも自分には分からなかったから。けど…」
    「…大きな戦争が起きて、彼女と離れ離れになる事があったんだ。そうして彼女が自分の傍から居なくなって初めて、半身が失われた様な喪失感に襲われた。」
    「戦争…」
    「ああ。かつては同じ学舎で学んだ仲間達が殺し合う…凄惨な戦いだった。」

     爪が手に食い込む程に固く握られた拳と伏せられた表情に、フォドラの女神に縁の深い地と説明された"聖墓"と呼ばれる場所で紋章士の試練としてベレトと戦った事を思い出させる。
    "「ベレトと戦うことになるなんて思ってなかった。仲間に武器を向けるのって、つらいね。」
    「戦うと言っても敵になったわけじゃない。そう…殺し合うわけではないんだ、今度は。」
    「この場が終わればまた、仲間に戻れる。それがどれだけ幸せなことか」"
     そう言ってこちらに剣を構えるベレトの眼差しには、オルテンシアが向けられた事の無い温度の無い色が宿っていた。

    「戦いは日に日に烈度を増して行き、この手では救えない人々が増えて行く。自分にフォドラを覆う戦火を消し去ることなんてできるのか…自分が剣を振るい続けていいのか…そう自問自答する日々が続いたよ。それでも、」
    「それでも彼女への想いを諦めさせるには足らなかった。戦後に交わしたこの指輪と共に、世の終わりまで共に在る未来を彼女が約束してくれたから、何千年の時が経とうと自分を見失わないでここに居られるんだ。」
     そう言って重たく閉じられた瞼から再び開かれたベレトの瞳には、強い意志を帯びた確かな光が宿っていた。

    「…あなたって、意外に情熱的な人なのね。まるで歌劇の主人公みたいで焼けちゃったわよ。」
    「それは初めて言われたな。」
    「あーあ、なんだか羨ましくなっちゃった。私にも熱い気持ちと一緒に、可愛い指輪を贈ってくれる人が現れないかしら。」
    「すぐに現れるさ。だってオルテンシアは、」
    「愛らしいから?」
     得意げな表情で笑うオルテンシアにつられる様に、ベレトが表情を和らげる。伝承に語られる紋章士との日常がいつまで続くのか、この戦禍が終わる日が来た後のエレオス大陸の事はまだ分からない、それでも。
    (愛らしさなら、私だって負けないんだから!)

    「神竜様とこの戦争を終わらせるその日まで、一緒に居てね。」
    「勿論だ、最後まで君達の力となろう。」
    「約束よ。」
    「ああ、約束だ。」

    「オルテンシア!試験の結果はどうだった〜?」
    「お話中に申し訳ありませんが…お菓子を作って来ました。そろそろお茶会にしましょう。」
    「ロサード、試験は勿論合格だったわ!丁度お腹が空いていたの、ありがとうゴルドマリー。」
    「流石はオルテンシアだね!」
    「もっとたくさん褒めてくれて良いんですよ…?」
     イルシオンの級友達が集まる姿を見て、静かに去ろうとする背中に高らかな声が響く。

    「あら、あなたも一緒に来るのよ。今日は私の個人授業の日でしょう?ベレト先生!」
    「…君には叶わないな。」
     いつか来る別れの日に、優しい思い出となる様に。小さな願いと共にオルテンシアの顔には満面の笑みを浮かんでいた。
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