カミナリなんてコワくない雷なんか怖くない
雷──気象庁の定義では雷鳴と雷光どちらも必要。音と光を伴う放電現象。
稲妻とも呼ばれ、"神鳴り"が語源とされる。稲めがけて感光して稲穂を実らせるものであり、高らかに神がその存在を告げるもの。(*"妻"は古語では受け攻め両方の意味があったそうです。)
昔の人はロマンチストだな。
まだまだ分からない事も多いけど別に怖くは無い。興味深い自然現象の一つで、遭遇すれば音速と光速の差から無意識にカウントして距離を弾き出したりしてる。
室内にいれば雷光は見ていて飽きないし、職業柄、落雷の被害や対応をシュミレーションしたりもする。
ぼんやりと電車を待っていたホーム。光ったなと思ったら続けて音が聞こえた。
「きゃ!」
すぐ近くで可愛らしい悲鳴が聞こえて目を向けると、隣に立つバスケットボールが4つ入ったバッグを肩に掛けた腕にしがみついた女子高生の姿。
デカいな、身長差二十五cm位か?と思ったらつい頭の中で変換していた。
見下ろす顔が優しさと愛しさで溢れている。しがみつかれて嬉しそうに蕩けた顔で大きな身体をかがめて耳元に何事か囁いて、周りの同じようにデカい男達から冷やかされて真っ赤な顔でしがみついていた手を離そうとする女の子の手を捕まえてドヤ顔するバスケマン。くっついたままの2人を見て、いいな…と思った。
二十五cmも上の顔、ずっと見てたいけど見ようとすると何気に首が疲れる。ちょっと離れていると少し楽、で、なんとなく一緒にいる時、少し離れてる。時々くっつきたくなって近寄って一瞬触れて…こっちに顔が向けられると視線がむず痒くなって顔が上げられなくなる。名前呼ばれて目が合って、それで満足して又 離れる。ちょっと離れて大好きな顔を見る。
まぁ つまり、僕らの間にはいつも距離があったりする。
だって見てるだけで良かったんだ。見てたかったんだ。見ていたいと思う前に目が追ってしまっていたんだ。
だからこの距離はなんていうか身についちゃった距離で……別に不満は無いんだけど。…首、疲れないし…
思いが通じ合ったらなんというか温もりを望むようになってしまったというか…。
あいつ、距離詰めて来ないんだよな…僕を尊重してなのか、遠慮してるのか、…もっとグイグイ来てくれればいいのに…。
キスだって一回しかしてない。
今までキスする必要性は感じなかったから行為にキスは含まれずにきた。したがる相手がいなかったわけじゃないけど要らないだろ?と省いてきた。
つまり、キスとか、手繋ぐとか なんとなくくっついてるとか、今まで必要性も感じなかったし…だから!した事が無いんだ!
キスされて固まった。
抱き締められて固まった。
どうしていいか分からなかったんだ。手…手、どうすればいい?これ 抱き締め返せばいいのか?とか固まってる間に唇が離れて身体が離れた。
「すみません…薪さんが好きなんです」
ちょっと離れて泣きそうな顔して言った青木がもう一度「すみませんでした」と言って離れて行こうとするのに焦って「ぼ、僕も!」と思わず言ってしまった。
さっき青木が触れた唇に手で触った。ここに確かに青木の唇が触れて、つまりキスされた。じわじわと熱が顔に上がってきて心拍数も上昇してきて挙動不審になった。
離れて行こうとしていた青木が戻ってきて僕の手を握った。僕はビクっとして「でもキスとか…」
初めてで、と言おうとしたら
「薪さんがお嫌な事はしません」って。嬉しさを滲ませた真面目な顔で。
嫌なんじゃ無い 慣れてないだけで!って…言えなかった。この歳であんな事やこんな事もしていてと思ったら言えなかった。
だから多分 青木は誤解した。僕は身体接触が苦手だと。
一緒にいると青木が僕に触れたそうにしてるのに気付く事がある。でも青木は触れてこない。緊張してぎこちなくなる僕を 触れられるのが苦手なんだと誤解して 遠慮して。
違うのに…違うって言えない。さりげなくこっちから距離を詰めるなんて高度な技、僕は身につけてない。
雷に驚いてしがみついた手、ゼロになった距離の2人を見ていいなぁと思った。
出来るかな 僕に。
雷光に身をすくめて雷鳴に驚いて大きな身体に手を伸ばして…
きゃ!は無いな 無言でいいか。
雷なんて怖くないけど コワい。自然に自然に…。今度2人でいる時に雷が鳴ったら……。
あ。 光った。
思わず緊張して身体が強張った。
隣にいる青木との距離を測る。音までのカウントダウン 心拍数が上がっていく……ドキドキドキドキ ゼロ距離までのカウントダウン。
雷なんてコワくない。怖いのは自然現象にすら縋っておまえに触れたいと思う僕。抱き締めて!キスして!くっついていたいよ!と荒れ狂う嵐。(おわり)