癖 いつの頃からか増えた仕草。
最初見た時は可愛いなと思った。思ってドキッとして見惚れていた。
髪を耳にかけながら柔らかに笑っていた貴方が俺の視線に気付いて、目が合った。
貴方の口角は、ほんの少し上がったように見えた。
「薪さん 耳に髪かけるの癖ですよね」
波多野が目を細めながら嬉しそうに言う。
今も貴方は、右手をクロスさせて左耳に髪をかけている。その表情は可愛いというよりは…。
「うん」
波多野に生返事しながら相変わらず見惚れていた俺と、薪さんの目が合った。
キツい顔で、柔らかな顔で、艶やかな顔で、貴方が手をクロスさせて髪へと手をやる。
しんどい時、疲れた時、束の間の隙間時間に、暫く2人の時間を持てていない時に、
貴方が、その長い綺麗な指でサラサラした髪を左耳にかける仕草をする。
貴方は口にはなさらないけれど、普段は仕事優先で平日のお泊まりなんて言語道断、翌日の仕事に差し障りそうな仕事後の逢瀬にはNOを付き付ける貴方が、そんな日にはYESと言って下さるのを、貴方はきっと気付いていない。
多分 無意識の仕草。
その頻度が増えているのもきっと気付いていらっしゃらない。波多野が気付く程の癖のように頻発するその仕草。
─おまえが欲しい 今、おまえが欲しい そばにいて欲しい─
俺は用事を装って、仕事場を横切ってさりげなく薪さんに耳打ち。
さっき髪がかけられて剥き出しの左耳に、そっと囁く。
「今日、薪さんちに行っていいですか?」
その申し出が断られないのを 俺は知っている。(おわり)