まだ有効ですか?「な、七海さん!好きです!」
「……ありがとうございます」
私の人生最大の決死の告白は、呆気なくスルーされて終わった。
皆より遅れて高専に入学した私の遅れを取り戻すべく、マンツーマンで訓練や授業を教えてくれたのが七海さんだった。厳しくも優しくもある彼の教えはとても分かりやすく、呪術師としてだけではなく、人としても尊敬できる人で、子供の私の尊敬が恋に変わるのなんてあっという間だった。
二年になって私の等級が二級に上がり、少しだけ自信が付いたから、思い切って告白してみようと思った。きっと真面目な七海さんの事だから、学生の私と付き合うなんてことは無いとは思うけど、それでも伝えたかった。そして、その結果が冒頭の返事だ。
確かに付き合えるとは思っていなかった。が、だ。あまりにも素っ気なさすぎやしないだろうか。談話室に誰もいない事を確認し、二人きりのこのタイミングで意を決して言ったというのに、当の本人は英字新聞から視線すら外さず、顔さえ見えない。これは、いくらなんでも酷すぎないだろうか……。
少し待ってみても、一向に事態が動く気配がない。段々と視界が歪み、鼻の奥がツンとしてきた。もうこの場から逃げよう。
「あ、あの、すみませんでした」
震えそうになる声を我慢しながら伝え、私はその場から立ち去った。
***
「な、七海さん!好きです!」
「……ありがとうございます」
咄嗟に答えたものの、読んでいる新聞から顔を上げることが出来ない。この声は明らかにあの子の物で、意を決して伝えてくれたに違いない。嬉しさの余り口元が緩んでいるのが自分でもわかる。
彼女は、虎杖君たちより遅れて入学してきた。何やら親御さんが癖のある人達だったらしく、入学までに一悶着あったらしい。そんな彼女の遅れを取り戻す為に授業や訓練を教えるよう、五条さんに押し付けられたのが私だった。担任はあの人だし、私は教師でもないのに。教えていくうちに彼女の明るさと元気さに助けられている自分がいる事に気づいた。癖のある親の元で育ったのに、とても素直で可愛い子だ。そんな彼女を女性として見始めてしまってのはいつからだったのか。虎杖くんや伏黒くんと話しているのを見て嫉妬したり、自分の手の届く所に置いておきたいと思うようになってしまった。十以上も下の子供に何て感情を持っているのかと、自分自身を軽蔑した。しかし、時折見せる女性らしい仕草や、私に向けられる尊敬の眼差しに想いを断ち切ることは出来ず、むしろ想いは募る一方だった。
そんな中、急な彼女からの告白。嬉しくないはずなんてない。だが、私はどう立ち回るのが一番いいのか考えているうちに、彼女は部屋を出て行ってしまった。本当は今すぐ追いかけたい。私も同じ気持ちだと、愛していると伝えたい。だが、それは彼女の為なのだろうか。私はどうしたら……。
***
あの告白から一週間。未だ七海さんと顔を合わせることは無い。でも、その方が私的には有難い。このまま出来るだけ会わないで忘れてしまいたい。
「授業中に失礼します。△△さん、急で申し訳ありませんが任務に着いて頂いてもよろしいでしょうか?」
そう言って教室に入ってきたのは伊地知さんだった。
「欠員かい?」
授業をしてくれていた夏油先生が聞くと、伊地知さんが頷いた。
「これから任務予定だった二級術師の方が怪我をしまして、急ですが△△さんにお願いしたいのですが、よろしいですか?」
「一人かい?」
「いえ、七海さんとの任務です」
その瞬間、息が止まった。会いたくないと思っていたのに、こんな形で再会なんて。
「それ、俺じゃ駄目ですか?」
私の代わりに口を開いたのは伏黒君だった。
先日、振られた私は野薔薇ちゃんの部屋への赴いたのだが、その時ちょうど虎杖くんと伏黒くんもいて、三人が私の今の状態を知っている。その上で、彼が気を使ってくれたのだろう。優しさに感謝しかない。
「すみません。七海さんからの指名でして」
「「「は?」」」
私以外の三人が口を揃えて言った。私はただ伊地知さんを見つめる事しか出来なかった。
「こちらは問題ないよ。○○、行っておいで」
私の気持ちなど露知らず、夏油先生は優しく言った。行きたくないけど、こればかりは仕方ない。任務は呪術師に与えられた指名だ。私は小さく頷くと、心配そうに私を見つめる三人にお礼を言って伊地知さんに着いて教室を後にした。
駐車場に行くと、既に七海さんが車の所で待っていた。いつもと変わらぬ佇まいに心が痛い。
「七海さん、お待たせしました」
「いえ。△△さん、急な任務で申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
「……はい」
「では、参りましょうか」
「えぇ」
何事も無かったかのように、七海さんは後部座席のドアを開け、私に乗るように促す。こういう小さい優しさが、しんどい。でも、私に選択肢なんて無いから、促されるまま後部座席に乗り込んだ。もちろん七海さんも。はぁ……辛い。
任務地までは車で三十分程だった。その間に、伊地知さんの補足を聞きながら、タブレットで情報を確認する。その間、七海さんは窓の外を眺めていた。そりゃ、振った女とは話したくもないでしょうね。何だかだんだんやさぐれてきてしまった。
任務地に着き、伊地知さんが帳を下ろす。七海さんと二人きりの空間。今まではあんなに嬉しかったのに、今は辛いしかないな。
「私は真っ直ぐ一級三体を叩きに行きます。貴女はそれ以外の低級をお願いします」
「わかりました」
会話が終わると、各々武器を構え廃墟へと足を踏み入れた。
事前情報では、一級三体と低級が複数体との報告だった。遠距離、近距離共にいける私は援護と前線、どちらでも呼ばれることがある。今回は援護になる訳だが、一級に進むまでの間、七海さんが雑魚を倒しながら進んでくれるので、今回は私の仕事はそこまで大変では無い。七海さんが見逃して行った雑魚たちを端から祓除していく。殆どが三級以下、良くて二級なのでそこまで苦ではなかった。
七海さんも一級を祓除し終わり、入口で合流する。
「怪我は無いですか」
「はい」
サングラスを取り、胸ポケットにしまいながら聞く七海さんに返事をする。七海さんは本当に祓除したのかと言うほど、入ったままの状態で出てきた。怪我なんて何処にも見当たらない。流石は一級呪術師様だ。私は早くここから抜け出したくて、直ぐに彼に背を向けて歩き出す。はずだった。七海さんの大きな手が私の腕を掴み、私は歩き出すことが出来なかった。
「……なんですか?」
腕を掴んだまま何も言わない七海さんに前を向いたまま問うと、少しの間の後、七海さんが口を開いた。
「先日の告白は……まだ、有効ですか?」
「はい?」
言われている意味が分からず振り返ると、そこには苦しそうな顔をした七海さんがいた。
「まだ、私のことを、好きでいてくれてますか?」
「なんで、そんなこと聞くんですか?」
「……私も、貴女が好きだからです」
「…………え?」
そう言った七海さんの翠の瞳は、不安げに揺れている。
「あの時、とても嬉しかったんです。まさか貴女も同じ気持ちだなんて思いもしなかったので」
「……でも、何も言ってくれなかったじゃないですか……」
「それは、すみませんでした。余りの嬉しさにお礼を言うのが精一杯だったんです。ですが同時に、本当に私で良いのかと、思いました」
「どういう意味ですか?」
「私と貴女は十歳以上離れていますし、私はもう三十路です。貴女のような若く未来のある女性を、私が、独占してしまっても良いのだろうかと……」
いつもの七海さんからは想像も出来ないような弱々しい声で語られる言葉に、私は胸がギュッとなる。
「もし、貴女を手に入れてしまったら、きっと二度と離せません。例え離れた方が貴女の為になると分かっていたとしても、離してあげることはできません。ならば、始めから手に入れない方が良いのではないかと思いました。しかし、貴女の気持ちを知ってしまった以上――」
私は、七海さんに掴まれた手を振り解き、彼の胸に飛び込んだ。
「○○さん……」
「離さなくていいです」
「……え?」
「歳の差なんて関係ないです。私は本気で七海さんが好きです。離れる気なんてありません」
私が叫ぶように言うと、空中をさまよっていた七海さんの手が私を抱きしめる。
「……いいんですか?こんなおじさんで」
「おじさんじゃありません!かっこいいです!」
「……私は嫉妬深いですよ?すぐ貴女を独占したくなる」
「私だって七海さんの事独占したいです!ヤキモチだって焼きます!」
「……本当に、いいんですか?」
「いいんです!私は七海さんがいいんです!」
その言葉を最後に、七海さんは私を力強く抱きしめ、肩に顔を埋めた。
「嬉しすぎる……」
「私だって……」
ゆっくりと顔を上げた七海さんの大きな手が私の頬を包み、視線が絡まる。その瞳は優しく細められていた。近づいてくる瞳に瞼を閉じると、額に柔らかい感触が触れた。
「本当はここにしたいのですが、もう少し我慢ですね」
そう言いながら、七海さんは私の唇を親指で撫でた。
「今じゃ、駄目ですか?」
私が聞くと、七海さんは少し困った顔をして、再び私の肩に顔を埋めた。
「そんな可愛い顔しないで下さい。止められなくなる」
「止まらなくてもいいのに……」
「駄目です。せめて18歳になるまでは」
「……私、三月生まれだけど、大丈夫ですか?」
「……大丈夫です」
少しの間があった事に思わず笑ってしまう。
「笑わないで下さい。私だってただの男なんです。好きな女性には触れたいし、それ以上の事だってしたい。ですが、これは大人の責任なんです。私も我慢しますから、貴女も我慢してください?」
ね?と可愛く言われてしまっては頷かない訳にはいかず、私は小さく笑いながら「はい」と返事をした。それに答えるように微笑んだ七海さんは、赤く染まる私の頬に優しい口付けを落とすのだった。