勘違いしてませんかその日は単独任務だった。心霊スポットとなった廃墟での祓除。さして等級も高くないし、数も多くないので、私一人での任務になったのだが、その廃墟に行くと、既に祓除が終わった後だった。念の為、確認しに廃墟内に入ると、そこにはダークスーツを着た金髪の男の人がいた。月明かりに照らされた金髪がキラキラと輝いている。
「あぁ、もしかして呪術師の方ですか?」
こちらを振り向いた彼の低い声が私に聞いた。一瞬、呪詛師かと構えるが、相手からの殺気は感じられない。
「貴方は?」
「私はフリーなんです。気になっていたので祓除に来たのですが、お邪魔をしてしまったようですね」
心底申し訳なさそうに言われ、こちらも何だか申し訳ない気になってしまう。
「いえ、ありがとうございます。お怪我は無いですか?」
「えぇ。大丈夫ですよ」
優しく笑ったその顔に何となく見覚えがある気がした。
「あの……何処かでお会いしたことありますか?」
思わず口から出ていた。慌てて謝ると、彼はクスリと笑った。
「いえ、初めまして、ですね」
「で、ですよね。すみません」
恥ずかしくなって俯くと、彼が近づく革靴の音がした。
「実は、私術師の知り合いがいなくて少し困ってたんです。もしよろしければ、仲良くしていただけませんか?」
「え?」
突然の申し出に驚きながらも顔を上げると、眉を下げて困っているような顔をしていた。 確かにフリーの術師は色々大変って聞いた事あるし、同じ術師として助けてあげたい。そう思った私は、高専の説明をして登録してはどうかと聞いてみた。しかし、彼の答えは『ノー』だった。
「昔色々ありまして、どこかに属するのは抵抗があるんです」
「そうですか……」
「貴女の連絡先を教えて頂くことはできませんか?」
「私、ですか?」
「はい。折角出会えた事ですし……ダメでしょうか?」
丁寧にお願いされては断ることも出来ず、私は彼に連絡先を教えた。彼の連絡先も教えて貰いスマホに登録する。
「そういえば、お名前をお伺いしても?」
「建人、と呼んでください」
「建人さんですね。私は○○です。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
そう言って笑った彼の笑みの本当の理由に、私はこの時は気づいてすらいなかった。
それからは、私の単独任務に合わせて一緒に祓除するようになった。呪霊とは何か、どう生まれるのかなど、私が高専で学んだ知識を彼に教え、その代わり祓除を手伝って貰っていた。高専に属したくないという彼の意向を組んで、報告書には彼の事は記載しなかった。誰に告げる事も無く、彼との秘密の任務を重ねていった。そのうち任務後に食事に行くようになった。光の下で見る彼はとても美しく、いつも闇の中でしか会っていなかったから、初めて光の下の彼を見た時は、緊張してろくに会話もできなかった気がする。美しい見た目に、丁寧な受け答え、いつも私を気遣ってくれる対応に、私は少しづつ彼に惹かれていった。彼に会いたくて単独任務を増やし、服装やメイクにも気を使うようになった。
「最近前より可愛くなったな」
任務後、治療をして貰っていると家入さんが言ってくれた。
「本当ですか?」
「あぁ。彼氏でも出来たか?」
家入さんはニヤリと口角を上げて話す。
「彼氏じゃないんですけど……好きな人はできました」
「良かったじゃないか。プライベートが充実するのはいい事だ」
満足そうな笑みを浮かべた彼女は、椅子を回転させて机に向き直る。
「どんなやつだ?ちゃんとしたやつか?」
「はい。凄く大人な人です。見た目も素敵なんですよ。クウォーターらしくて、綺麗な金髪に翡翠色の目がキラキラしてて、背も高くてすごく素敵な人なんです。フリーの術師してるんですよ」
初めて誰かに話せるのが嬉しくて、私は何も考えず彼の話をしてしまった。だが、その話を聞いていた家入さんの顔色がどんどんと険しいものに変わっていく。
「……そいつ、名前は?」
「苗字は知らないんですけど、建人さんっていいます」
私の言葉を聞いて、家入さんは顔を押さえ深い溜息をついた。
「なんて事だ……よりによって……」
「……お知り合いですか?」
私が聞くと、彼女は私の方を向き真剣な顔で言った。
「落ち着いてきけ。……そいつは呪詛師だ」
「…………え?」
「七海建人。一級呪詛師だ」
家入さんの言葉が理解できない。呪詛師?……フリーの術師じゃないの?
「覚えてないか?お前が一年の頃、五年に居ただろう。金髪の術師が」
その言葉に、学生の頃の記憶が蘇る。確かに金髪の先輩がいた。七海先輩。既に術師を辞め、大学に編入する事が決まっていたから、接点はほぼ無かった。一度だけ、入学式の日、道に迷った私を助けてくれたっけ。そっか……あの既視感はそういう事か。でも、何で今更……。というか、もしかして苗字を教えなかったのはバレないため?先輩は私の事を分かってた?……利用されてただけ?
私が思考を巡らせていると、家入さんの暖かい手が私の冷えていく手を包んだ。
「大丈夫か」
「大丈夫……ではないですけど……私は、利用されてたんですかね?」
「目的はわからん。だが、もう会わない方がいい」
「……ですよね」
現実を突きつけられ、視界が歪んでいく。
「この事は五条や学長に伝えておく。君は単独任務から外れろ。何をされるかわからん」
「……はい」
「もっと早く気づいてやるべきだった……すまない」
家入さんは苦しそうに言った。私は行き場の無い想いをどうしたらいいか分からず、流れる涙を拭うこともできなかった。
それから私は彼が現れた時の対策として、一級以上の術師とアサインされることとなった。単独任務は無くなり、最低でも補助監督がつく。しかし、一ヶ月経っても、半年経っても、彼が現れることも、没収された私のスマホが彼からの連絡を通知することも無かった。何度か五条さんが私の振りをして連絡したらしいが、返信が来る事もなかったようだ。結局、私は良いように利用されていただけだと言うことだ。
それから一年。彼に関しての進展は何も無く、段々と私の任務も補助監督と二人の任務が増えていった。没収されたスマホは返って来ないが、新しく支給された物もあるし当時よりは監視も緩くなった。
その日も、補助監督との任務を終えて一人部屋へと帰る。エントランスまで送って貰い、エレベーターに乗り、自室の鍵を開ける。廊下を進みリビングのドアを開けて電気をつけると、ソファにあの男が座っていた。
「あぁ、おかえりなさい」
彼は前と同じ優しい笑顔で言った。
「七海……建人……」
「やっと会えましたね。監視が厳しくてなかなか会いに来れませんでした。怒ってませんか?」
建人さんは、立ち上がりゆっくりとこちらへ歩いてくる。私はそれに合わせて後ずさる。それを見た彼は、ピタリと止まり眉を下げて寂しそうな顔をする。
「やはり怒っているんですね?本当に申し訳ありません。ですが、高専に捕まる訳にもいきませんし、こうするしかなかったんです。許してくれませんか?」
こいつ、何を言ってるんだろう。自分が呪詛師である事を隠していたくせに、会えなかった事を許してくれ?馬鹿にされてるとしか思えない。
「それよりも謝る事があるんじゃないですか?呪詛師なんですよね?私の事騙して、利用しようとしてたんですよね?」
「私は騙していませんよ?フリーであるとは言いましたが、呪術師だとはひと言も言ってません」
「同じですよ。敢えて誤解するような言い回しをしたじゃないですか」
「呪詛師だと言ったら、貴方は私を受け入れてくれないでしょう?」
「当たり前でしょ!」
思わず大きな声が出た。何でこいつは、こんな飄々としてるんだ。私の気持ちを踏みにじった癖に。私の怒りは収まらない。
「呪詛師だって知ってたら、こんな気持ちにならなかった!楽しかったですか?私が貴方に好意を寄せて浮かれている姿を見るのは。貴方からしたら、さぞ滑稽に映ったでしょうね」
「そんな事ありません。嬉しかったですよ。とても」
「何を馬鹿な。利用しようとしてる女が好意を寄せてくれてやりやすかったでしょうよ。バレなければそのまま高専の情報でもリークさせようとしてたんでしょう?」
「……貴女、何か勘違いしてませんか?」
先程まで申し訳なさそうにしていた彼の眉間に皺が寄る。長い足がまた一歩私に近づく。私も後ずさる。が、踵が壁に当たりそれ以上逃げる事ができない。彼はもう一歩私に歩み寄り、両手を顔の横についた。
「私は貴女を利用しようとして近づいた訳ではありません」
「今なら何とでも言える」
「私は高専で初めて貴女を見てからずっと好意を寄せています」
「………………は?」
「私はその時既に術師を辞めるつもりだった。だから貴女の為に関わらない方がいいと、敢えて避けていました。ですが、貴女を忘れる事はできなかった」
「な、にを……」
「なので自由になった今、貴女が欲しいと思った。何としても手に入れたいと思った。だから貴女の単独任務を狙って会いに行き、食事に誘い、距離を詰めた」
彼のゴツゴツとした指が私の頬を撫でる。払い除ければいいのに、私にはそれが出来ない。あんなに、怒ってたはずなのに。
「会いに行った貴女は、昔より綺麗になっていた。お陰でまた惚れ直してしまいましたよ。本当は食事や任務なんて吹っ飛ばして、すぐにでも抱きたかった。私のこの手で乱れる貴女を見たかった」
頬を撫でた指はそのまま耳を撫で、首筋を降りて行く。
「愛していますよ」
そう言うと、彼の顔が近づいてくる。避けるべき、と思考は警告するが、気持ちはそのまま受け入れてしまう。相手は呪詛師、ましてや私を騙していた奴なのに、彼の瞳が嘘偽りなく私を『愛している』と言っているような気がしてしまって、逃げる事ができない。これだから私は騙されたんじゃないだろうか。チョロいな、私。そんなことを考えてるうちに、彼の唇と私のそれが重なる。始めは触れるだけ、それを何度か繰り返し、上唇、下唇と食むようにキスをされる。私はそれを目を瞑って受け入れる。唇が離れ、翡翠色の瞳と目が合う。
「もう逃がしません。貴女は私のものです」
息のかかる距離で告げられ塞がれる唇。先程とは違い、私のそれを啄み、舐め上げ、口腔内に舌が侵入してくる。歯列、上顎、頬、舌、私の全てを蹂躙するように動き回るそれに、息は上がり、甘い声が漏れ出す。
「はは、可愛いな」
口角を上げ、見た事の無い妖艶な笑みを浮かべた彼は、私の両頬を掴み、再び口腔内を犯す。そんな事しなくても、もう私に逃げる意志なんて無いのに、より深く繋がろうとしてるように密着し、舌を絡めていく。飲み切れない唾液が私の口から溢れても、そんなのお構い無しだ。正に貪るように私を求める彼が愛おしくて、気づけば私は彼の首に腕を回していた。それに気を良くした彼は、口付けたまま私を抱き上げ寝室へと向かう。その間も絶えず与えられる快感に私の思考はショートしていく。もう何も考えられない、考えたくない。今はただ、この愛する人が求めるままに。