知らない贈り物 その日、街には珍しく雪が降った。
ネロはその光景をブラッドリーの腕の隙間から眺め、さぞかし外は寒いのだろうなと思った。
今この環境は最高だ。何せ、体温が馬鹿みたいに高い男にすっぽりと包まれている。
ベッドの寝心地は最高で、掛けられている布団も軽くて暖かい。
難点なのは自分の身体の上に乗っかっている腕が重いことだけだが、暖を取らせてもらっているのだから構うまい。
視線だけ動かして時計を見、まだ起きるには早い時間であることを確認して、ネロは再び目を閉じようとした。
黒い包みに金のリボンが掛けられたものが視界に入らなければ、間違いなくそうしていただろう。
「……んー?」
何度か瞬いても、その包みは消えやしない。
手を伸ばして触れると、柔らかい布地の感触がした。
「……え、何だこれ。おい、ブラッド、何かある」
素っ裸であることも忘れ、ネロは掛け布団を剥ぎ取りブラッドリーを揺すった。
「…………さみ」
ブラッドリーは暫く布団を探していたが、諦めたのかネロの腰を掴んでまた寝ようとする。
だがネロはそれどころではなかった。
不審者がこの家に入り、不審物を置いて行っている。
何でこいつはこんなに呑気に寝てられるのか!
「ブラッド、おいって……」
「うるっせえなぁ……何だよ」
やっと赤い瞳が開き、至極迷惑そうにネロを睨み付ける。視線をずらして時計を眺め、物凄く大きな溜息を吐いた。
「五時ぃ? てめえ、つまんねえ理由で起こしたんならそのまま外に放り出すからな」
「つまらねえどころじゃなくて、なぁ、これ」
「あ?」
ブラッドリーの眼前に黒い包みを突き出す。
「知らねえうちに置かれてたんだけど、誰か家に入ってんじゃねえか? 家ん中確かめた方がいいって」
ネロは心からそう言ったのだ。
だからこそ、まだ寝ぼけ眼で(こいつは何を言っているんだ?)という顔をしているブラッドリーが信じられない。
「……ネロよぉ」
ブラッドリーは枕に頬杖をついたまま言う。
「今日は何日だ?」
「は? 二十五日だろ」
「昨日俺たちは何で豪勢な飯を食った? 良い酒出して、お前も気合い入れて仕込んでよ」
「そりゃあ、聖夜だったから……」
「じゃあそれは何だ」
それ、とネロが突き出している黒い包みを指差す。
「……不審物」
ずるっとブラッドリーの手から頭がずり落ちる。マジか、というコメントつきだ。
「不審物がご丁寧に包装されてリボンかけられっか? ……いや、時々そういうやつあるけどよ。……なぁ、ネロ。お前、聖夜って何するもんだと思ってる? クライマックスがあんだろ?」
「クライマックスって……」
そりゃあ、今世で生きていれば嫌でも聖夜というものを学習する。
どうやら家族と共に過ごし、祈りを捧げる大切な期間らしく、個人店は休業しているところが大半だ。
食事はそれなりに豪勢にして良いのは知っている。市場が賑やかで、食材も高級品が立ち並ぶからだ。
だから、昨晩は仕事から帰ってきたブラッドリーに一日掛けて仕込んだターキーと、具沢山のグラタン等、好物ばかり振る舞った。
くだらない話で盛り上がって、酒を飲んで、恋人として大切な時間を過ごした。セックスだってした。
はて、ブラッドリーの言い方から察するに、飯がクライマックスではないらしい。
ならば、何だ? それに抱えさせられている不審物と何も繋がらない。
考え込んでしまっているネロに対し、ブラッドリーはもう一度、マジか? と言った。
「だから、何が」
「お前、見たことねえ? 赤い帽子被った白い髭のおっさん。あいつが何するか知ってるか?」
「……えっと」
流石に見たことはある。でかい袋抱えて、煙突に登って、トナカイ飼って。
で? 何してんだろう、と。そこまでだ。
口籠るネロに対して、ブラッドリーはいよいよ大きな溜息をついて、何かを諦めたように手を振った。
「……まぁいいや。開けてみろ、それ」
「え? いや、でも……危ねえもんだったら」
「危なくねえよ。俺が用意したもんだからな」
「……へ?」
「メリークリスマス、ネロ」
散々不審物呼ばわりした包みを見、「あーアホらしい」とこちらに背を向けて毛布を被る恋人を見る。
何が何だか分からないまま、ブラッドリーから贈られた物らしき包みを開き、ネロは硬直した。
たっぷり一分間その品物を見つめ、丁寧に包みを直してからテーブルに置き、ブラッドリーの背をもう一度揺すった。
「なぁ、結局赤い帽子のおっさんって何する人?」
日が昇り、世間がホワイトクリスマスだと騒ぐ頃。
ネロはブラッドリーから贈られたハイブランドのコートを抱いたまま、リビングの一番冷える場所に座り込んでいた。
聖夜と赤い帽子のおっさんについてブラッドリーに懇懇と話を聞かされ「俺もガキの頃に碌な生活してなかったし、贈り物なんざ貰ったことねえけどよ。流石に仕組みは知ってたぜ?」と呆れられた。
良い子にはプレゼントを。
そういや、魔法舎で生活してた時に賢者さんそんな話してたなぁ、とやっとその時思い出して、その後、血の気が引いた。俺、何も用意してない。
腕の中のコートを見下ろす。ネロの好みに添いつつ、きちんとシックに収まった黒一色。コートに包まれるように揃いの革手袋が入っていた。
こんなに良い品をもらって置いて、自分は何も。
ていうか、仕組みすらちゃんと知らずに、セックスして寝こけて。夜中に起きて置いてくれたブラッドリーの好意すら、不審物と言い放つ始末。
溜め息が止まらなかった。
「おい、んなとこに座ってケツ冷やしてんなよ。良い子のネロくん」
ぽんぽんと頭を撫でられて、ネロは顔を上げた。着替えたブラッドリーが立っている。仕事着ではなく、普段の冬の装いだった。
「……出かけんの?」
「おう。お前もな」
それ着な、と黒のコートを指される。
怪訝そうな顔をしていたのだろう。ブラッドリーは苦笑して、目の前にしゃがみ込んだ。
「知らなかったことを悔やんでも仕方ねえだろ。ネロ、てめえが俺にくれんのは、お前の今日一日で構わねえ。昨日に続いて美味い飯に、極上のセックス。最高じゃねえの。飯の種、仕入れに行こうぜ」
くしゃくしゃと髪を乱される。ネロは悔しくて堪らなかったが、ひとつ息を吐いて諦めた。
「良い子のてめえに冷えたケツくれてやんのは良いけどさぁ……足んなくねえ?」
「それは来年に持ち越しな」
ほら立ちなと引っ張り起こされて、頬にキスされ、コートをかぶせられる。
「チャンスなんざ、これからの人生で幾らでもある。楽しみにしてんぜ、ネロくんよ」
笑い声と共に手引かれる。
あんなにあった悔しさがほろほろと崩れて落ちて、さて、気づけば来年への企みしか残っていなかった。
ちら、と頭に浮かんだのは指に嵌める銀の輪。だけど、これはまだ早いか。なんて。
残念ながら、この企みも先を越されることになるのだけれど、それはまだ未来の話だ。