夢見る杉元(仮) 杉元佐一は子どもの頃、両親と見に行ったイルミネーションに魅了された。
それを見に行ったのは忘れもしない大晦日。夜の澄んだ空にキラキラと輝くイルミネーションはまるで満天の星空のようだった。幼い佐一は美しく夜空を彩る煌めきに目を奪われ、心をときめかせた。佐一の心を惹きつけたのは煌めくイルミネーションだけではなく、それを仲睦まじく幸せそうに眺める恋人同士もだ。
「カップルばっかりだなぁ。佐一、しっかり手繋いでろよ」
佐一の父親は人混みで幼い我が子とはぐれてしまわぬよう大きな手で佐一の手を包み込んだ。
「かっぷる?」
「ああ、みんな好きな人と一緒に来てるんだろう。佐一の父さんと母さんもカップルだったんだぞ」
「すきなひと」
佐一は子どもながらに大きくなったら好きな人とまたこのイルミネーションを見たい、あの幸せそうなカップルに憧れるようになった。
ぼくも、あんなふうにすきなひとと。
杉元佐一は大学生になった。中学、高校時代は部活に明け暮れて彼女を作る暇がほとんどなかった。嘘だ。そこまで忙しくはない。
女の子に告白されることもしばしばあった。だが、その告白を受け入れることはない。
杉元の夢は『好きな人と幸せそうな恋人同士になり大晦日のイルミネーションを眺めたい』と少々面倒くさいものであった。
最初に告白された時は浮かれて付き合ってみたが、その子を好きになることもなく何か違うな、とその交際は終わりを告げた。それからは告白されても断るばかり。
杉元は恋をしたい! と少女漫画を読み恋に恋する日々を過ごしていた。
けれど、このままではイルミネーションどころか誰とも付き合うこともなく年老いてしまうのでは⁉︎ と急に焦りが込み上げてきて、杉元は友人の白石に相談した。
「杉元、まだ好きな人とイルミネーションの夢叶ってないんだ」
高校時代からの友人、白石由竹は同じ大学へ進学し学部が違うものの今も仲良くしている。
「好きな人と好きな人と、て言ってたらダメなのかも。なんか、出会って恋しないと!」
「ふぅ〜ん。恋ねぇ。俺なんていっつも恋しちゃってるけど」
「でも、お前彼女いねぇじゃん」
「恋はね、彼女がいなくてもできるの! ひとりでできるの! 恋はね」
同じ学部の○○ちゃんと、△△ちゃんと〜あ、法学部の◇◇さんもすっごく美人でいいよねぇ。と白石が恋をしているであろう女の子の名前をつらつらと言っている。
果たしてそれは恋なのだろうか。杉元は訝しげに白石を見つめた。けれど、なにかしら出会いや親交がないと恋も彼女もイルミネーションも無理だと思い、人望があり人間関係のフットワークも軽い白石に声をかけたのだ。
「じゃあさ、俺が女の子集めてやるからさ、夜の飲み会とかじゃなくて昼間に健全にみんなで遊びに行ってみるか?杉元の顔があれば彼女なんてすぐできるのにな〜告られたらウンって返事するだけだせぇ? 頭が固すぎるんだよ」
白石は杉元の頑固さに呆れつつもグループデートと称した合コンを計画した。
澄んだ青空が広がるよく晴れた秋の土曜日。杉元は白石が計画してくれた集まりに来ていた。場所は遊園地。
「きょ、教育学部の杉元佐一で、す」
杉元が自己紹介をすると白石が声を掛けて集まってくれた三人の女の子が、お返しをするように自己紹介をしてくれた。みんな可愛い。
「好きな人とイルミネーション見るのが夢って言ってたの、お前か?」
可愛い女の子たちの後ろから聞こえた低い声。知らない男が立っている。
「は? なんだよお前」
杉元たちより頭一個分くらい下の位置で女の子たちは「え〜杉元くん可愛い」「イルミネーションみんなで行こうよ」などときゃあきゃあと甲高い声を上げている。
「あー……、尾形ちゃん。本当に来たんだ」
どうやら白石はこの男を知っているようで名前を尾形と呼んだ。白石の言葉を他所に杉元は尾形を睨みつけている。対する尾形はニヤついているような不適な笑みを浮かべていた。やけに癪に触る。
「で、好きな人ってどんなやつがいいんだ。どんなやつが好みなんだ?」
「へ⁉︎」
「だれかと付き合いてぇとか、好きな人がとか言うんだ。理想の恋人とかあるんじゃねえのか」
言われてみれば……。少女漫画に出てくるような恋がしたい。幸せそうなカップルになりたい。好きな人とイルミネーションを見たい。今まで告白されてもその子を好きじゃないから付き合ったりしなかった。これからはもっと積極的に行こうと思った矢先、どんな人がいいかと急に問われるなんて。その答えは、わからないだった。杉元がずっと考え込んでいると、
「ははぁ、一生恋人できなさそうだな」
「なっ……⁉︎」
まるで雷に撃たれたような衝撃が走った。いや、台風で家が吹き飛ばされた? 地球が消滅した? 頭の中が真っ白で灰になりそうだった。酷い。自分でもわかっていたことだ。だけど、キラキラと煌めく思い出に夢見て憧れて、それをそんな風に言われて今にも泣き出しそうだった。
次の瞬間、杉元の拳が尾形の頬にめりこんでいた。
続く