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    朱華‪🌱‬

    遅筆の物書き

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    朱華‪🌱‬

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    審神者と一文字則宗の話

    カプではない

    審神者と一文字則宗「それで、お前の要件は、近侍に任命してほしい、であってるか?」
     昼食を摂り終え、茶を啜っていたところに現れたのは、一文字則宗だった。近侍の加州清光が食器を下げに行った直後の出来事で、タイミングを見計らっていたかのようなほど丁度いい頃合いに、要件があっての事だろうと踏んだのは間違いではなかったらしい。一文字則宗はにやりと笑う。
    「分かっているのならわざわざ聞く必要もないだろうに」
     一文字則宗は苦手だ。飄々としていて掴みどころがなく、それでいて必要以上に踏み込んできてこちらを見定めようとする。薄く細められる目と弧を描く口元はじじいと自称しているだけあって老獪さを秘めている。
    「単刀直入に言うが、一文字則宗。お前を近侍にはできない」
     だから話は終わりだ、と言外に訴えるが一文字則宗は帰ろうとはしなかった。浅葱色の瞳は俺を興味深そうに見つめていた。
    「それはお前さんが刀剣男士との関わりを最小限にしているのと関係があるか?」
     だから苦手なのだと心の中で悪態をつく。この刀は主をよく見ている。早く加州清光に戻ってきて欲しいと願いながらどうにか言葉を紡ぐ。
    「関係があるとして。どうするつもりだ?」
    「どうもしないさ。毎日、ここに押しかけるかもしれないが」
     一文字則宗はそう言って指先で執務室の机をトントン、と叩く。ここに押しかけられるのは些か面倒だ。出陣前に全員をここへ揃えさせている手前、執務室への出入りは禁止していないが、これからは禁止する必要があるかもしれない。
     とはいえ目安箱で要件を伝えるだけでは飽き足らず、実力行使に出た刀だ。なにかと理由をつけて押しかけてくるに違いない。
    「わかった。降参だ。明日から近侍を頼む。仕事は加州清光から教わってくれ」
     結局、加州清光が戻ってきたのは一文字則宗が帰ってから大分経ってからだった。一文字則宗はここまで計画していたのかもしれない。
     加州清光には近侍を降りてもらうこと、後任には一文字則宗を任命するから仕事を教えてやって欲しいことを説明すると俺、何かしちゃった? と不安げに言うので、そういえば近侍を変えたことなかったなと思いながらお前は何もしてない、少し休みをやるだけだから好きなことでもしてこいと伝えた。
     湯呑を手に取ると、茶はもう冷めていた。加州清光に淹れなおしてもらおうかと思って声をかけようとして、やめた。そこには不貞腐れている刀があった。
     翌日、一文字則宗は早朝から自室にやってきた。襖が勢いよく開けられたことに驚いて飛び起きる。
    「世話係は前田藤四郎のはずだが」
    「今日は近侍初日だからな、変わってもらったんだ」
    あまりにもけろりと言うので近侍に任命したことを早々に後悔したが、諦めて一文字則宗を自室から追い出した。
     ややあって前田藤四郎が朝餉を持ってくる。盆にはいつも通りおにぎりとみそ汁、漬物が並んでいるがおにぎりがやけに大きい。
    「朝餉を作ったのは燭台切光忠じゃないのか?」
     小食であるため量は少なめに作らせている。普段なら、握り拳一つぶん程度の大きさだったはずだが、今日のは握り拳二つ分以上はありそうだった。
     刀剣用のものと間違えたのかもしれない。そう思いながら一口齧る。
    「則宗様が作られたんです」
     咀嚼していた口が止まる。聞き間違いかもしれないと思って前田藤四郎の方を見るがじっと見つめかえされるだけだった。嚥下して口を開く。
    「それは冗談かなにかか?」
     冗談だとすれば質が悪い。そもそも刀が冗談を言うものなのか。
    「いえ、冗談ではありません。そちらは確かに則宗様が作られたものです」
    「そうか、なら悪いが下げてくれ」
     前田藤四郎が困惑したようにどこか具合が悪いのですかと尋ねるがゆるりと首を振る。喉元までこみ上げてくる不快感をこらえながら部屋を後にした。
     君主たるもの、弱みを見せてはいけない。如何なる時も強く在らねばならない。父親の口癖だった。父と顔を合わせる機会はそう多くなかったから、本当のところ口癖ではないのかもしれない。だが記憶の中の父はいつもそう言っていた。
     姉が気に入りの髪飾りを失くした、と涙を流していたとき父は「君主たるもの、弱みを見せてはいけない。如何なる時も強く在らねばならない」とそれだけ言って何処かへ行ってしまった。
    唖然として言葉が出てこなかった。広い部屋に二人ぽつんと取り残される。姉のすすり泣く声だけが響いている。
    ほかに掛ける言葉が無かったのかもしれない、と思いながらもそうではないなと考える。あの人から気遣うような言葉が出てきた試しなどないのだから、そんなこと、あるわけがない。
     つんとした匂いが立ち込める。唇を噛みしめて一人になれる場所を探すが、何処からも刀の気配がした。仕方なく外履きをつっかけて外に出る。冷や汗が滴り落ちる。普段はなんて事のない離れまでの距離がやけに遠く感じる。その場に蹲って嫌悪感を逃がそうとしても、何かが詰まったようにうまく息が出来ない。
     脳裏に泣き声がこびりついて離れなかった。


     執務室に出向くと一文字則宗が待ち構えていた。
    「お前さん、何処へ行っていたんだ」
     始業の時間になっても現れないなんて。開口一番にむくれて言う刀をいなして、今日の出陣編成をてきぱきと組んでいく。遠征組の報告書にざっと目を通して判を押す。外出許可届は出ていないようだった。雑務をこなしていると一文字則宗が非難の声を上げた。
    「どうかしたのか」
    「どうかしたのかって……主。お前さん、ちと顔色が悪くないか」
    「別に。気分が悪いだけだ。加州清光を呼んでくれ」
     一文字則宗の静止を他所に残りの作業を終わらせていく。ある程度済ましておけば後は加州清光に任せられる。本当に休暇を与えてやろうと思っていたのに、これでは面目が立たない。ほかの刀に任せられればいいのだが、普段執務を任せているへし切長谷部や山姥切長義、松井江はそれぞれ出陣、遠征、手入れで不在だった。
    「休んだほうがいいんじゃないか」
    「言われなくてもそのつもりだ」
     肩に添えられた手を反射的に振り払う。突き放すつもりはなかった。かといって踏み込ませるつもりもなかった。
    近づいてこられなければ、必要以上に関わることなくお互い気持ちよく過ごせたはずなのに。
    一文字則宗を見遣れば、顔の半分が隠れているため怒っているのか驚いているのか分からない表情をしていた。
    「お前が何を企んでいるのかは知らない。興味もない。だが俺に関わろうとするのは辞めてもらえないか」
    「近侍なのにか?」
     浅葱色がすっと細められる。この目で見つめられると嫌な心地になる。人間を品定めして粗探しをする醜悪な人間たちを嫌でも思い出してしまう。
    「今日限りで近侍の任を解く」
     踵を返して引き戸に手を掛ける。
    「待ってくれ。まだ何もしていないだろう」
     焦りを孕んだ声が聞こえる。やはり一文字則宗を近侍にしたのは悪手だった。
    「もう分かったはずだ。俺が刀剣たちとの接触を最小限にする理由が」
    「分からないさ」
    「なら諦めろ。俺はお前のお遊びに付き合っている暇はない」
     今日は終業だ。何かあったら加州清光か前田藤四郎に伝えておけ。俺の部屋には近づかないように。早口で捲し立てて執務室を後にする。
     はたと、最善手はどれだったかと考える。いくつもの選択肢を思い浮かべて、その時に自分が最善だと思った手を指すのに、後になってから悪手だったと気づく。悪手だと気づいた時には手遅れで、取り返しがつかなくなる。そうなったら詰むしかない。
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