嫉妬の噛み跡「おはよう」
Tシャツと下着にローブを羽織っただけのディーンが二日酔いで頭を抱えながら挨拶する。
ぼんやりと重い瞼を開けられずにいるディーンが、目を覚そうと珈琲をマグカップに注いでいる。昨夜は相当お楽しみだったようで、首元にキスマークが残っている。
僕達は兄弟であり、恋人でもある。だが暗黙の了解で、お互いの女性関係には口を挟まないようにしている。では嫉妬しないのか? と聞かれれば、答えは「NO」であり、一晩過ごしたことを図々しく主張するキスマークを見て、思わず眉を顰めてしまい、額にまでも皺が集まるのを感じる。
「昨日は相当楽しんだんだね」
寝起きと二日酔いで頭の回らないディーンが、肯定の返事と思われる「んあ」という言葉を
発すると、珈琲をチビチビと飲んでいる。
「トーストでも焼こうか?」
(また分かりやすいところに、堂々と………)
このままだとチクチクと嫌味な言葉を掛け、ディーンを攻撃してしまうだろう。席を立つ口実を作ろうとするも、やけにキッパリとした声で「いや、要らない」と告げられる。
嫉妬を焚きつけるキスマークを見ないようにラップトップで事件を探すものの、都合良く見つかるわけがない。ただただニュース記事のネットサーフィンで、肝心な内容が頭をすり抜けていく。
「何か事件あったか?」まだ珈琲を啜るディーンが聞く。
珈琲のお陰で少しずつ意識がハッキリしたようで、半ば閉じていた眼が開いている。
ディーンと目を合わせてしまうと、強く吸われただろうキスマークが目に入る。
(大体兄貴も断ってもいいじゃないか)
「いや、無いよ」
自分とは思えない、腹の底から冷えた声で返してしまったことに驚く。あまりに機嫌の悪さを隠そうとしない、大人気ない態度を取ったことで、ディーンを傷付けてしまったのでは? と慌てて彼の顔色を窺う。ところが予想に反し、にんまりと満足そうに笑ったディーンに「来いよ、サミー」と呼ばれ、いやに慈しむように抱き締められた。
「お前が昔から一番だからな」
優しい声色を撫でるように出すディーンの首元に顔を埋めると、忌々しいキスマークが視界いっぱいに広がる。こんな跡消してやる、とわざとキスマークの上に思い切り噛みついた。甘噛みなんて可愛いものじゃなく、噛み切るように歯を立てたので、ディーンが「っい! い痛え!」と大声で悲鳴を上げる。
これならキスマークより深く残るはずだ。少し血の滲んだ歯型を見て満足に思った。
◎
俺達は兄弟であり、恋人でもある。だが暗黙の了解で、お互いの女性関係には口を挟まないようにしている。そこを逆手に取って好き放題している。誰だって気持ち良いことは好きだろう? 「男のジェラシーは見苦しい」だなんて誰かが言っていたが、弟の嫉妬は可愛い。
昨夜はバーで仲良くなった女の子と良い感じになり、酒に身を任せてセックスした。ダークブラウンのサラサラした髪が印象的で、気立ても良く、光の加減でブルーにもブラウンにも見える瞳がサムを思わせた。セックスの最中に「見える所に思い切りキスマークを残してくれ」と頼んだ。
「え? そんなことして大丈夫?」と少し遠慮している彼女に「大丈夫、こうされるのが好きなんだ」と返す。本当はこうされた「サムの反応を見るのが」好きなんだ。
騎乗位で腰を振る彼女を「気持ち良いよ」と煽てながら、サムの事を考えて精を吐き出した。
「おはよう」
二日酔いの頭を抱えながら挨拶する。サムがキスマークを見つけて眉を顰めて、額にまで皺が寄っている。ああ、その目つき。いつも温和なサムは、今も穏やかに対応しているつもりなのだろう、隠し切れない眼光で睨みつけていることに全く気付いていない。
「昨日相当楽しんだんだね」
サムが棘のある声で不満をぶつけているが、本人は棘に気付いていない。
二日酔いを覚そうと注いだ珈琲をチビチビと飲んでいると「トーストでも焼こうか?」と世話を焼こうとしているが、不機嫌である事を抑えきれていない。嫉妬している自分を落ち着かせたいのだろう、そんなことはさせない。きっぱりした声で「いや、要らない」と答えた。溜息を出すように鼻をフンと鳴らしたサムが「分かった」と返事し、ラップトップで事件を漁っている。
「何か事件はあったか?」ずるずると珈琲を啜りながら聞く。
視線をラップトップから、頑なに離さないのはキスマークのせいだろう。ようやく目が合ったと思ったらキスマークを見て、眉と額に皺という皺を寄せ、口をへの字に曲げている。自分が不機嫌な顔をしていたことに気付いたサムがすぐに顔を変えて、冷静を装う。
「いや、無いよ」
腹の底から冷えた声でサムに返事される。低く突き放した声で無表情を装う顔の下に嫉妬に狂う弟が居る。背中からゾクゾクと興奮が這い上がってくる。
我儘が通らなかった時の幼いサムのむすくれた姿を思い出す。身体は俺より大きくなっても、睨み付ける眼光が鋭くとも、低く冷たい声を出そうとも、いつまでもいつまでも可愛い弟のままなのだ。冷えた声を浴びせたサムが、飼い主に噛みつき後悔で傷を舐める犬の如く、許しを乞う眼差しで俺の様子を窺っている。温和な男が俺の首についたキスマークで悋気を起こし、毛を逆立てた獣のように豹変している。にんまりとこの上ない笑みが溢れた。
「来いよ、サミー」思わず抱き締めていた。
ああ、なんて可愛いのだろう。俺の行動一つで獰猛な獣にでも、子犬にでもなってしまう。
「お前が昔から一番だからな」
首元に顔を埋めたサムが高く尖った鼻をスンと鳴らすと、ガブリと噛みつかれた。
ゾンビのように食い千切られるかと思うほど強く噛まれ、思わず「っい! 痛え!」と大声で悲鳴を上げた。勢いよく弟を引き剥がし、慌てて洗面台に駆け込み鏡を見る。追い掛けてきたサムの、したり顔と鏡越しに目が合う。嫉妬心を掻き立てようと、何処かサムに似た女にせがんでつけて貰ったキスマークを消すように、弟の歯型がくっきりと残っている。
しかし、これならキスマークより深く残るはずだ。少し血の滲んだ歯型を見て満足に思った。