ライオンさんをあげる「会計長いな、あいつら…」
雑貨屋の入口横の壁に身を預けて、キースは溜息をついた。今日は買い物をしよう!というディノの思いつきにより、自分とブラッドは授業の後でショッピングモールに連行されて。その中の雑貨屋で、ブラッドとディノに買いたい物が見つかったから、二人は今その会計中だ。ブラッドはペン、ディノはキーホルダーらしい。店内はそこそこ混んでいたから、会計が集中しているかもしれない。キースもアルバイトで経験があるが、レジや注文等は時々急に混み合ったりする。まるで皆が示し合わせたかのように同時に会計や注文をしようとするのだ。あれは一体何なのだろうと思う。
ただ待っているのも暇だが、だからといって勝手にどこかに行くとディノが騒ぐ。早く戻ってこいよ、と思いながら上を見上げた時だった。
くい、と服が下に引っ張られる感覚。目線を下に向ける。そこには。
「…………」
「…………」
キースは無言、というか、正確にはすぐに言葉が出てこなかった。
目に涙を溜めた小さな子供が、キースの服を引っ張りながらキースを見上げている。当然、キースの知らない子供だった。
「…………」
「…………」
どうして良いかわからず、キースは無言のままだ。だが、子供も引く様子はなく、ずっとキースを見上げてたままで。意を決してキースは子供に話しかけた。
「……オレに、何か用か?」
「……おかあさん、いない……」
迷子か。
何故オレを頼った、とキースは疑問を持つ。人が少ないわけじゃない。しかも自分は決して柄の良い方ではないのに、何故わざわざ自分の所に来たのか。
だが、このままでいるわけにもいかないし、ここで大泣きされてはますます困る。仕方無しにキースは屈んで子供に目を合わせた。
「ここには、お母さんと二人で来たのか?」
「……うん」
「いつまで一緒だったんだ?」
「さっき。ふうせん見つけたから、おいかけてたら、おかあさんいなかった」
風船配りのスタッフを追いかけるうちに、はぐれたか。子供は視野が狭く、特に何かに夢中になると他のものが見えなくなる。母親が少し目を離した隙に風船を見かけ、母親を置いて駆け出したのだろう。我に返って近くに母親がいないことに気付いたか。
状況は把握できた。近くの警備員に迷子として引き渡すか。
そうキースが判断した時だった。
「お待たせ、キース。あれ、その子は?」
ディノとブラッドが戻ってきた。子供に気付いて目を丸くさせる彼らに事の次第を説明すると、ブラッドが頷く。
「キースの言う通り、警備員に相談するのが一番良いだろう」
「だよな」
キースが歩き出そうと体を起こす。どこかに行ってしまうのかと思ったのか、子供が今にも泣きそうになった。
「いっちゃうの?」
「いや、違うって。お前のお母さん探してくれる人のところに行くから」
「おかあさん、どこ?」
置いていくわけではないと説明したが、泣くスイッチが入ってしまったらしく、子供の目から涙が落ち始める。それを見たディノが慌てた。
「うわ、どうしよう、泣いちゃうよ。……あ、そうだ!」
何かを思いついたらしいディノが、持っていた包みを開封する。中から取り出したものを、子供に見せた。
「ほら、これ持ってて良いから、元気出そう」
それは、ディノが先程買ったキーホルダーだった。着ぐるみのライオンが、いくつかの風船を持っているというデザインだ。何故そんな子供っぽいものを、とキースはディノが購入しようとした時に思わず言ったが、ディノは何故か一目惚れしたらしく買うと言ってきかなかった。
それを見た子供はあっという間に泣き止み、目を輝かせる。
「ライオンさん!」
「そう、ライオンさんだ。これ持ってていいから、俺達と一緒に、お母さん探してくれる人の所に行こうな」
ディノの言葉に、子供は大きく頷いた。子供がディノからキーホルダーを受け取ったことを確認したブラッドが、子供の前に膝をつく。
「ほら」
ブラッドが一言そう言って両手を広げると、子供は素直にブラッドに体を預ける。慣れた様子で抱き上げるブラッドに、ディノが思わず拍手を送った。
「すごいなブラッド。なんか慣れてる感じがする。そういえば、弟がいるんだっけ」
「そうだ」
「弟も、そうやって抱っこしてたのか?」
「まだ、弟も小さいからな」
成程、とキースは思った。このカタブツと子供がなかなか結びつかなかったが、そういえば弟がいると言っていた。厳しい顔が多いブラッドだが、弟には優しいんだろうか。
そんな事を考えながら歩き出すと、ブラッドに抱き上げられていた子供が大声を上げた。
「おかあさん!」
子供の視線を追っていくと、途方に暮れた様子で辺りを見回している女性の姿があった。おそらく母親だ。ブラッドが子供を降ろすと、子供は一直線にそこへ向かって駆けて行く。母親も気付いたようで安堵の表情を見せ、子供を迎え入れた。
そのまま眺めていると、子供が身振り手振りで何かを母親に伝え、母親はこちらを見て何度も頭を下げた。どうやら自分達のことを話したらしい。ディノが大きく手を振ると、子供も手を振り返す。やがて親子は人混みの中に消えていった。
「良かった良かった、これで一件落着だな!」
ディノは笑顔でそう言うが。
「良かったって、ディノ、お前は良かったのかよ。あのキーホルダー、持ったまま行っちまったぞ」
「……あ、そういえば」
忘れていた、とディノは親子が消えていった方向に目を向けるが、既に姿はない。だが、ディノは再び笑顔になって言った。
「これで良いよ。あの子も泣き止んだしお母さんも見つかったし。あのキーホルダーすごく喜んでたし」
「確かお前が購入したものが最後の一つではなかったか。同じ物はもう購入できないが、良いのか」
ブラッドの確認にもディノは笑顔のまま頷く。
「良いよ。キースもブラッドも、気にしてくれてありがとう。俺はそれだけでも十分。それに」
ディノはそこで一度言葉を切ると二人から視線を外し、上を見た。
「なんか、いつかどこかで会えるような気がするんだよな。あのライオン」