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    sankakunoir

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    sankakunoir

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    ミスファウ(できてない)
    深夜にミミに死の湖まで連れだされるファ先生の話

    #ミスファウ
    misfau

    夜行 どうして、こうなったのだったか。一つかぶりを振って、酒でもうろうと輪郭をなくす思考を立てなおす。
     そもそもは、自分の部屋でいつもどおりに晩酌をしていたはずだ。このところ席をともにするネロは任務で外泊している。西の魔法使いたちが同行しているので、魔法舎のバーも暗い。寝酒と呼ぶにふさわしい一人きりの晩酌はずいぶん久しぶりだった。
     どことなくものたりない気にもなったが、それなりにいいワインをえらんで、それなりに楽しんでいた。それが零時をまわったいま、どういったわけか、あろうことか、よりにもよって、北のミスラと一つ箒にまたがっている。はるか地上に北の黒い森を見ながら。悪い夢のようだ。

     魔法舎四階の廊下から、ミスラの空間の扉をくぐって、北の土を踏んだ。扉をぬけると季節を飛びこえていた。つめたい突風を顔面に浴びて息がとまる。とっさにミスラの腕を掴むと、指さきを伝うようにしてミスラの防護魔法が流れこんだ。酔いばなの熱っぽさが頬に返ってくる。現金なもので、とたんに夜風をここちよく感じる。
     ミスラの箒の後ろに乗って──かなり強めにごねたが、ミスラは「酔っぱらいのくせに生意気ですねえ」などと言ってやすやすと僕を引きあげた──とある地を目指している。さえぎるものがなく、月明かりが眩しい。地上で植生が変わっていく様子が見てとれるほど、あかるい。
     しばらくは気がつかなかったが、箒は少しずつ標高の低いほうへと流れていくようだ。目指すのが湖なのだから、当然といえば当然だろうか。
     極北の森林限界から黒々とした針葉樹林帯へ。箒に乗った魔法使いの影が、まばらな針葉樹の林の上を撫でていく。樹々に、雪はまだ頂いていない。
    「ミス、わ……っ」
     ミスラの肩ごしに顔を出すと、口のなかに突風が吹きこんだ。
    「……なぜ、箒なんだ。お前なら付近まで空間の扉で行けるだろう」
     いたしかたなく、その背中に隠れたまま声を張りあげる。少しの間のあと、強い風の音に混じって、好きなんですよ、と返った。
    「何が」
    「だんだん見えてくるのが」
    「何が」
    「俺の湖が」
     海にはしゃぐ子どもか。そう思ったが、言わずにおく。ミスラが腕を持ちあげて、前方を指さす。
    「ほら」
     促されて目をこらすと、月明かりのもとに広大な平原のような地形がひらけているのが見てとれた。茫々として、なにもない。青黒い巨大な穴のようにも見える。真夜中の水域はおよそそのような印象だ。このあたりではあとひと月もしないうちに、薄氷くらいは張るようになるのかもしれないが。

     ──晩酌の途中で、とつぜんミスラが踏みこんできたのだ。ミスラは無言であったが、一目みてそれとわかるほど不機嫌だった。テーブルに載っていたボトルを掴んで、僕のグラスへとなみなみとワインを注ぐと、自分は瓶からそのまま、ほとんどひといきにそれを干した。
    「おい。水のように飲むな。ちょっといいやつだぞ、それは」
    「はあ……そうですか。よくわかりませんでした」
    「そうだろうな。まったく……今度同じものを奢れ」
     不本意に最後の一杯となった気にいりを舐めながら、横目で闖入者をにらむ。ミスラは「かふっ」とやけに可憐な音をさせて胃から空気をぬくと、いくらか満足した顔で了承した。
    「それよりあなた、暇ですよね? ちょっと付きあってくれません?」
     おざなりにボトルを置く。テーブルに両手をついて、こちらを間近に覗きこんでくる。
    「暇って……これから寝るんだよ、僕は」
    「つまり暇ってことでしょ。睡眠なんか二、三日しなくたって平気じゃないですか」
    「きみがそれを言うか?」
    「俺がいちばんよく知ってますよ」
    「ふん。体現してるな」
     会話はほとんど奇跡的に噛みあっている。できるだけ長くこの一杯を楽しむために、椅子を一脚、出した。テーブルの向かいに下ろす。顎の先で示すと、相手は意外にも素直にそこへおさまった。テーブルに足(もちろん靴を履いたままである)を載せるのだけはいただけない。あとで拭かせてやろう。
    「どこに行きたいの」
    「死の湖」
     頭の後ろで手を組んで、ミスラは放りだすように答えた。
    「なんだって?」
    「死の湖ですよ。俺のマナエリアです」
    「北の? なんでまた」
     ミスラが黙る。考えこんでいるらしい。なぜかまじまじと僕の顔を眺めながら、少しずつ首がかたむいていく。
    「あなたが、行きたいかも? と、思って」
    「はあ? なぜそうなる」
     行きたいと言った覚えはない。行くのをやめろと言った覚えはあるが。
    「なぜだったかな……」
    「おい」
     ふたたび考えこんだミスラは、テーブルの上で身を乗りだして、一つきり灯る蝋燭の火についと鼻さきを寄せた。炎の揺らぎが生むわずかな気流が前髪を揺らす。
    「……あ。マナエリアか」
    「は?」
    「このあいだ、焚き火がマナエリアだと言っていたでしょう」
     ミスラは燭台の脚もとへうつぶせて、僕を見あげた。睫毛の影が長く目もとへ伸びている。まばたきをするたびに、そこにチョウがいるようだ。
    「……言ったか?」
    「言いましたよ、任務のあとに。酔っぱらってましたけど」
    「…………」
     とたんに信憑性が増す。おそらく、中央の村で湖の浄化をしたときのことだ。異変をおさめたのち、村人たちの歓待を受けた。記憶をなくすほど飲んだ覚えはないが、覚えがないということは飲んだのかもしれない。破綻しているが、酒の失敗とはすなわち破綻することである。言ったのかもしれなかった。
    「死の湖のそばの集落で死人が出ると、人間は湖畔で火を焚いて俺にそれを知らせるんです。いまは氷がないんで、湖面に火と星が映って、きれいですよ。俺もマナエリアに行けば眠れるかもしれないし、ウィンウィンってやつじゃないですか?」
     しばらく、蝋燭の火のゆらぎを映す瞳を見つめかえしてしまった。この、北のおそろしいけだものは、自分のなわばりにある、僕が気にいるかもしれないものを、どうやら僕に見せたいのだ。
    「……僕のマナエリアは、正しくは、森のなかの焚き火のそばだ。前提として──」
     グラスに口をつける。ほほ笑んでしまいそうだったから。
    「それを見たくないわけではない。ないけど、なぜ僕を連れていく必要が? 一人で行けばいいだろう。賢者……は、任務で留守か」
     賢者もまた、ネロたちとともに宵越しの任務にあたっている。賢者の名を出したことで不機嫌の内訳をあきらかにしてしまったのか、ミスラは眉間にしわを寄せて、片手をしきりに握ったりひらいたりした。
    「べつに、なんとなくです。なんだかムラッときたので酒でも飲もうかと思ったんですが、シャイロックのバーが閉まっていて。しょうがないのでこっちにきました。あなた、いつも飲んでいますし」
    「べつにいつも飲んでいるのは僕だけじゃないだろ……」
     グラスに隠れるようにして視線からのがれる。相手はミスラである。少年たちではない。とくにいたたまれないことがあるわけでもないが、そういった認知がミスラにまでゆき届いているらしいことが、やや気まずい。
    「それで、そういえば焚き火がどうのと言っていたのを思いだして、連れていってやろうかなって。行くんですか? 行かないんですか?」
     グラスの向こうから、ミスラは強引に覗きこんできた。中身が半ぶんほど残ったグラス越しに目があう。
    「……行くよ。まったく!」
     結局、ひといきに残りを干すことになる。捨て鉢な飲みかたをしたところで、気にいりのワインは美味い。ぜったいに買いにいかせよう。多めに。
    「その眼鏡、置いていったほうがいいですよ。低温火傷をするかもしれないので」
     決意を新たにする僕の前で、猫科の大型動物のように、ミスラはのんびりと伸びをした。



     夏の終わりなのに、もう冬の始まりの匂いがする。
     箒はゆったりと、じつにゆったりと高度を下げる。ミスラのハンドリングは完璧だ。うっかり、夢の淵におちいりそうになる。その点において、非常に危険であるといえる。
     羽毛のように箒は着地した。実際に湖畔へと降り立ってみると、上空から眺めていたときの印象よりも、さらに広い。上空は薄雲もなく快晴。視界良好、北西の風ときに強く、こまかなしぶきが顔にかかる。
    「火を焚きましょう」
     風にもしぶきにも揺らがない背中がふと遠ざかる。立ち枯れて倒れた針葉樹の枝を折っている。薪にするのだろう。手伝うために、横へ並ぶ。なかなか力がいる。
    「死人は?」
    「いませんけど。そもそもこの辺り、いま人間が住んでいませんしね」
    「そう。じゃあ僕が死んであげよう」
     隣でかすかにわらった気配があった。見上げたときには、すでにいつもの睡たげな顔に戻っていたので、気のせいかもしれないが。
     ひと抱えの枝をなんなく片腕におさめると、ミスラは「こんなものですかね」と呟いて僕を見た。頷いて、水辺へ向かう。砂地へ小舟を繋いであった。古い時代の造りの、いつ沈むともわからない小舟に見えるが、かすかにミスラの魔力の気配を感じる。ここで何百年を過ごしても、沈むことはなさそうだ。
     砂地に枯れた針葉樹の葉を敷き、上から薪を積む。その上へさらに針葉樹の葉を置く。ミスラがスペルを重ねる。焚きつけが躍るように燃えあがり、薪に火がうつる。空を舐めるような火の手が上がる。
     人間の焚く火はもっとささやかだったのではないか。少し可笑しくなったが、ミスラは満足げにしている。
    「あなた、渡し舟なんて乗ったことあります?」
     呪術的な複雑さでもって結んであるロープを、ミスラの手がほどいていく。なぜ魔法を使わないのだろう。
    「あるよ。貴人じゃあるまいし」
    「じゃあ、どうぞ」
     促されて、先に乗りこむ。舟底がまだ砂地についているので、揺れることはない。ついでに小さなつむじ風を起こして、舟のなかに溜まっていた枯れ葉や砂を払った。
    「座って」
     ミスラは後方に乗ると言う。舳先のあたりに座ると、湖からのしんと冷たい風が髪をなぶった。腰を屈めたミスラが、両手で思いきり船尾を押して、舟を水におろした。なぜ魔法を使わないのだろう。ふたたび驚く。
    「もしかして、自分で漕ぐのか?」
    「漕ぎますよ。なぜ?」
    「いや……魔法を使わないのか。意外だな」
     乗りこんできたミスラが、どこからか櫂のようなものを引き寄せる。
    「せっかく舟に乗るんですから、漕いだほうが舟に乗ってるっぽいでしょう」
     船尾に立ったまま、ミスラは小舟をするりと進水させた。長い櫂一本で、器用に水を掻く。
     沖に出ると、風がやんだ。ミスラが漕ぐのをやめ、船尾に腰かける。
     静かだ。煌々とした月明かりにもかき消されず届く星明かりが、凪いだ湖面を覆っている。
    「死んでるんですか?」
    「死んでる」
    「死人はふなべりから身を乗り出したりしませんよ」
    「魚がいる」
    「聞いてます?」
    「ぐえ」
     湖面を覗きこんでいると、突然襟首を掴まれた。思いきり引っぱられて、半ば後ろに倒れる。同時に、頬の真横を銀いろの刃のようなものが通っていった気がした。
    「アーチャーフィッシュです。喉を突き破られたいならどうぞ」
    「先に言え、そういうことは」
    「だってあなた、死んでましたし……」
     ミスラが眉を下げてむくれる。妙なところで律儀なやつだ。その身体ごしに、湖畔で燃えつづける焚き火が見えた。視線を追って、ミスラもふり返る。
    「きれいでしょう?」
     どこか誇らしげに、ミスラがほほ笑む。
    「……きれいだな」
     月明かりで青い、人が死んだ夜、遠くに明々と燃える火と、湖面に逆さに映った火。上空におそろしくなるほどの星、星、星。星が落ちて、燃えている。大きな魔法が使えるような、冴えて凛とした気持ちになる。
     視界がひらけているからだろうか。森のさなかで爆ぜる熾火を眺めているときのような、密な魔力の高まりを感じることはない。ただ、この光景のなかで一人、星や雪や氷を眺めて浮かんでいるのは、悪くない夜の過ごしかただろうと思う。眠りたい者にとっても。眠りたくない者にとっても。
     思わず「酒を持ってくればよかった」と呟くと、ミスラはこちらを向いて「まだ飲むんですか、あなた」とあきれてみせた。
    「そんなに飲んでない。きみのせいで」
     即座に抗議したが、ミスラは不思議そうに首をかたむけるばかりだ。身に覚えがないとでも言うのだろう。答える代わりに、ジッと見つめてくる。
     見つめ返していると、ふいに、顔の前に手を伸べられた。手のひらは暗がりのなかでいっそう白い。目を奪われるうち、指の背が頬と首すじをさわって、あっさりと離れていった。興味を失ったように、ミスラの視線は湖畔の火へとうつる。
     冷えていないかどうかを確かめたのだろう。同じように賢者を乗せたとき、うっかり凍えさせたとの証言を当人から得ている。
     やんでいた風がにわかに吹きつけて、思わず瞼を閉じた。瞼の向こうに火の色を感じる。そのまま風に額をなぶらせていると、ふとまなうらの火色がさえぎられた気がした。
    「……ミスラ? 火が尽きたのか?」
    「いいえ」
     声が近い。驚いて瞼をひらくと、目の前にミスラの顔があった。明々と燃える火。その中心のような髪の色だ。たしかに、火は尽きていない。
    「ミ……、」
     名前を、呼ぶよりも先に、その身体がかたむいてくる。体重をかけられて舟床に手をついた。
    「ちょ……っと。こら」
     船首方向へ重心のかたよった小舟が揺れる。さっと血の気が引いた。赤くなったり青くなったり、忙しいな。どこか他人ごとのように思う。しばらく奮闘したものの、持ちこたえられず、できるかぎりゆっくりと後ろへ倒れた。
    「おい! 危ないだろう!」
    「うるさいな……眠れそうなんですよ……」
     胸の上でぐずるミスラにどっと気がぬける。どうやら、こちらは効果覿面であったらしい。この巨体を無理に押しのければ転覆しそうだ。

     揺れはまもなくおさまった。真夜中の寒中水泳はまぬがれたものの、重い。朝までこの体勢でいるつもりだろうか。
    「死人に子守唄を歌わせる気か……?」
     答えは返らない。ため息は白く、長くたなびいた。防護魔法の効果が失われないことを祈るばかりである。僕をベッドにしている男があたたかいので、凍えることはないだろうが。
     漕ぎ手をうしなった小舟は、風まかせにゆっくりと、どこかへと運ばれていく。古い舟唄を口ずさむ。英雄の死体と渡し守の死体は、恋人のように折り重なって、夜のなかを、夜の果てまで。


     
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    sankakunoir

    DONEレノミス
    ミがレの部屋で油断して痕跡を消し忘れてしまう話
    ミ受けワンドロライさんのお題〈寝ぼすけちゃん〉に沿って書かせていただいたものですが、ほぼワンウィークライになってしまい大変申し訳ないです……!
    待ち針 ミチル・フローレスは困っている。とても、かなり、はなはだしく、切実に、困っている。
    「これって……もしかして……?」
     あかるいさみどりの目が、ベッドシーツの一点にひたと据えられている。彼の注目を浴びているのは、一縷の絹糸のような髪だ。白いシーツの波間で、忘れ去られたように浮かんでいる。彼がそっと持ちあげると、やわらかくカールした髪はくるんと指さきに懐いた。
     彼はそれを、魔法舎三階の窓から差しこむ朝の光にかざした。日に透けてなお、苛烈な色彩を失わない。
    「ミスラさん……?」
     問いかけに答えは返らない。ここは南の羊飼い、レノックス・ラムの私室である。

     朝、ミチルは学校へ通っていたころと同じように目を覚まし、同じように身支度を整える。次にすることといえばもちろん、隣の部屋で眠る兄を起こしにいくことだ。存外に寝汚い兄が職場に遅刻しないように、勢いよくカーテンをひらいて朝日をいれる。芸術的な寝癖をつけて起きだした兄は、まだ目が半ぶんあいたばかりの顔で「いい天気だなあ」と呟いた。
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