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    sankakunoir

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    sankakunoir

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    ミスファウです。つきあっていません。
    呪術の大家のミミの呪いをこの身に受けてみたい……というしめりけのある欲望を抱えているタイプの先生の話。お誕のミミてゃの指タトゥーがsexyだったので先生にもいっぱい描いてもらいました。

    #ミスファウ
    misfau

    ランブラー・ローズ 薬指と中指のあいだの薄い皮膚を筆さきが行きつ戻りつする。筆は東の絵師が骨描きに使う細筆に似るが、北にのみ生息するリスの被毛を幼いキツネの髭で束ねて月の光を五十年あてた、れっきとした呪具である。
     きわめて小さな動物の舌で指をたんねんにねぶられるのは、こんな心地かもしれない。ファウストは背中の産毛を逆だてて、唇をかむ。彼はこれまでに、数度、いたたまれない身ぶるいを押しころしている。

     それを見たい。そう言ったのはファウストだった。
     相手の肌に直接、大量の呪文や術式を描きいれたあとに魔力をこめることで、呪いに似た状態に落としこむ。あるいは守護する。古代呪術に近い方法で、はるか昔にそれを試したことがあるが、うまくはなかった。ファウストの部屋でファウストの蔵書をひらきながら、ミスラは退屈そうにそう呟いて、肩をすくめた。
    「見たいって言われてもな。話聞いてました? 失敗したんですよ」
    「聞いてた。昔のきみは失敗したんだろう。いまは?」
     ファウストが身を乗りだして迫る。彼は友人との晩酌を愉しんできたばかりだ。自覚はないようだが、酔っている。
     ミスラはくるりと目線を上向かせた。しばらく手もとのページの端をいじりながら考えをめぐらせて、ようやく、しぶしぶといった風情で肯いた。
    「活きのいい被験体を持ってこられるなら、試してやってもいいですけど」
    「僕でいい」
     間髪いれず、ファウストが名乗りをあげる。さしものミスラも、やや面食らう。
    「あなた、呪われたいんですか?」
    「見たいんだよ」
    「俺の守護がほしい?」
    「見たいんだ。呪術の大家の旧い呪術を」
     ミスラは奇異なものに遭遇した顔つきでファウストを一瞥すると「はあ」と返事ともため息ともつかない声をもらした。
    「俺、手順の多い守護ってちょっと嫌いなんですよね……失敗するかもしれない守護か、確実に成功する軽度の呪い、どっちがいいですか?」
     睡たげにかぶさる睫毛の向こうで、湖水の瞳がファウストをみている。
    「そんなの、聞くまでもない」
     ファウストの瞳は夜のようにミスラを見つめかえす。虹彩のなかに星をまたたかせて、甘やかに目をほそめた。
    「呪いがいい」
     夜は湖を呑みこむ。その唇は三日月のかたち。

     ファウストの指を舐め終えて、筆さきは手首をとらえている。千年ショウビの精油を混ぜたロージー・ブラックのインク。いにしえの言葉たちが、春になり伸びひろがるいばらの細い蔓のように、彼の腕を這いのぼってくる。
     それが古代語であるためか、あるいはミスラの筆によるためか、ファウストにも解読できる部分は少ない。ところどころに不可解な図形が描きこまれるのも一因だろう。蔓の節に蕾がつくような風情だ。ミスラの書き文字の癖なのか、たびたび小さな棘もある。文字の書き終わりがはねるのだ。
     蔓は肩の頂点にのぼりつめ、ファウストの紋章にたどり着く。叙述が途切れることはない。紋章のあわいを装うように蔓は這い、わき腹へと降りていく。
     位置が低くなり書きにくくなったせいか、ミスラは無言でファウストの背を押した。わき腹を濡れた筆さきで撫でられる心地に汗をかいていたファウストは、自室の寝台の上でぺったりと座りこんだまま、祈りをささげるようにシーツに額をつけなければならなかった。あらかじめ衣服を脱いでおくよう言いつけられた彼は裸だ。
    「ファウスト、汗をかかないで。インクに干渉します」
    「わかってる……けど、難しい……」
    「緊張しているんですか」
    「違う。たぶん、興奮してる」
     背中に覆いかぶさるようにして叙述をしていたミスラが品よく鼻をならした。汗をかいた肌に「変な人」と吹きこまれる。ファウストは耳を赤くしたが、反駁する気は起こせなかった。背中をさざ波のように渡っていく震えに気をとられているうちに、彼の思考はぼんやりとした靄に絡めとられていたからだ。
    「ミスラ……、ミスラ」
     霧中の人を探すように、彼はミスラを呼んだ。
    「なんです」
    「なんだか、変だ……もう術中なのか?」
    「はい? まだ半ぶんですけど。これから右腕を書いて、背中の右側を書いて、まんなかで繋いで、俺の魔力をこめたら終わりです。変なんですか?」
     ミスラはいったん身を引くと、シャツの袖を肘までまくった。ファウストのなだらかな裸の背中を真下に見おろす。背骨の隆起に寄り添う影が、キャンドルの火のゆらぎにあわせてわずかに形を変えつづけるのを見る。汗ばんだうなじの下のとがった第二頚椎。これを、ほしいな。と、ミスラは思う。
    「ふわふわする……」
     ファウストの反応はいとけない。ミスラは首をかしげる。ややあって「あー」と間延びした声で応えた。
    「これからもっとふわふわしますよ」
    「うう、そんな」
    「気持ちいいんでしょう?」
    「わ、からない……初めてなんだ、こんな、……こんな、」
     香を焚いているのだろうか、重い土の香りが室内を満たしはじめていた。きわめて濃い花の香りにも似ている。酔いばなに似た多幸感が、うすあまく彼をとりまいている。


     呪文の叙述は骨格に沿って、いつのまにか、ファウストの背中と両腕を覆いつくすほどに徒長していた。
    「動けないんだが!?」
     されるがままになっていたファウストは、先ほどまで文字のいばらであったものが肌の上で真実いばらの蔓と化していることに気がつくまでにかなりの時間を要した。そのうえ、背後で腕を固定されている。
     彼は抵抗をこころみる。身じろぎするほどに、いばらの蔓は彼を悩ましく締めあげ、ほどなくして彼はシーツの上へ再び額ずいた。
    「呪縛の一種なので。無理に動くと、棘が食いこんで血が出ますよ」
    「先に言ってくれ。そういうことは……」
     あの書き文字のはねは意図されたものだったらしい。ばらの古木の、木化したかたい棘に似ている。それらは正確に、勤勉に、つつましくならび、術をかけられた者の肌を絶えずさいなむ。
    「本来は下半身までひとつながりに書いて、全身を縛る術なんですけど──」
    「あ、ミ……っ、ミスラ……っ」
     ミスラは使いなれた鋏をあつかうガーデナーのようだ。淡々と「作業」をすすめる。筆はまだ乾かない。ファウストの肩甲骨のあいだ、汗冷えをしたかすかな窪みの上で、ミスラはいばらの端と端を絡ませた。
    「──あなた、そんなことしたら、気をやりそうだな……」
     前髪を上げ、眉を下げて独りごちる。そうして、叙述の結びめに唇をあてると、そこへ呪文を吹きこんだ。ファウストは声もなく背中をこわばらせる。
     不随意な全身の緊張はしばらく続いた。彼は口のなかへはいりこんできたミスラの指を咬み、やがて脱力すると、その手のひらのなかへ熱っぽく吐息した。

    「縛られると気持ちよくなっちゃう人って本当にいるんですね。初めて見ましたけど」
     伸ばした脚のあいだでうずくまるファウストを、ミスラは感慨深げに見おろす。
    「うるさいな、お前じゃなかったら……きみのじゃなかったら、これくらい……!」
     ファウストは果敢にも、こんどは呪術的な方法で抵抗をこころみるつもりらしい。彼が強く呪文を口にすると、呪いのいばらは待ちかねたように、彼の肌をきりきりと締めあげた。
    「あはは。あーあ。花が咲いてしまった」
     ミスラが笑う。わき腹を伝い落ちた血を指さきでぬぐい、口にはこんだ。
     疲弊しきった様子でその媚態を眺めていたファウストは、観念したようにため息をついた。ミスラの脚のあいだで体を折りたたむと、唇をとがらせる。
    「これくらいの呪縛、僕だって扱えるのに……」
    「はいはい」
    「笑えるくらい……歯がたたない……」
    「うわ。笑ってる」
    「笑うさ。こうしてほしいと言ったのは僕だ。はあ、疲れた」
     ミスラの脚の、なるべくやわらかい部分に横顔を載せると、ファウストは瞼をとじた。どことなく満足げな気配さえ漂わせるその姿に、ミスラは首をかたむける。
    「疲れたならほどきます?」
    「…………」
     ミスラの腿の上にこめかみをのせたまま、ファウストはじんねりとした視線をミスラに寄越した。
    「これをほどきたいなら、正攻法での解術はあなたじゃまず無理です。浄化のほうがまだしも有効なんじゃないですか。得意でしょう」
    「うん……」
    「半身だけだし、今からちょっとずつ浄化していけば朝までには消えますよ。まあ、俺なら一発ですけど。聴いてます?」
    「…………」
    「ファウスト」
     名前を呼ばれる。全身の産毛が逆だつような身ぶるいが起きる。強い術者に呪縛されているあいだは、体は術者のものだ。意思とは別のところで、自分の半身をもとめるように相手をもとめる。彼は返事ができなかった。瞼を強く閉じてやり過ごす。
    「……眠ったんですか? 俺の目の前に、血液と、髪と、あらゆる媒介を放りだして?」
     あきれ声がゆったりと首すじを撫でていく。
    「眠っていない。……でも、もう少し、このまま」
     身じろぎをして、少し緊張しながら、彼はねだった。めずらしい要求だ。ミスラはなんとも形容しがたい表情で沈黙すると、ファウストの横顔を注意深く見つめた。
    「あなた……変態なんですか?」
    「は?」
     まどろみのなかにいるようだったファウストの髪が、心なしかふくらんだようにミスラには見えた。
    「違う。お前、だから、だよ。馬鹿。だいたい──、」
     ファウストは眉を吊りあげると、ていねいに文節を切って毒づいた。重ねて文句を言うために口をひらいたが、ふと気のぬけた様子で口をつぐむ。顔を持ちあげて、起きぬけに気配をさぐる猫のように、部屋のなかを見まわした。
    「なにか焚いている?」
    「はい?」
    「香を……」
     陰鬱なインクと精油の香りに混じって、草いきれにも似た若い植物の香りが立ちはじめていた。
    「焚いていませんよ。なにも。あなたから香っているんです」
    「……なんだって?」
     ミスラは膝の上にファウストの半身を引きずり上げると、こともなげに言った。
     ぬいぐるみをぞんざいに抱く子どものような手つきで、相手の背中をついっとなぞる。そこを覆ういばらの蔓に、指を、引っかける。
     自分の口からは出るはずのないたぐいの声を出してしまったファウストが、思わず唇をかんだ。
    「成長するんですよね、これ」
     引っかけた指が、棘を愛撫するようにくるりと繊細にうごく。
    「呪縛した相手の血液と魔力を吸って花を咲かせるんです。花が散って、結実するまでに解術しなければ、完全に自我を奪われて苗床にされる」
    「……は、」
    「ああ、ほら。ここにもう蕾が」
     ミスラは、ファウストからは鏡を使わなければ見えない位置を指ししめした。
    「は!?」
    「冗談ですけど。あはは、すごい顔」
     笑うミスラの腕に、両手が後ろにまわっているファウストが器用に爪をたてる。
    「あ、いたた。苗床にされるのは本当ですよ。ふつうは数百年の年月をかけて少しずつ魂が侵食されて、それから体組織の木化が始まるんですけど……はあ、成功したのは初めてだな。気分がいいですね。この段階であなたごと標本にするって手もありますけど、どうします? 痛っ。痛いな、もう」
    「どうするもこうするもない。そんな手があってたまるか。いますぐ浄化を開始する」
     ファウストはミスラの膝の上から這いだすようにして逃れ、高らかに宣言した。その一部始終をのんびりと眺めていたミスラが、不思議そうに首をかたむける。
    「なんだその顔は。手伝いなさい」
    「あなた、俺のことが大好きなのに、永遠に俺のものになりたくないんですか?」
     ミスラは睡たげな瞼をやや見ひらき、心底わからない、といった風情を漂わせる。
     ファウストはむっつりと口を引きむすんだ。なにかしらの葛藤ののち、やがて振りきるように「いやだ」と首を振る。いつものように、つんと顎をそらしてミスラを見つめた。自分がほどこした呪いのいばらが、するりと音もなくその首すじに甘えかかるのをミスラは目で追う。
    「僕がきみのものになるときは、きみが僕のものになるときでなければいや」
     ファウストはそう言って、魔道具の鏡を出現させた。はからずも鏡のなかの自分のありさまと対面することになり、つかの間動揺する。しかし戸惑いに探究心が打ち勝ったのか、しばらく興味深そうに鏡を覗きこんだ。あちこちを鏡にうつして感嘆の声をあげるファウストの様子を、ミスラは怪訝な顔で眺める。
    「やっぱり変態なんじゃないですか……?」
    「うるさいよ」
     ファウストは鏡ごしにミスラをにらみ、呼吸をととのえると、呪文を唱えた。浄化の魔法があたりをほの白く照らす。風もないのに、彼らの髪は揺れ、春咲きのばらの香りが満ちた。

     
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    sankakunoir

    DONEレノミス
    ミがレの部屋で油断して痕跡を消し忘れてしまう話
    ミ受けワンドロライさんのお題〈寝ぼすけちゃん〉に沿って書かせていただいたものですが、ほぼワンウィークライになってしまい大変申し訳ないです……!
    待ち針 ミチル・フローレスは困っている。とても、かなり、はなはだしく、切実に、困っている。
    「これって……もしかして……?」
     あかるいさみどりの目が、ベッドシーツの一点にひたと据えられている。彼の注目を浴びているのは、一縷の絹糸のような髪だ。白いシーツの波間で、忘れ去られたように浮かんでいる。彼がそっと持ちあげると、やわらかくカールした髪はくるんと指さきに懐いた。
     彼はそれを、魔法舎三階の窓から差しこむ朝の光にかざした。日に透けてなお、苛烈な色彩を失わない。
    「ミスラさん……?」
     問いかけに答えは返らない。ここは南の羊飼い、レノックス・ラムの私室である。

     朝、ミチルは学校へ通っていたころと同じように目を覚まし、同じように身支度を整える。次にすることといえばもちろん、隣の部屋で眠る兄を起こしにいくことだ。存外に寝汚い兄が職場に遅刻しないように、勢いよくカーテンをひらいて朝日をいれる。芸術的な寝癖をつけて起きだした兄は、まだ目が半ぶんあいたばかりの顔で「いい天気だなあ」と呟いた。
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