いつもであればあまり昼寝などはしないのだが、その日は妙に眠くて気づいたら眠りこけていた。
首を動かし壁の時計を見れば夕方近い時間。
完璧に寝過ごしている。
やってしまったと凹みながらベッドから起き上がって、部屋を出るべくドアへと近付く。
きちんと閉める事すら出来ない程に眠気が勝っていたのかと思いながら少し開いていた扉のノブに手を掛けようとして止まった。
扉の向こうのリビングから声が聞こえてくる。
立香がテレビでも見ているのだろうか。
それにしては静かと言うか……これは立香の声だけだ。
一人で何かやっているのだろうかと、好奇心がうずいてしまう。
音を立てないように扉の隙間からそっと覗いて聞き耳を立ててみた。
「コーヒーコーヒーコーヒーに牛乳♪」
カップをリビングテーブルに置きながら、軽快なリズムと音程で楽しそうな鼻歌を歌っている。
足取りもスキップのステップでも踏んでいそうだ。
「君のお供はチョコでいいかな、え、ケーキがいいの?うーん、ないからシュークリームでもいい?じゃあ、チョコにシュークリームもね」
一瞬、他に誰かいるのかと思ったがどう見ても立香は一人だ。
スマホで通話でもしているようでもない。
多分カップに声をかけたのだと思う。
そしてそのまま会話をしながら冷蔵庫へ向かって、シュークリームを取り出して皿に乗せてコーヒーの隣に置く。
「甘いのがお供だから砂糖はいらないね。大丈夫、今日の君はお砂糖ない方がカッコ良くていいよ」
椅子に座ってもまだまだ会話は続いている。
コーヒーを褒めているのか……。
それを聞きながら扉にもたれないように、声を出さないように気を付けながらずるずると座り込む。
なんだあれかわいい。
思い出してみればたまに道端の猫と話をしていたり、一緒に何か歌っている時があったと思い出す。
歌も会話もかわいいが、クリームを頬につけて笑顔でシュークリームにかぶりついているのもかわいい。
多分一人で気が抜けているからなんだろう。
カッコ良い立香も好きだが、こんな風に幸福にひたるかわいい立香も好きだ。
名残惜しいがゆっくりと扉から離れる。
今俺がここにいるのに気付いてしまったら、一人でも気を抜けなくなるだろう。
次のチャンスが無くなってしまう。
そんな自己都合で静かに静かにもう一度ベッドに戻る。
布団をかぶるとさっきの立香が浮かんできて、枕に顔を押し付けて声にならない声を上げた。