知ってはいたが、それでも想像していた以上にマスターのバレンタインは忙しい。
見かけるたびにあちらこちらへと走り回っている立香の様子にシャルルマーニュは息をもらした。
立香自身からもバレンタインは分刻みのスケジュールが組まれている事は聞いていたし、カルデアの女性陣の熱気からもそれはうかがい知ることが出来た。
流石マスター、皆からも認められてるんだな!と思えていたのは最初の内だけだ。
自室で待っていようと戻ってくるのは疲れ切って眠る直前、食事の時間はまるで戦場での栄養補給のように慌ただしく、見かけたとしても忙しなく手や足を急がせている。そんな様子には声をかける事すらためらわれた。
思い出すだけで大きなため息が出てきそうになる。
こうなる前は四六時中隣にいてあれやこれやと話もできたのに、バレンタインの準備が始まってからはそんな時間は皆無になった。
「あー……十四日まであと何日あるんだったか」
シャルルマーニュはがっくりと肩を落としてバレンタインまでの日数を指折り数え始めた。
そうして当日。
マスターの姿は見えないというのに存在は確認できる。
と言うのもそこここで皆が皆同じラッピングのチョコレートを携えているからだ。
女性も男性も関係ない、皆何かしらのプレゼントを持っており、気が付くとそのチョコレートへと変わっている。そしてそれは時間が経つにつれどんどんと増えていく。
朝方こそ少なかったものの昼を過ぎる頃にはチョコレートを持ったサーヴァント達が今年のバレンタインはどうだったと語り始め、夕方にはその数はカルデアの七割を超え、夜の施設の電灯が消え始めるころにはほとんどの人々がチョコレートを貰っていた。
そんな中、シャルルマーニュは一人青い顔で小さく震えながら首をかしげていた。
本人は何でもない振りをしようとしているのだろうがもはや隠しきれていない。彼の部下たちも何と声をかければいいのか分からず遠巻きに見守る事しかできないでいる。
「は、はは……」
乾いた笑い声を漏らす彼の手にチョコレートは、ない。
「なんで?」
何もない掌を見つめながら茫然と呟くように漏らした声はどこにも引っかかることなく床まで落ちて行った。
チョコレートを貰っているのが、マスターの大切な相手だけだったなら寂しいけれど仕方ないと諦めて納得することも出来たと思う。
けれどそんなことはなく、どう見たって全員に平等に渡している様子だった。
この状況で貰えるのを期待しないはずがない。
と、考えたところでシャルルマーニュの手にはなにもないし、貰えたのならお返しにしようとしていたものの出番もない。
がっくりと肩を落としとぼとぼと自室に戻る姿はあまりにもあわれだった。
バレンタインも残り数分。