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    kai3years

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    kai3years

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    #光サン
    luminousAcid
    #ひろサン
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    #光のお隣さん

    光のお隣さん/第五話 ロケットの打ち上げには途方もないエネルギーを要するが、成層圏外に出てしまえば、あとは慣性で進めるように。オープンから三ヶ月を過ぎると、店は、完全に安定した。書き入れどきとなる年末年始も充分な売り上げを確保でき、女性の常連客も定着。彼女らによる口コミで、ご新規さんもよく訪れた。
     冬を過ぎればあとは次の冬まで生ビールの季節である。新入社員の歓迎会で大忙しの春を経て、取り敢えず生!が永遠に木霊する夏を捌き切り、そして、秋にひらいた店は、無事に、再びの秋を迎えた。赤字を出した月はなし。タチの悪い酔客による乱闘などを抑えるため、もしもしポリスメン?した回数もギリ一桁にとどまっている。当初の予想を遥かに超えた、順風満帆ぶりだった。

    「ドリンクのオーダー入ります。生2、ジントニック2、烏龍茶1」
    「頼めるか」
    「任せてくれ」

     今宵も盛況。言葉に言葉で応えるより早く、厨房に戻ってきたラハは、グラスに手を架けている。氷を注ぐがらがらという音が、小気味好く店内に響いた。

     彼を雇って、数日のうちに、理解させられたことがある。この青年、すごく、とても、めっちゃくちゃ器用なのである。
     調理も接客も素人だと面接の際に言っていたので、まずは基本的な接客から教えようかと傍に就いたら、注文の通し方、配膳の仕方、片付け方を一日で覚えた。いらっしゃいませからありがとうございましたまでの流れも完璧。なかなかたいしたものだと思い、生ビールの注ぎ方を教えたら、これも一日で習得した。泡の盛り方もまた完璧。そのあたりでもしかして逸材なのでは?と気が付いて、ほかのドリンクの作り方、簡単な料理の盛り付けとレシピも教えてみたら、一週間で全部マスターされた。ちょっと怖かった。
     そこからはもう教えるのが早いか勝手に学ばれるのが早いかの、競争みたいなものだった。ラハは、一ヶ月と経たないうちにレジと金銭管理をものにし、二ヶ月目の半ばには店仕舞いを任せられるようになり、三ヶ月目には在庫管理の駄目出しをしてくるようになった。めちゃくちゃ時給を上げた。その頃には週一でリーンと夕飯を食べに来るようになっていたサンクレッドからも、ぼそりと「ヤバいのを捕まえたな」と囁かれるほどだった。
     もちろん、魚を捌くなど、専門的な技術を要する調理は任せられないが、逆に言えば、任せられないことは、それくらいのものである。今や自分が厨房から出る理由は、ほとんどなくなった。仕事の負担は大幅に減り、新たなメニューの考案や内装の変更をする余裕もでき、その手伝いもラハがしてくれる。善いこと尽くめのループであった。

    「ありがとうございました! お気を付けて!」

     一時を過ぎると、流石に客は出て行く一方になる。カウンター席で語らっていた最後の二人の見送りを済ませると、店内に戻ってきたラハは残されたグラスを手早くまとめ、流しに置いたかと思えば、布巾を手にして席を清めた。若いだけあって体力もある。閉店間際でも速さが落ちない。

    「一段落だな。お疲れ、ラハ」
    「あんたも。……あ、いいって、オレやる」
    「いいから座って休憩しとけよ」

     助けられすぎる雇い主でも、グラスを洗うくらいはできる。一年足らずですっかり店に、そして元・憧れのシンガーに馴染んだ青年は、それ以上は食い下がらず、じゃあ、とカウンター席に座った。

    「今日の賄い、何が食べたい?」
    「卵!」
    「よっしゃ。任せとけ」

     成人済みとはいえど、まだまだ食べ盛りの域にいるラハだ。大盛りの賄いをきれいに平らげる様子は、見ていて胸がすく。
     中華鍋にきくらげと溶いた卵を放り込み、オイスターソースで味を整えながら、強火でざっと炒める。簡単で、酒にも飯にもよく合う、卵の炒りつけの完成だ。メニューとしては出していないが、いつか、閉店直前に一人で訪れたサンクレッドに、自分らの賄いを作るがてら、食べてもらったことがある。目を丸くして「うま」と呟いたのを見逃さなかったので、味については、お墨付きだ。
     卵を皿に盛り、余りのサラダを添えて、カウンターに出す。飯は、いつも好きなだけ、ラハ自身によそってもらう。一時二十分。いくぶん早いが、ラスト・オーダーでいいだろう。
     そう考えて、暖簾を仕舞おうと、厨房から踏み出したとき。バン!と強烈な破裂音を響かせて、引き戸は開けられた。

    「サンクレッド」
    「あ、こんばん……は?」

     振り向き、挨拶をしかけて当惑している、ラハの声がする。席を立とうか立つまいか、迷っているのがよくわかった。
     引き戸を開けたまま立ち尽くし、店内を見渡すサンクレッドは、明らかに尋常な様子ではなかった。もとより白い顔は蒼白と言っていいほどに血の気を失い、代わりに、普段は穏やかな琥珀の笑みを湛える両目が、そこだけ別の生き物か何かのように血走っている。柳眉はきつく寄せられて、間に深い皺を刻んでいた。

    「リーンが、」

     絞り出された声は、渇きのあまりに、しゃがれている。

    「リーンが、来てないか」

     起きている事態を察するには、それだけで充分だった。

    「来てない」

     グラスに水を注ぎ、入り口まで駆け寄った。見る影もなく頽れた男を抱えて、水を与える。半分も飲んではくれなかったが、グラスを持てるだけ、まだマシだ。察したラハが店外の照明を落として、暖簾を片付けた。

    「いつ、気付いた?」
    「ついさっきだ。今まで、店で、勉強をしていて……戻ったら、家に、帰ってなくて」
    「スマホは」
    「繋がらない。電源を落としているか、圏外にあるらしい」

     まずい。
     留守電になっているだけならばともかくとして、電源が落ちている際のアナウンスが流れたということは、リーン自身か、あるいは他者か、誰かしらの意図が入っている可能性が跳ね上がる。リーンは几帳面な子だ。予備のバッテリーも持っている。ただ充電が切れただけだと楽観するには、あまりに厳しい。

    「夕方、店には、帰ってきたんだ。だから、安心しきっていた。夕飯は友達と食べてくる、帰って先に寝てるって、だから、俺も、遅くまで残って、」

     俺。
     聞き慣れない一人称に、一瞬、意識が引っ掛かったが、今は、それどころではない。

    「その友達の家には」
    「電話した。母親が出て、家には来ていないと」
    「警察には?」
    「連絡したが、今夜は家で待てと言われた」
    「クソ」

     腹立たしくはあるものの、妥当な判断だと言える。姿を見なくなったといっても、せいぜいがまだ数時間。しかも、いなくなったのは、高校生、15歳の少女。ちょっとした家出くらいなら、して当然の存在だ。それを今から探し始めるのは、確かに、非効率的だろう。夜が明けるまでは待機してみてくれというのは、いかにもそれらしい。
     しかし、この男は、親なのだ。無為に帰りを待てと言うのは、処刑の宣告にも等しい。

    「ラハ!」
    「大丈夫だ、店のことは任せろ! あんたは行ってくれ!」
    「すまん、頼んだぞ!」
    「オレも店を閉めたらすぐ探しに出る! スマホ、鳴るようにしといてくれよ!」

     俯くサンクレッドからグラスを取り上げてラハに渡すと、背中を叩き、肩を貸すようにして、強引に立ち上がらせた。水を飲ませてなおからからに乾いたままの目が揺れる。サンクレッドは聡明な男だが、この状況下では自分の方が、いくぶん冷静でいられるはずだ。

    「車を出す。乗ってくれ」

     店で借りている近くの月極駐車場まで、腕を引く。ほぼ仕入れにしか使わないバンが役立つときが来た。サンクレッドの様子を見るに、徒歩で廻れる範囲内は、虱潰しに探したはずだ。ならば、それより遠くの何処か。家と店とを囲んだ円の、外周に行っているかもしれない。
     先んじて車に乗り込むと、キーを回して、エンジンをかける。遅れてのろのろと助手席に乗り込んできたサンクレッドが、ドアを閉めるのを見届けてから、掛けたくもない声を掛けた。

    「シートベルト」
    「……ああ」

     見るに堪えない。

    「何処か、心当たりはないか? 行きつけの店とか、思い出の場所とか」

     人探しの初歩的な質問をしたつもりだったが、サンクレッドは氷を飲み込んだような顔をして、一瞬、押し黙った。それでもやがて、二駅ほど離れたところに建っている水族館の名を口にしたので、そのままカーナビに打ち込む。
     アクセルを踏む。しつこいくらいに、安全確認は徹底した。逸る気持ちは当然あるが、ここで自分が事故ってしまえば、何もかもがお終いだ。法定速度を遵守しながら、上限ぎりぎりで走り続けた。

    「リーンは」

     やがて、助手席から、奇妙に落ち着いた声が聞こえた。そちらを向く訳にもいかず、ただ、耳だけをそば立てる。

    「妹の娘なんだ」

     語る表情は、想像もつかない。打ち明けてくれたというよりは、何か喋っていなければ、狂ってしまうとでも言いたげだった。

    「俺が、あの店を継ぐのと前後するように、妹は亡くなった。父親については、二人とも、最初からいない、の一点張りで……だから、俺が、引き取ったんだ。あの子も、それでいいと言ったから」

     血の繋がりがないことは、ずいぶん前から、察していた。自分だからという訳ではなく、ラハや、花屋の常連客など、二人を見ていた者ならば、ほとんどが気付いているはずだ。
     父親を「サンクレッド」と呼び、打ち解けながらも敬語で話す、髪や目の色も、面立ちも、まるで似ていない娘。母親の影がまったく見えないことも、不自然と言うほかなかった。それでも、下衆な勘繰りや、押し付けがましい心配から、親子の関係に深入りしようとする者が出なかったのは、ひとえに、親子が充分すぎるほど、幸せに見えていたからだろう。血の繋がりなど関係ない。そんな、ドラマみたいな台詞が、あまりにもよく似合う二人だったから。

    「少し前に、口論したんだ。リーンの、進路とか……未来について。そこで、俺は、聞きようによっては、あの子との今の暮らしを否定するようなことを……言ってしまった」

     血を吐くような独白が続く。頷くことも、言葉を発することも、間違いであるような気がした。ただ、サンクレッドの言葉のほかに、カーナビの指示も聞き落とさないよう、中途半端な集中を、二重に保つしかなかった。

    「リーンは……傷ついたようだった。だが、ほんの一瞬だけで……そこからしばらくは、何事もなく、いつもどおりに、過ごしていたんだ。だから、大丈夫だと、俺は……勝手に、そう、思い込んで……」

     きつい歯噛みの音がする。自分を許せないのだろう。聡明で、責任感が強い、サンクレッドという男だからこそ、自責の痛みは想像を遥かに超えた鋭さを持つはずだ。

    「あの子に、何かあったら、俺は」
    「大丈夫。大丈夫だ」

     根拠などない。だが今は、とにかく、言葉が必要だ。

    「必ず見つかる。見つけてみせる」

     黄信号。苛立つ心を抑えて、しっかりとブレーキを踏み込んだ。いらえのない助手席に左手を伸ばして、頭に触れる。うなじから連なるなだらかな坂が、そちらを見ずとも、俯いているサンクレッドの姿勢を伝えた。
     撫でる。さらさらした髪の根元は、汗で重たく濡れていた。下へ移ると、顔を覆う手の、ひどく冷たい指にぶつかる。

    「大丈夫だ、サンクレッド」

     硬い指先を、柔に掴んだ。あとは、信号が青に替わるまで、それしかできないロボットみたいに、同じ言葉を、紡ぎ続けた。



     水族館に、リーンは、いなかった。そこからいくつか、サンクレッドの心当たりを訪ねたが、軒並み空振りに終わり、結局、店への帰路に就いた。
     時間ばかりが過ぎていく。リーンの安否は言うまでもないが、サンクレッドの消耗も気懸りだ。せめて目的地を定めてから探し回りたいところだが、サンクレッドから聞き出せる「心当たり」は、とっくに尽きてしまった。当てどもなく彷徨う時間は、不安を倍増させるだけだ。
     ラハは、深夜にも関わらず、友人たちに連絡をとり、家や店の近所を中心に、改めて探してくれていた。サンクレッド一人では、入れ違っただけという可能性もあるからだ。それでも、収穫はなかったという連絡が、何度か入ってきていた。
     ディスプレイを見る。二時五十五分。凍死こそない季節ではあるが、万が一にも屋外にいれば、きっと、震えているだろう。その姿を想うだけでも、胸を掻き毟られる気持ちになる。神でも仏でも何でもいいから、縋りつきたい心境だった。
     だから、だろうか。普段なら見過ごすのが当然のような、ほんの微かな光明が、視界で引っ掛かったのは。
     ブレーキを踏み込み、切符をきられる覚悟で、道端に停めた。困惑しているサンクレッドの腕を掴んで、路地に入る。奥から漏れる、僅かな灯り。現代社会にはおよそ馴染まないランプの光を、一路に目指す。

    「ウリエンジェさん」
    「こんばんは」

     いつもの仕事場に、彼はいた。とっくに店仕舞いの時間だろうに、片付けを始める様子もなく。

    「どなたか、お探しですね」

     並べたカードの一枚を裏返して、そう言った。
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