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    kai3years

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    kai3years

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    1

    #光サン
    luminousAcid
    #ひろサン
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    蕎麦喰う二人 違和感の発端は、何処だったろう。そもそも、そんなもの、あったのだろうか。サンクレッド自身はあったように記憶しているが、それ以外の拠りどころはない。なんとも希薄なものである。

     気付けばぐちゃぐちゃに絡まっていた長い長い紐をほどいて、その端を手探りで求めるよう、記憶を遡っていく。あわや世界がほぼ滅ぶ、なんて冗談みたいな事態も含んだ、サンクレッドの見た「これまで」は、あまりにも濃密だった。些細な違和感を拾い上げるのはサンクレッドの役回りであり、得手とするところでもあるが、それでも苦労を強いられるほどに。
     色んなことが、ありすぎた。
     思い出はいずれも鮮烈だが、あまりにいずれも鮮烈なので、逆に、なんでもない思い出と、変わらなくなってしまっている。パンを食べるように誰かを救い、水を飲むように誰かを死なせた。扉を開けるよう何かを得て、それを閉めるよう失った。今はこそ「あれ以上はない」と思える星の危機すらも、きっと、いつかは「そんなこともあった」になってしまうのだろう。
     ミンフィリアを失ったことも、リーンと分かたれたことも、サンクレッド自身が一度、己のかたちをなくしたことも。あの男が世界の果てへと独りで行ってしまったことも、生きているのが不思議なくらいに、ぼろぼろで還ってきたことも。
     緩んで、薄まり、融けていく。ただ、そういうものだからと。誰の咎でも責でもなく。
     まるで、それこそが世界の正しい流れなのだとでもいうように。

     ああ、あった。
     ようやく掴んだ紐の端を、手繰り寄せる。あれは、賢人たちの体に魂がようやく収まって、グ・ラハ・ティアが暁の血盟に新顔として入った頃。ありとあらゆる戦い方を極めた冒険者のもとに、原初世界には生息しない、アマロを喚ぶ笛が贈られた。

    「やー、長かった」

     そう呟いて、男はホルンを吹き鳴らした。すぐに舞い下りた大きな獣が、羽根でくるむよう、あるじにじゃれる。ふかふかの顔を擦り寄せられて、男は、嬉しそうに笑っていた。

    「よかったな」

     讃えるグ・ラハの顔もまた、喜びに綻んでいる。水晶公として長く第一世界に生きていたグ・ラハは、チョコボ以上にアマロへの親しみを抱いているのだろう。解き放つよう広がった四枚の翼を見る目には、深い慈愛と、懐かしむような寂しさがたゆたっていた。
     それは、わかる。それは、当然の話だからだ。

    「ああ」

     しかし、同量の熱が、冒険者の目にも満たされているのは、どういうことなのか。

    「セトにも、報告しないとな」

     セト。
     それが、第一世界にいたアマロの名であると思い至るまで、しばらくの時間が要った。何せ、男の表情は、とても騎乗用のいきものを想う顔ではなかったので。微かな痛みを堪えるよう、また、味わうように目を細めて、まろやかにひらいた唇でその名を紡いだ男の姿は、恥を忍んで言うならば、リーンのことを考えるときの、自分自身によく似ていた。



    「俺、オリエンタル・ランチセット」
    「はいよ。蕎麦は大盛りでいいかい?」
    「ああ、頼むよ。いつも悪いね」
    「なーに言ってンだい。珍しく連れがいるからって、しおらしいふりしてンじゃないよ」

     からりと笑い飛ばされて、ぐうの音も出せずに黙ったあたり、普段はたいした礼も言わずに、甘えきっているのだろう。噛み殺そうとした苦笑いは、目敏く見つかり、睨まれた。

    「そっちの男前は?」
    「とろろ蕎麦を」
    「大盛りにするかい?」
    「いや、結構だ」
    「はいよ。ランチ大一、とろろ並一!」

     よく通る声に厨房が応え、一気に賑わいを増す。とはいえ、油がじゃんじゃん騒ぐクガネの厨房とは違い、ドマ町人地にあるそれは、どちらかというと静謐だ。ととと、とまったくの等間隔で響く包丁の音がする。
     近くに来てるなら昼メシを喰おう、と、リンクシェルで誘われた。尤も、この男の言う「近く」には、ラザハンとクガネくらいの距離がある。結果として中間地点にドマ町人地が選ばれた訳だが、ここを中間地点とするのもやはり大雑把だ。もちろんテレポで飛ぶならばそれ以遠でも同じなのだが、どんどんスケールが広くなっていることに、不安は禁じ得ない。そのうち鏡像世界の二つを「近く」として扱い始め、中間地点に原初世界を指定するのではなかろうか。

    「はいよ、ランチ大、お待ち!」

     店員の間で通す符牒がそのまま使われている。どれだけドマ町人地に入り浸っているのだ、この男。

    「お先に」
    「ああ」

     東方風に両掌を合わせた男は、厨房に届く声量で、いただきます、と宣言した。
     大盛りというだけあって、蕎麦は堆く積まれている。いつも甘えているらしい解放者殿仕様なのか、三人前はありそうだ。
     ただ、ひたすら、蕎麦である。それ以外には何もない。濃い色をした浸け汁を除けば、薬味の葱と生姜だけだ。

    「お前──」

     言うか言うまいか、刹那を悩んで、前者を選んだ。

    「最近、肉、喰ってないよな?」
    「ああ」

     取り繕う様子もなく、あっさりと、男は肯んじた。

    「そろそろツッコまれる頃だろうなとは思ってた。見極め完了か?」

     嫌味な男だ。確かに、単なる好みの変化という可能性もあるからと、サンクレッドは確信が持てるまで、言及を避けてきた。食事の内容まで監視されているのかと思わせたくない、そんな心情も多少はある。
     実際、そんなことはないのだ。この男が何を食べようと、今まで気に懸けることはなかった。ただ、いつからか、爪に小さなささくれができたよう引っ掛かって、首をひねりながら付き合いを続けるうちに、気が付いたのだ。その違和感が食事にあること、この男が、肉の類いを一切、食べなくなっていることに。

    「やっぱり、敢えて避けてるのか」
    「まあな」

     肉だけではない。魚も、卵も、最近の彼は口にしない。あらゆる武器を振るって戦い、サンクレッドを抱く体は、変わらず頑健ではあるが、心なし痩せたようにも見える。あくまで誤差の範囲内だが。

    「理由は?」
    「視えちまうんだわ」

     箸にたっぷりと絡まる蕎麦の下半分が、汁に浸った。

    「屠られる瞬間の、苦痛、恐怖、混乱、憎悪、その他もろもろ。一口ごとに伝わってくるんで、正直、味がしなくてな」

     そして、一気に啜られる。ずぞぞ、という特有の音が、不思議と耳に貼り付いた。

    「……それは、」

     蕎麦を啜りながらに打ち明けられていい話ではない。

    「はいよ! とろろ蕎麦、お待ち遠さま!」

     どん、と置かれた器の中では、卵黄がつややかに揺れている。思わず机の端ぎりぎりまで自分の方に引き寄せると、だいじょぶだって、と笑われた。聞けば、自らの意思で「採ろう」とさえしなければ、問題はないのだという。自分が食べるときには視えるが、向かいに座っている人間が食べる分には、何も視えない。自分が釣るときには視えるが、近くで曳網漁があっても、何も視えない。そういうことらしい。

    「……戦うのに、支障はないのか」
    「人間相手には割り切れる」

     しゃきしゃきと葱を咀嚼しながら、事もなげに、男は言った。

    「もともと言葉が通じるし、そいつを尽くした上でもわかりあえないことはある、って、最初ッから知ってるからかもな。ともかくそこは心配無用だ」

     心配。確かに心配はしている。しかし、恐らく、そこではない。

    「けど、まあ、なんというか、言葉の通じない動物は、キツくてなあ。上手く言えんが、感情そのものが直接、流れ込んでくる感じで」

     その言葉を額面通りに受け取るだけでも、ぞっとする。所以も何もわからないまま、ただ機械的に屠られて、切り刻まれる命の最期。それが、流れ込んでくる?

    「実は今も、この浸け汁から、若干だけど伝わってきてる。まあ、ここまで薄められると、ほぼ感じないと言っていいが」
    「汁だろ?」
    「干し魚の削り身が入ってんだよ。そいつで出汁を採るんだ」
    「そんなものからも……」
    「ほぼ感じない程度だって」

     証明するように、男は一口、浸け汁を飲んだ。確かに抵抗は薄いようだが、流石に塩辛かったらしく、すぐに湯呑みの茶も啜る。

    「健康面の心配はないぞ。栄養が偏らないよう喰ってるし、ヤ・シュトラにも診てもらってる。どうしても足りなくなる分は、錬金薬で補ってるしな」

     つまり、何も考えなければ当然、栄養は偏るし、ヤ・シュトラは既に知っていて、錬金薬の世話にもなっている。解決済みではあるものの、やはり問題はあったのだ。
     腑に落ちた。この男と食事をするときに覚えた、違和感の正体。肉や魚を選ばないことに対してではなく、食べたいものを考えずに、食べるべきものを考えていた。その様子が、引っ掛かったのだ。

    「いつからだ?」
    「んー、はっきりとは」
    「だいたいでもいい」
    「それなら、……そうだな、ハーデスを倒して、第一世界が取り敢えず落ち着いた頃からかな」
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