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    @810976_an

    そのうち支部にあげます

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    极博♂ 短い

    根無し草たち クルビアの冬は大層冷え込むため、道行く人々は皆着膨れしていて、それでもなお寒そうに身を縮こまらせている。ショーウィンドウに映った自らの輪郭と向き合う。ガラスの向こうには暖かそうな毛皮のファーを纏ったコートが展示されていた。マネキンは通行人の視線を集めようと必死なようで、すらりと長く伸びた手足はわざとらしいポーズを取っていた。
     連れは急に足を止めたドクターに反応しきれず、一歩先を行き、そして振り返る。
    「どうかした?」
    「君に似合いそうなデザインだと」
     ガラスの向こうとドクターを見比べ、エリジウムは照れくさそうに笑みを作る。
    「このコートだって君に贈ってもらったばかりじゃないか。僕のこと、着せ替え人形にするつもり? 君が楽しいなら吝かじゃないけどね」
     けれども荷物は少ない方が良いので、二人はガラスの前でぼそぼそと互いにだけ聞こえる音量でいくらか会話を交わすのみに留めた。都市が移動した先で、二人はリターニアの移動都市へ移るつもりでいた。それから更に南下して、上着すら必要ないような温暖な都市に逗留できれば。そこが砂の中だろうとエリジウムは慣れっこだが、ドクターはどうだろう? 彼の恰好は殆どトレードマークといっても過言でないぐらい特徴的で、初めて顔を合わせたその日、その恰好が息苦しそうに思えた。着込んでいる筈なのに酷く肌寒そうにも見えた。照明がてらてらと光る空間の中で、影だけが立ち上がっているようで不気味だった。それが今や――思考を打ち切ってエリジウムが見下ろした先には、つむじが見える。人の頭のつむじである。人一倍暖かそうな恰好をして、だというのに頬は赤く、吐く息の白さはいっとう凍てついている。相変わらず身に纏う布の色は黒いから、コントラストがそう見せているのだろう。けれどもう彼の背中に企業のロゴは刷られていない。逆に言えばそのマークぐらいしか違いが無かった。だから落ち着くのだと、ドクターたっての希望だ。最終的にエリジウムは酷く無難な一着を彼に贈った。
     そういうわけでドクターはその素顔を晒している以外、以前とまるで違いが無いように見えるのだけれど、あの天才的な頭脳がうんうんと唸って想像と格闘しているさまを旧知に目撃されでもしたらきっと大笑いされてしまうに違いなかった。エリジウムは、それがよかった。ふらりと立ち寄ったベーカリーで、誘惑に振り回されながらも真剣に朝食用のパンを一つだけ選ぶ。朴訥な仕草にどうにも心を擽られ、未だにその光景を思い出すことがある。
     叶うことならこのまま好きにさせてやりたかったが、腕時計の指し示す時刻を駄目押しとばかりに確認して、エリジウムは溜息を吐いた。
    「そろそろ行かないと。もし乗り逃したら、僕らもう一週間はここの寒さにお世話になるだろうね」
     経験上、発着場はかなり混みあう。そして経験上、不思議なことに、余裕を持って到着すると離陸時間ギリギリにシャトルへ乗り込むことが出来るのだった。そして、ドクターには溜まりに溜まった執筆途中の論文の山が待っている。これを消化するには、クルビアはあまりにも騒がしすぎた。
     計画性の無い旅ではあるが、これが二人の常でもあった。



     ブーイングの嵐の中で生卵が飛んだ。哀れ何の罪もない警備員へ向けられただろうそれは、芸術的な放物線を描いていく。いったい誰がそんなものを持ち込んだのだろう。的なんて幾らでもあるだろうに、当たりを引いてしまった幸運な人が困ったようにエリジウムを見上げた。丸い殻は可愛らしく帽子面するが、数秒後には重力に従って落ちていく。それから多分見るまでも無く、誰かの靴に踏みつぶされた。
    「こういう時、フードが恋しいな」
    「……言ってる場合? ほら、こっち」
     手を引いて人の波を抜けていく。幸い、擦れ違う男が頭から黄身を垂れ流していることに気付くと群衆は少しだけのけぞった。シャトルの運航が取りやめになったことを知らせる電光掲示板は狂ったように同じ文言を表示し続けて、最前線からあぶれた民衆がそれを呆けて見上げている。後方は未だ喧騒に包まれていた。逃げるように二人は発着場を後にした。好奇の眼差しなど気にならないが、卵の生臭さが気化するにつれ次第に強烈になってきて、ドクターがすんすんと鼻を鳴らす。
    「なあ」
    「なに?」
    「宿を取らないと」
    「ドレスコード違反で追い返されてみる?」
     人の目を避けて入った細い路地は排気熱で僅かに暖かかったが、その分生臭さが増した気がした。エリジウムはハンカチを取り出して、何か言われるよりも先にドクターの髪の汚れを拭っていく。黄身がアメーバのように染みを作っていった。細かく散った殻の欠片まで拭き取ったころには、ハンカチは使い物にならなくなっていた。
     ドクターはされるがままに頭を差し出していたが、手が離れていくとつられるように顔をあげた。
    「これでいいかい?」
     髪はまだべたついていた。
    「うん。寧ろ、早くシャワーを浴びてほしいかな」
    「そんなに臭うか?」
    「まあまあだね。臭いというか、君をそんな状態で放置しておくのが耐えられないよ」
    「一周回って面白いぐらいだよ。君だってこんな経験ないだろう」
    「あったら絶対に君を庇ってる」
     ドクターは目を丸くした。それから、だらんと垂れ下がった腕を取って、その手に握られていたハンカチを摘まんでその惨状を露わにしたのだった。「わあ」だか「わお」だか、兎に角能天気な反応だった。
    「卵だね」
     捻りが無いのを通り越して間抜けな反応で、エリジウムは思わず唇を尖らせていた。
     言いたいことなど全部分かっているとでも言いたげにドクターは微笑んでいる。
    「君にはこれが、石や矢や銃弾にでも見えるのか?」
    「……見えなくても、驚くよ」
     エリジウムの手がドクターの指をまさぐるように探って、掴み、離すまいと絡みついた。その一連の動きの間に、すっかり彼は元に戻ってしまったように見えた。不安と焦燥に駆られた眼差しは、瞬きでリセットされてしまったかのようにいつも通りだ。大仰に溜息を吐いてさえいる。
    「はあ、絶対何年か寿命が縮んだ。ほら、見てよ、ストレスで髪が抜けたらどうしよう? 何度も言ってるけどね、ここは生え変わらないんだよ。ドクターのせいで禿げちゃったら責任取ってもらおうかな」
    「いいよ。責任は、どう取ればいい?」
     ドクターは絶句する男を引き寄せて(実際はそう試みた結果諦めて、一歩近づくことで事なきを得たのだった)、その肩に頭を預けた。拭き取れきれない卵の生臭さがにおう。最悪なのに、最高だった。どうせ今日の予定は全部パアだ。ドクターの言う通り宿を取る以外に目下やるべきことなんてなくて、日はまだ高い。言い訳じみた考えが次から次へと浮かんでくるので、エリジウムはおのれの単純さに思わず笑ってしまった。
    「なに笑ってるんだ?」
    「なんでもない、ううん、なんでもあるんだけど、とりあえず君を丸洗いしよう。そのあと沢山我儘を言わせてもらおうかな」
    「へえ、今度は何を言われるんだろうな。この前みたく上に乗って、って?」
     エリジウムが戸惑いを上擦らせた。そのあからさまに動揺した隙を縫って、ドクターの爪先がぴんと伸びる。コンクリートと再会するべく浮いた踵からは力がくたりと抜けたが、それが叶うのは、もう少し後のことだった。
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    MOURNINGモブ視点多め
    みじかいテープ かの高名な宇宙ステーション『ヘルタ』に降り立つと、そこは慣れ親しんだ大学とは違う冷えた空気に満ちていた。空調の問題ではない。私は身も心も竦んでいた。
     世の学者、研究者にとって天才クラブの面々は憧れの的とも目の敵とも言える、非常に屈折した感情を向けられやすい相手ではあるのだが、いざカプセルの前で腕を組みこちらを見据える天才を前にすると緊張のあまり頭も口も働かない。まったく何を言えばいいのか――事ここに至っては、自身の発言など何も求められていない。それに気付きながらも尚、何かを言わなければならないという焦燥感に駆られるのは、己の自尊心が働いている証左であろう。
     ミス・ヘルタは己に実施した若返りの秘術そのもの、ヘルタ・シークエンスについて述べることで、カプセルの中の人を救う手段を提案した。一言一句が値千金ではあるにもかかわらず彼女はそれを惜しむことなく明らかにした。カプセルの中で眠る少年がナナシビトであることは既知の情報であり、彼がミス・ヘルタの研究に多大なる貢献をしたことも資料には記されていた。しかし天才に恩返しなる概念が存在していたことは、私にとっても非常に意外なことだった。けれどもその義理堅さに救われる命がある。当時の私の助手歴はまだ短く、Dr.レイシオについて知ることも伝聞が殆どではあったが、彼が自分より一回り以上小さな背丈の女性に頭を下げて協力を乞うさまは、今でも記憶に焼き付いている。
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    DOODLEレイ穹 現パロ 後で推敲します
    続くかも
    止まり木を見つけた 腹の底をとろ火でぐつぐつ炙る茶を一杯、二杯、景気良く流し込んでいって、気付いたころには一人になっており、やたら肌触りの良い夜風を浴びながらどことも知れぬ路地裏を彷徨っていた。
     暫くすると胃が唐突に正気を取り戻し、主に理不尽を訴えた。穹は耐えきれず薄汚れた灰色の壁と向き合ってげえげえ吐く。送風機が送る生温かさは腐乱臭を伴っているようにも思えた。その悪臭の出処は足元だ。なまっちろい小さな湖を掻きまわす人工的な風、乳海攪拌ならぬ――やめておこう。天地は既に創造されている。知ったかぶりの神話になぞらえたところで、無知と傲慢を晒すだけである。自嘲を浮かべる。
     穹少年は、穹青年となっても、その類稀なる好奇心こそ失いこそはしなかったが、加齢と共に心は老朽化していくばかり。それでもって汚れも古さも一度慣れてしまうと周囲が引いてしまうぐらいにハードルが下がってしまうもので、己のこういった行いの良し悪しを客観的に評価できるだけの頭はまだ残っているというのに、なんだか他人事みたいに流してしまう。つまるところ、泥酔の末に吐瀉物を撒き散らす男なんて情けないしありえない、真剣にそう言えるくせに、それが自分のこととなると周囲の顰蹙を買うほどに要領を得ない返事と化すのである。
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