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    @810976_an

    支部にあげるか迷うやつを置いています

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    モブ視点多め

    #レイ穹

    みじかいテープ かの高名な宇宙ステーション『ヘルタ』に降り立つと、そこは慣れ親しんだ大学とは違う冷えた空気に満ちていた。空調の問題ではない。私は身も心も竦んでいた。
     世の学者、研究者にとって天才クラブの面々は憧れの的とも目の敵とも言える、非常に屈折した感情を向けられやすい相手ではあるのだが、いざカプセルの前で腕を組みこちらを見据える天才を前にすると緊張のあまり頭も口も働かない。まったく何を言えばいいのか――事ここに至っては、自身の発言など何も求められていない。それに気付きながらも尚、何かを言わなければならないという焦燥感に駆られるのは、己の自尊心が働いている証左であろう。
     ミス・ヘルタは己に実施した若返りの秘術そのもの、ヘルタ・シークエンスについて述べることで、カプセルの中の人を救う手段を提案した。一言一句が値千金ではあるにもかかわらず彼女はそれを惜しむことなく明らかにした。カプセルの中で眠る少年がナナシビトであることは既知の情報であり、彼がミス・ヘルタの研究に多大なる貢献をしたことも資料には記されていた。しかし天才に恩返しなる概念が存在していたことは、私にとっても非常に意外なことだった。けれどもその義理堅さに救われる命がある。当時の私の助手歴はまだ短く、Dr.レイシオについて知ることも伝聞が殆どではあったが、彼が自分より一回り以上小さな背丈の女性に頭を下げて協力を乞うさまは、今でも記憶に焼き付いている。
     カプセルの中の少年は、呑気に眠りに就いたままだ。
     彼は間もなく第二の人生を歩み始める。地続きでありながらも真っ新な人生を。
     天才の力を以てしても、守ることが出来たのは少年の肉体のみだった。

     短命種である私にとって貴重な現役時代の数年を捧げるに至った、そのきっかけは、非常に単純な一言によるものであった。
     教授の肩書も、博識学会としての権威も、何もかもを放棄してやらねばならないことが出来た。
     レイシオ教授の言葉に愕然とした私は当時、何の肩書もない、彼の教え子の一人でしかなかったが、幸いなことにその長所は教授に気に入られるに至るものだった。それを踏みにじってまで、何もかもを問い質した。その直情的すぎる問いへの答えは満足なものではなかったが、教授の固い意思だけは誰だろうと汲み取れるほどに頑なで、だからこそ私は興味本位で助手に志願したのである。カプセルの中で眠るベクターの姿を目の前にして驚いたものだ。教授が殆ど無理矢理そこに星核の器を押し込めた事実も含めて。「これは治療できるものなのですか」。まったく愚かな問いかけをした。しかし教授は、「してみせる」と答えたきり、あらかたの雑務は助手に放り投げて宇宙を奔走した。癌に侵された患者のように、ベクターの身体もまた内側から病んでいた。核を取り除こうが、その身は使い物にならない程に朽ちていたのである。

    /

     隠していたのであろう憶泡へ触れる。

     そこは細長く、奥行きのある空間だった。憶質越しにその場所が非常に居心地の良い空間であることが伝わってくる。
     観葉植物の前を横切ったところで、葦毛の男がレイシオの後ろから追い越して、何かを早口に捲し立てている。彼の手には薄っぺらい紙が一枚。赤いインクが良く目を惹く。
    「なあなあ、これだけいい点取れたんならなにかご褒美くれたっていいんじゃないか?」
    「飴と鞭で生徒をコントロールする趣味はない」
    「じゃあ鞭抜きなら問題ないよな!」
     レイシオの眼前に押し付けられた答案には、見覚えのない落書きが幾つか躍っていた。「これはなの、こっちは姫子で、このパム上手いだろ? ヨウおじちゃんが……」一つずつ『それ』が指差して解説していく。レイシオが『それ』に課した小テストの結果は満点だった。少なからずレイシオはこの結果に驚いている。授業は進んで受けるものの、あまり意欲的でないようにも見えたから。
     満点の答案と、差し出された赤ペン。『それ』がなにを望んでいるか、レイシオはよく分かっていた。普段ならくだらないと一蹴される提案だろうに。『それ』を前にすると、レイシオは普段の冷静さを幾分か欠くように思われた。



     泡はいくつもあった。また、憶泡へ触れる。
     
     鍵盤を叩く音を呆けた顔で聞いていた『それ』は、演奏が終わると「すごい」と馬鹿っぽく感想を漏らした。教養の一つに過ぎないと断じて、レイシオの指は鍵盤から離れていく。数秒にも満たぬその動きを『それ』が注視していることに気付き、レイシオは視線で言葉を促した。
    「列車でいつも流してるやつは?」
    「僕に音楽的素養は無い」
    「じゃあ俺はどうなるんだよ」
    「素養には、底も天井も存在しないということだ」
     そしたら天才はどこまでも天才になれるだろう。反対に、馬鹿に薬を付けたところでそのマイナス分を払拭することは叶わない――あまりにも悲観的な考え方だが、飽きるほど触れた憶泡の中に必ずといって登場する大馬鹿がそれを証明しているようにも思えた。
     天の視点から冷めた目で呆れられている愚か者はといえば、反論を諦めてレイシオの隣へ滑り込み(その椅子は連弾を想定していたのか二人が掛けられる大きさだった)、気紛れに人差し指で黒い鍵盤を一つ押し込んだ。半音ずれて鳴る音にへらへら笑っている。
    「弾けるんだろ。教えてよ」
     レイシオはそれを断りはしないだろう。
     その予想を裏切ることなく、教授は隣に座る男の猫背を叩いて真っすぐ伸ばした。



     山ほどあった憶泡も、これで最後だ。
     
     『それ』はベッドの上に乗り上げては、小動物のように温もりを求めてシーツへ身体を擦り付けた。魚の尾ひれのように両足が泳ぎ、少し冷えた肌がレイシオのものと触れ合うと、しなやかな両腕が伸びて絡まり合う。部屋の面積に比べれば矮小な柔き長方形の上で、その小さな世界の中で、『それ』は安心しきった表情を浮かべて枕に頭を預ける。「レイシオ、」甘い声が紡がれる。けれども、続く言葉によってレイシオは地獄に突き落とされた気になった。『それ』は微笑んだままだった。どれだけその身体を抱き寄せても、彼は決して言葉を翻すことなくじっとレイシオを見つめ続けていたのだった。――「俺はもう、ここには来ないよ」。有機物だろうが無機物だろうが、輪郭を持つ限り枯れ落ち、腐りゆく。彼の肉体の終わりよりも先に、その内に収められた星核の限界を告げられた夜だった。
     漸く『それ』の感情を理解した日でもあった。

    /

     ヌースへの謁見を果たした天才たちと違い、目の前に居る秀才は挫折を知る男である。
     というのはここ数年彼の助手を務めた人間の感想であって、世間ではベリタス・レイシオというと十分に天才の域に入る偉人であり、彼が救った星では彼を象った石像が建てられありがたられているという話であるし、教科書に名前が載るほどの人物なのだから、凡人の中の凡人、中の上程度がせいぜいの無名の学者からすれば彼は天上の人と大差ない。
     本来自身のことは全て自身の中で完結するレイシオが助手を取った理由についてはいずれ判明するため割愛するが、彼が私の目の前に現れたのは、最後に顔を合わせてからおよそ半年と六システム時間振りのことだった。とは言っても逐次端末でメッセージをやり取りしていたため、私の方からはそう久しぶりとは感じない、その程度の距離感なのである。
     彼の傍には、少年が所在無さげに立ち尽くしていた。
     少年は不安げに視線を巡らせた後、教授の裾を引いてなにかを囁く。間髪入れずに唸るような低音がそこから響き渡った。いったい何事かと驚いて目を丸くしたが、少年が酷く恥ずかしそうに腹を抑え、誤魔化すように明後日の方向を向いているので、その正体を掴むのは容易なことだ。「レイシオ」途端に不機嫌になって、少年はまた裾を引いた。甘えた仕草に教授は嫌がる素振りも見せず、小さな声で囁き返すと、少年は浮足立ってその場から出ていく。彼の首から下がるIDカードがあれば、どこへ立って立ち入り出来るだろう。きっと向かった先は大学内の食堂に違いない。
     この数分間で、私の教授に対する印象は大きく塗り替わっていた。
    「一人で行かせていいのですか」
     普段なら愚かな問いだと切り捨てられるだろう。教授もまた眉間に皺を寄せて愚鈍への糾弾を始めるべく口を開いたが、私の口もまたしつこく言葉を紡ごうとしていた。
    「一人きりの食事を日常とするか非日常にするか、子供に決める権利はありませんから」
     嫌味めいた言い回しであっても意図は正しく届いたようで、教授は開け放たれたままの扉を見つめて、それから挨拶と共に研究室を出ていった。
     もしかすると、明日には助手の任を解かれているかもしれない。私は備品のコーヒーの封を開けて、最後かもしれないその高級品の味を楽しむことにした。窓の外は変わらぬ光景が広がっている。しかし、明日から、この研究室は少しだけ騒がしくなる。私は少しの間だけ、頭を空っぽにすることにした。代わりに幸福な想像を詰め込みながら、苦い現実を嚥下する。

     
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    MOURNINGモブ視点多め
    みじかいテープ かの高名な宇宙ステーション『ヘルタ』に降り立つと、そこは慣れ親しんだ大学とは違う冷えた空気に満ちていた。空調の問題ではない。私は身も心も竦んでいた。
     世の学者、研究者にとって天才クラブの面々は憧れの的とも目の敵とも言える、非常に屈折した感情を向けられやすい相手ではあるのだが、いざカプセルの前で腕を組みこちらを見据える天才を前にすると緊張のあまり頭も口も働かない。まったく何を言えばいいのか――事ここに至っては、自身の発言など何も求められていない。それに気付きながらも尚、何かを言わなければならないという焦燥感に駆られるのは、己の自尊心が働いている証左であろう。
     ミス・ヘルタは己に実施した若返りの秘術そのもの、ヘルタ・シークエンスについて述べることで、カプセルの中の人を救う手段を提案した。一言一句が値千金ではあるにもかかわらず彼女はそれを惜しむことなく明らかにした。カプセルの中で眠る少年がナナシビトであることは既知の情報であり、彼がミス・ヘルタの研究に多大なる貢献をしたことも資料には記されていた。しかし天才に恩返しなる概念が存在していたことは、私にとっても非常に意外なことだった。けれどもその義理堅さに救われる命がある。当時の私の助手歴はまだ短く、Dr.レイシオについて知ることも伝聞が殆どではあったが、彼が自分より一回り以上小さな背丈の女性に頭を下げて協力を乞うさまは、今でも記憶に焼き付いている。
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    落書き

    DOODLEレイ穹 現パロ 後で推敲します
    続くかも
    止まり木を見つけた 腹の底をとろ火でぐつぐつ炙る茶を一杯、二杯、景気良く流し込んでいって、気付いたころには一人になっており、やたら肌触りの良い夜風を浴びながらどことも知れぬ路地裏を彷徨っていた。
     暫くすると胃が唐突に正気を取り戻し、主に理不尽を訴えた。穹は耐えきれず薄汚れた灰色の壁と向き合ってげえげえ吐く。送風機が送る生温かさは腐乱臭を伴っているようにも思えた。その悪臭の出処は足元だ。なまっちろい小さな湖を掻きまわす人工的な風、乳海攪拌ならぬ――やめておこう。天地は既に創造されている。知ったかぶりの神話になぞらえたところで、無知と傲慢を晒すだけである。自嘲を浮かべる。
     穹少年は、穹青年となっても、その類稀なる好奇心こそ失いこそはしなかったが、加齢と共に心は老朽化していくばかり。それでもって汚れも古さも一度慣れてしまうと周囲が引いてしまうぐらいにハードルが下がってしまうもので、己のこういった行いの良し悪しを客観的に評価できるだけの頭はまだ残っているというのに、なんだか他人事みたいに流してしまう。つまるところ、泥酔の末に吐瀉物を撒き散らす男なんて情けないしありえない、真剣にそう言えるくせに、それが自分のこととなると周囲の顰蹙を買うほどに要領を得ない返事と化すのである。
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