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    @810976_an

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    极博♂

    予定は開けておくから ずんぐりと着膨れした丸いシルエットが家屋の白い壁に影を落とす。この辺りはどこもかしこも白い建物だらけだ。歴史ある移動都市らしく、かつては観光業で賑わっていたという。ドクターが棺から目覚める、ずっと前の話だ。国家の情勢の変化は都市の凋落を齎し、美しき都市も今となっては随分と寂れてしまったようだった。壁のペンキが剥がれ落ちた部分は良く目立つ。街を見下ろす聖徒の像は風雨によって錆びつき、その年月を思わせた。小綺麗ではなくなってしまったものの、ドクターはこの街の雰囲気を気に入っている。この街は荒野に聳え立つ白い山のようだった。小型輸送機から眺めた地上の景色には、寂しさと美しさが同居していた。
     そういった理由もあって、朝まで続いた作戦会議を終えた彼は部屋にも戻らず、周りの景色を堪能している。
     
     街全体は上から見ると、山を一つ切り出してその上に居住区を築いたような、階段状の形をしている。傾斜のきつい階段をゆっくりと降りていくと互い違いになるように太陽が昇っていった。イベリアの景色を描いた絵画を何点か鑑賞したことがある。目を引いたのはその色遣いだ。どれも独特な空の色をしており、かの国の画家たちは大層感受性の豊かな人達なんだな、と他人事のように考えていたものだが、彼らの目と筆は誇張なく故郷を描ききっていたのだと、今ならば分かる。天井の景色は油絵具をぶちまけたように鮮やかで、コントラストが眩しく、見る者を惹きつけた。そして早朝の空模様はとろりと光を垂らし、年季の入ったキャンパスを染めあげていた。徐々に温かみを取り戻していく周囲の風景を横目に、ドクターは両手を擦り合わせた。イベリアの朝は冷え込むから気を付けて、とは他でもないイベリア生まれイベリア人からの忠告だが、まさにその通りで、呼吸の度にフェイスガードの内側が白く曇って鬱陶しい。少しだけならとそれを外すと、分かりきっていたことだが余計に寒くなった。早々に切り上げて艦内に戻ってしまおうかとも考えたが、視界の中に中に見知った人影を見つける。先程まで引き返したそうに足取りが重かったことなど忘れて、ドクターは一直線にそちらへ向かった。悪戯心を込めて、足音を殺す。
     街の中腹はそれ自体が階段の踊り場のように開けているが、人気はない。男が一人ぽつんと立って、都市全体を――ひいてはその先にある海を見つめている。
     素人が気配を消そうと企んだところで出来るわけもなし、直ぐに気付かれて、「ドクター、こんな時間にどうしたの? 休んでいないとケルシー先生に叱られるんじゃない?」なんて剽軽に笑ってみせるに違いない。そう考えながらそろりそろりと近づいたものの、彼はドクターの予想を裏切って、隣に並んでもまだぼんやりしたままだ。
     
     珍しいこともあるものだ、と、見上げた先を観察する。横顔は涼やかで、感情を読み取ることができない。リーベリの羽は、それ自体に神経が通っていない者が大半だと聞くが、それにしては寒がりが多いように思う。ウルサスやカランドのような雪国程でなくとも、リターニア、カジミエージュも冬季の厳しさはなかなかのものだ。そういった国々へ任務のために足を踏み入れることは多々ある。そして大抵、同行するリーベリ達はドクターと同じぐらいかそれ以上に防寒に力を入れているのである。しかし目の前の男はどうだろう。軽装で、しかも全く平気だという顔をしている。高所へ吹き付ける風はいっそ痛みを感じるほど鋭いというのに。
     気付かれないのをいいことにじろじろと相手を眺めていると、その指先に目が留まる。肌寒そうに赤らんでいた。触れればきっと冷たいのだろうし、その冷たさを実感すれば、自分のことは棚に上げておいて――と呆れてしまうことも目に見えている。考え事の邪魔をして良いものかとも悩んだが、その頭の中を覗いてみたい、そういった不躾な好奇心と心配の綯交ぜになった感情のままに、ドクターは手を伸ばした。想像よりもかさついていて、僅かに温かい。数日前に戯れに触れあわせたそれよりずっと心許無く感じた。
    「……は、えっ、ドクター? いつから……」
     彼は完全に虚を突かれて、瞬きを繰り返すばかりだ。オペレーターであるエリジウムがそういった表情を浮かべることは珍しい。彼はいつだって他人の言動に気を配っている。周囲の空気を和ませることが自分の役割だと言って憚らないくせに、当の本人が一番に気を張り続けているのだから世話がない。
    「さっきから。そういう君は随分と長い間ここに居たようだね。この大事なときに、こんな薄着で、優雅に朝陽を眺めて風邪を引きました……なんて医療部に説明するかい?」
    「はは、そんな馬鹿正直に言ったら殺されちゃうかも」
    「だろう。ほら、一枚使うと良い」
     幾重にも着込んだうちの一枚を脱ぐ――つもりだったが、着込み過ぎてもたもたと手間取っている。「なんか脱皮みたいだね」徐々に肩からずり落ちていく上着を受け取りながら、エリジウムはおかしそうに微笑んだ。一番外側の皮はオーバーサイズだが、どうやら彼にとっては袖の丈が丁度良いようだった。
    「ありがとう。やっぱり持つべきものはドクターだね」
    「なんだい、それ」
    「この前飲んでるときに、無人島に一つだけ何でも持っていけるとしたら何がいいって話になってさ。そしたら周りは満場一致でドクターを持っていくってことになったんだよね」
    「私を? 交渉相手が居るならともかく無人島だろう。毒見役でもさせるつもりか? 砂虫なら歓迎するが」
    「いやいや。君が居たら、ケルシー先生やカランド貿易の社長さんとか、色んなところのお偉いさんが全力で助けに来るだろうから絶対生還できるよねって話」
    「…………」
     つまり未開の地における緊急事態に於いて自分の能力を頼りにされたわけではないということで、ドクターのもの言いたげな視線がエリジウムに突き刺さる。無言ながら雄弁で、向けられたその圧に耐えきれなくなってエリジウムは笑い出した。
    「ごめんって。そんなに拗ねないでよ。それに、周りは、って言ったでしょ」
    「じゃあ君は何を持っていくんだ?」
    「火打石」
    「夢のない回答をありがとう。非常に合理的だ」
     火と文明は歴史上どの瞬間を切り取っても蜜月のようなものである。納得するが、エリジウムは煮え切らない表情のまま、次の言葉に悩んでいるようだった。
     辛抱強く待つという行為には慣れていた。その間、ドクターはいつも相手の目を見つめ続ける。大抵は降参して口を割るものだ。目の前の男も例外ではなく、寧ろ、こういった手法によって抱え込んだものを吐き出させられているという自覚が彼にはあった。今回も抗うことが出来ないのだろう。悪いようにはならないだろうことを知っているからだ。
    「後から少し、想像してみたんだけど。僕もドクターを連れていくって言えば良かったなって」
    「私じゃあ一晩かかったって火を起こせる気がしない」
    「方法なんて色々あるよ。だからあまり重要じゃないんだ。重要なのは……、ドクター、この景色をどう思う?」
     空はもう随分青褪めていた。丸く弧を描きいた海岸線のその先は凪いでいる。人の戻った灯台、再び水面へ浮かべられることになった舟。惜しむらくは、住民たちの避難はもうとっくに完了しているから、ぽつぽつと遠くに蠢く人影はロドスのオペレーターかその協力者だと言う部分だろうか。
     この海がまだ人間たちの物だったころ、朝陽が昇れば人々は眠い目を擦りながら早くに起きて、そうして潮風のにおいを肺一杯に吸い込んでいた。
    「以前、君と見た絵に似ている」
    「うん」
    「好ましいと思う」
    「うん」
    「この一帯が近いうちに物々しい要塞になると思うと、少し名残惜しい」
    「……うん、僕もそう思う。ここの景色って、僕の生まれたところに似てるから」
    「そうか。いずれ行ってみたい。その時は君に案内を頼もうかな」
     いいだろ、と尋ねれば、「勿論」弾んだ声が返ってくる。
    「僕たちって結構気が合うよね」
    「ああ。いつも揃って怒られている気がする」
     そして懲りることを知らない。ドクターは急激に、ほんの数日前まで滞在していた本艦での日々が懐かしくなってしまった。
    「だからさ、ドクターももうちょっと体力つけなよ。火の起こし方は一通り、食べられる野草の見分け方だって、僕の知ってることは全部教えるから」
    「それで無人島に?」
    「行ってみるのも悪くないかも。君はどう?」
     荒唐無稽な与太話だ。海面は、掃除された病室の床面のように混じりけなく平坦で、異物など欠片も見られない。その先へ進めば小さな島の一つや二つは見つかるのだろうか? 時たま絵本の挿絵に見られるように、島は丸い形をしていて、中央にヤシの木が一本立っている? もしそんな場所に流れ着いてしまったら、直ぐに食糧が尽きて餓死一直線だ。徹夜明けの頭ではそれ以上のリアリティある想像は困難を極めた。どう転んだところで、ドクターの目の前に居る男は笑みを絶やすことなく出来ることを全うするだろうし、ドクターも真顔で同じことをするだろう。以外と何とかなるのではないか。あまりに浅慮な考えに我ながら苦笑いを浮かべる。
     この時ばかりは、ドクターの頭は悲観的に物事を考えられなくなっていた。
    「救助が来るまで二人きり、来なければ一生二人きりか。君となら、それも結構楽しいだろうね」
     まだ朝は早い。もう少し夢のような話を共有していたかった。分かっていると言いたげに、どちらも戻ろうとは口にせず、けれど寒さには抗えないので身を寄せる。
     それからいくつか、他愛ない約束をした。

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    落書き

    DOODLEレイ穹 現パロ 後で推敲します
    続くかも
    止まり木を見つけた 腹の底をとろ火でぐつぐつ炙る茶を一杯、二杯、景気良く流し込んでいって、気付いたころには一人になっており、やたら肌触りの良い夜風を浴びながらどことも知れぬ路地裏を彷徨っていた。
     暫くすると胃が唐突に正気を取り戻し、主に理不尽を訴えた。穹は耐えきれず薄汚れた灰色の壁と向き合ってげえげえ吐く。送風機が送る生温かさは腐乱臭を伴っているようにも思えた。その悪臭の出処は足元だ。なまっちろい小さな湖を掻きまわす人工的な風、乳海攪拌ならぬ――やめておこう。天地は既に創造されている。知ったかぶりの神話になぞらえたところで、無知と傲慢を晒すだけである。自嘲を浮かべる。
     穹少年は、穹青年となっても、その類稀なる好奇心こそ失いこそはしなかったが、加齢と共に心は老朽化していくばかり。それでもって汚れも古さも一度慣れてしまうと周囲が引いてしまうぐらいにハードルが下がってしまうもので、己のこういった行いの良し悪しを客観的に評価できるだけの頭はまだ残っているというのに、なんだか他人事みたいに流してしまう。つまるところ、泥酔の末に吐瀉物を撒き散らす男なんて情けないしありえない、真剣にそう言えるくせに、それが自分のこととなると周囲の顰蹙を買うほどに要領を得ない返事と化すのである。
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