だって今日は年に一度の感謝祭!深い考え事の最中は周囲に目を向けられなくなる。僕の悪い癖だ。だがしかし、本日は非常に幸運。一通り思考が落ち着いた時、僕が存在していたのは、華やかな祭事の真っ只中であった。
色とりどりの衣装を身に纏った踊り子が、美しい笑顔を街に振りまき、露店には選りすぐりの菓子や果物、軽食が並ぶ。道の端には酒を飲み陽気に騒ぐ者、何やら難しい顔をして話しこむ者、屈託無くはしゃぐ乙女達。
ふと、一番近くの露店を覗く。恰幅の良い主人が
「見ない顔だね、旅の人かい?おいしいよ!食べてきな!ほれ、味見して味見して!」
とまくし立てながら揚げたばかりの商品を眼前に突き出す。手袋を外し、いただきますと一言。一口サイズのそれをぱくりと口に入れる。歯ごたえのあるサクサクの衣に、ふわふわとした魚介類の具の絶妙なバランス。程よい塩気の甘みにじわりと唾液が口に溢れる。脳内の情報が、これがクロケージャという料理だと告げた。一部の地方に伝わる、伝統的な祭事用の食べ物。
「主人、クロケージャ作りにおいて、貴殿の右にでるものはおるまい!気に入った。ひと袋貰おう!」
「はは、調子の良いにーちゃんだね!気に入った!大盛りだよ!」
主人が溢れんばかりに商品を詰め込んだ袋を差し出す。代金とそれを交換する。「まいど!」という威勢のいい声に会釈をし、人混みに紛れた。手袋を外したまま、クロケージャをいくつか口に入れ、活気に溢れた街を観察する。さて、この街にさらなる収穫はあるだろうか?
踊り子のステップに気を取られている時だった。どしんと腰に衝撃。こちらを見上げる小さなお嬢さん。祭りの煌めきに眼前のことがお留守になっていたのだろう。バラバラと数個のクロケージャが彼女の横を通って地面に引き寄せられた。少女の目がそれを一瞬捉え、申し訳なさそうに震えた声で謝る。
小さいとは言えない身長の男にぶつかったのだ。怒られるのでは、怒鳴られるのでは、何が怖いことでも起こるのではという懸念も小さくないに違いない。
僕は彼女に目線を合わせ、恋人に微笑むような笑顔を作る。
「やぁ、お嬢さん。しっかり前を見ていないと、攫われてしまうよ?」
こんな美しい貌だ。心もさぞ美しいのだろう。と薔薇色の頬を撫でると、少女の顔がさらに赤みを増す。
「さぁ、これをあげるから友達と分けなさい。僕はもうお腹一杯でね」
少女の手の甲にキスを落とし、クロケージャの包みを少女に渡す。少女は小さな手でぎゅっとそれを握り、赤い顔のままこくこくと頷く。
その肩をぽんぽんと叩き、笑顔で「それでは」と仰々しいお辞儀のあと、踵をかえす。
セージは人混みに紛れたようだった。
少女が立っていた場所には、彼女の姿はなく、油のしみた袋だけがぽつんと落ちていた。
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少女は図書館に立っていた。
高い高い天井。
壁はすべて本棚で覆い尽くされており、床に積まれているものもちらほら。
自分はさっきまで感謝祭に参加していたはずだ。
ここはどこ?なに?なんで?
疑問は浮かんで浮かびっぱなし。
不安のあまり体の感覚がおぼつかなくなる。
ふらふらと本棚へ手を付きながら歩き出す。
どれだけ歩いただろうか。どこまでこの図書館は続くのだろうか。
時間の感覚もなくなっていた。もしかしたら1分かもしれないし、1年経っているかも。
そんなことを考えはじめたころ、前方から足音がした。
助けが来たのだろうか、落としていた視線を上げると、同じ年頃の見た目をした少女がこちらをまっすぐみて向かってくる。
その錆色の髪がかかる目から表情は読み取れない。ただ、まっすぐこちらを見ていた。
目が合った瞬間、ぞわっとしたものが背筋を駆け上がり、少女は反対方向に、元来た方向に走り出す。
こわい。助けじゃない。
少女は走った。息が切れるほど走った。
距離が一向に離れない。後ろを見れば先ほどと同じ間隔を保って錆色の少女が悠々と歩いて迫ってくる。
「まって」
錆色の少女がはじめて言葉を発する。
「置いていかないで」
ひどく悲痛な声色に感じ、つい、少女は立ち止まってしまう。
後ろを振り向いた時、錆色の少女は目前にいた。
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