博物館のひと【バレンタイン番外編】(1)
義理チョコ。
友チョコ。
本命チョコ。
バレンタインに贈るチョコには、色々な関係性が見えてくる。
「門倉さん…それ…有名な高級チョコですよね…」
俺の手に握られているのは、手触りも良い包装紙に包まれたチョコ。
ソレを見る宇佐美の目が…怖い。
「いや…これは…」
「浮気ですか?」
いやいやいや…そんな度胸無いよ?!
こんな嫉妬深い恋人がいて、そんな自殺行為出来るわけがない!
「貰ったんですか?あげるんですか?」
「…あ…あげるやつ…です」
そんな目が据わった状態で言わないでくれ…
素直に言えないじゃないか!!
「…誰ですか?」
あぁ、宇佐美相手じゃないのはハッキリ分かっているようだ…
これは正直に言うしかない。
「…鶴見」
例によって、何の因果か学生時代からの親友である鶴見の名前を呟く。
はぁ…と大いにため息をつかれた。
「わかんだろ…友チョコとか言ってアイツが食いたいから、わざわざリクエストしてきたんだよ…」
「鶴見さんを"アイツ"呼ばわりしないでください!」
もー、こうなるって分かってたから隠してたのにぃ…
手にしたチョコを鞄に仕舞いながら言った。
「お前だって渡してるんだろ…」
ちょっとモヤモヤしながら、ぽつりと呟く。
「はい!当然ですね!」
だろうよ。
確認するまでもない。
「厳選に厳選を重ねた有名店のチョコを、半年前から予約してお渡ししました」
うっわ…これだから鶴見信者は…
「それに、鶴見からも貰ってるんだろ?ゼミ生には渡してるって言ってたぞ」
「ええ!頂きました!!それはそれは美しい形のチョコレートでした」
「美しいって…」
「もちろん飾ってます」
「ああ、そう…」
神棚にでも奉ってそうな勢いだな。
鶴見の甘い物に対する熱は凄まじい物があり、美味しい店の情報に詳しいのはもちろん、自分で作ったりするのだ。
そう…ゼミ生達に渡したチョコは、鶴見の手作りだった。
店売りしてるのかと言いたいレベルのチョコアソートは、まるで宝石のようで…
「…確かに良い出来だったもんな」
……あっ
宇佐美の目がギラリと光る。
「何で知ってるんですか?って聞くまでもないですね。どうせ一緒に作ったとか何とか言うんでしょ?!」
「…はい」
「まさか門倉さんが作ったのも入ってるんですか?」
「…いや…入ってないよ」
ふうん、と相づちを打ち、ジロッとその強い眼力が俺の顔に刺さるようだ。
「貰ったんですね?」
「な、何を?」
「鶴見さんから、貰ったんですよね?」
「も…もらっては、無い」
「では、何をしてもらうんですか?」
ちょっと…顔近くない?
「ご…ご馳走に…なる予定、です。明日…」
明日2/15は、バレンタインでもない普通の日だ。
なのに鶴見に渡すチョコを、今鞄に入れるのにはワケがある。
明日、鶴見の家に呼ばれているのだ。
なんでもチョコを使った料理を振る舞ってくれるらしい…
「なんで門倉さんが鶴見さんの家によばれるんですか!!」
「だって…」
「分かってますよ!し・ん・ゆ・う、ですもんねぇ?!!」
分かってんじゃん…
まぁ、当たりたいだけだよな、これ。
何だか頭痛くなってきた…
俺は後ろ頭を掻きながら、ノロノロと台所へ向かう。
背中に冷たい視線を背負いつつ冷蔵庫へ向かうと、奥の方に手を突っ込んだ。
「…ほれ」
嫉妬深い恋人にソレを渡せば、キョトンとした顔をした。
「これ…何ですか?」
なんか恥ずかしくなって、モゴモゴと言ってしまう。
「…チョコ…なんじゃねぇの?」
宇佐美は受け取った箱を凝視している。
透明な包装紙から箱を取り出し、中を見てクスリと笑った。
「門倉さん、これ…手作りですか?」
不器用なトリュフチョコ。
泥団子のようになってしまったけれど、俺なりに頑張ったそれ。
「…うん」
宇佐美は一粒摘まんで、口に含んだ。
「甘いです」
「うん」
「ちょっと甘すぎですけど…」
「そう?鶴見は美味しいって言ってたけど…」
「……それなら、ちょうど良いです」
ふふっと笑って、ぎゅっと抱き締められた。
そのまま笑った唇に、己のそれが合わさる。
チョコ味の舌が、俺の舌を擦りその口内に引き込まれた。
…うん…確かに甘すぎるかも。
唇が離され、俺に笑顔が注がれる。
「ありがとうございます。凄く嬉しいです」
「…うん」
何だか照れくさい。
「…鶴見さんに作り方を教わったんですか?」
「あー……うん。折角だから…その…な?わかんだろ?」
「分からないので、ちゃんと言ってください」
ここは察して欲しいが、宇佐美はこういう事をハッキリ聞きたがるんだよな…
「…その…付き合って初めてのバレンタインだし、俺なりに…その……気持ちを伝えた…く…て」
ヤバい、恥ずかしい!
「…作り方とか…よく分かんねぇから…鶴見を頼ったんだよ…」
顔が赤くなるのが分かる。
宇佐美はといえば、嬉しそうな笑顔を見せている。
「もう…それを早く言ってくださいよ!はい、これ!」
「え?」
そう言われて渡されたのは、中くらいの箱だった。
リボンを解き、包装紙を外して箱を開ければ、中に丸い形のガトーショコラが入っていた。
「僕から門倉さんにです。僕もいちよう手作りですよ?」
俺とは違い、綺麗な形をしている。
「これの中には……あ、内緒にしときます」
「ええ??何入れてるのぉ?」
ちょっと食べるの怖くなったんだけど…
「変なモノ入れてませんよ。…え?まさか期待しちゃいました?」
「期待ってなんだよ!」
あんまり突っ込むのも怖いので、それ以上は口を閉じておいた。
「温めた方が美味しいですよ」
ぱっと、手から奪われると、皿に乗せて電子レンジに突っ込まれる。
程なくして温められたガトーショコラに、冷蔵庫から取り出したバニラアイスが添えられる。
「はい、どうぞ」
フォークをこちら向きに置かれれば、食べるしかない。
温められた為に柔らかくなったガトーショコラ。
中からドロッとした物が出てくる。
…見た目は普通だな。
「意外ですね。食べ慣れてる感じがする」
そりゃ…鶴見に色んなカフェやら甘味処に連れて行かれるからな…と、危うくそう言いそうになり、唇を噛む。
「…すごいな。店で出てくるやつみたいだ」
そう褒めれば、宇佐美は素直に喜んだ。
「そうですか?それは良かった!そうそう、後で鶴見さんと食べた店、教えてくださいね」
…バレてる。
誤魔化した意味なし。
気を取り直して一切れフォークで刺し、中から出てきたチョコを付けて口に入れる。
ほろ苦いチョコ。
ただ、ほんのりとだが、馴染みの香りがする。
「これ…日本酒?」
「はい!当たりです!」
主張し過ぎない程度の酒の香り。
ふわり鼻腔を通って、なんだか気分が良くなりそう。
「どうです?」
「うん。美味しいよ」
「そうですか、良かった!上手くいくかちょっと不安だったんですよね」
食べてないのだろうか?
そう思って一切れフォークに刺すと、宇佐美の唇に押し付けた。
「ほれ、食べてみ…」
…ん?なんだか宇佐美、真顔になってない?
…あ、食べてくれた。
「な?上手いだろ?」
「僕が作ったんだから美味しくて当然です…じゃなくて…」
流れるように自画自賛するのな…
「すごく自然にやってますけど、まさかこういう事、他の人にもやってないですよね?」
「こういう事?」
え?別に変じゃないよな?
これ旨いから食べてみなって…こう…
…あ!ああ~!!
「なんだ?『はい、アーン』みたいなこと?」
「……まあ、そういうやつです」
「ええ?だって美味しいやつ、他の人にもあげたいじゃん…」
ジッと見てくる目が怖い。
「あー、衛生的な意味でイヤって事?」
「僕は門倉さんのなら大丈夫ですけど、まあ人によってはあるでしょうね。でも、その様子だと断られた事ないでしょ?」
「まぁね…つっても、友達にしか、したこと無い…け…ど…」
空気が冷え切る気配がする。
しまった…
かなりヤバい地雷踏んだ気がする…
「鶴見さんにしてるんですね」
うっわ…やべぇ。
そこか、引っかかったのは!!
「いや…今はしてない!してないぞ!!」
今もシェアはするけど、自分が使った食器を使って食べさせたりはしていない。
「今はっていう事は、前はしてたんですね?」
「っていっても、昔な!結構前!!」
そういう風に言えば、少しだけ宇佐美の眉間の皺が減る。
ほんと、鶴見に対しての想いが重いな…
「ま、取り戻せない過去の事なら仕方がないですね…」
いや、待って。
その表情、納得いってないよね??
「門倉さん…」
「な…なに?」
手にしていたフォークを取り上げられ、素早くガトーショコラ本体に刺す。
「はい、アーン」
「ちょ…デカすぎない?」
切り分けられる事無く差し出される、大きなガトーショコラの塊。
グイグイと唇に押し付けられて、思わず呻く。
「ちょ…っと……んむ…」
「……」
なんか、息荒くなってきてない?
「む……むり…だって…ふっ…」
どうしたどうした??
なんで顔が赤くなってんの?!
「門倉さん…」
「んんっ…な…なに?」
「勃ちました」
「はぁ??」
なんでそうなる?
「門倉さん、エロ過ぎです!こんな外も明るいうちから、なんて声だすんですか!!」
いや、お前のせいだろ!
やっと口から放されたチョコが、皿の上に置かれる。
眼前に迫る宇佐美の顔。
「あーあ、こんなに汚しちゃって…」
いや、汚されたのよ?俺。
ペロッと頬を舐められ、そのまま包み込むように唇が重なる。
ほんのり甘い酒の香り。
ほろ苦いチョコの味。
「じゃあ、残りはこのまま頂くとしましょうか」
にこりと笑うその顔に、俺は内心ため息をつく。
結局こうなるんだよなぁ…
「安心してください。明日、鶴見さんが困らないよう、手加減しますので!」
その気づかいを、少しは俺に対してしてくれ!!