ある日の放課後の出来事高校二年も後半になったある日の放課後。
俺は教室で一人、白衣の野郎を眺めている。
「で、ここがこういう意味だからこうなって……」
片肘をついて揺れる白衣を眺めていたが、くるりとこちらを向いたそいつと目が合う。
「お前さあ、俺の話聞いてる?」
「あァ」
「嘘つけ。教科書のページ、合ってないだろ」
「あァ」
同じ返事しかしない俺に呆れながら溜め息を吐いた後、持っていたチョークを置いて俺の前の席に腰掛ける。
「お前が留年しないように時間取ってやってるのに、これじゃ意味ねェだろ。ったく、テストの日だけはちゃんと来いよな」
「向かってたら隣の学校の野郎に絡まれた」
「まさかまた喧嘩したのか?」
「してねェ。けど、それからもう行くのめんどくさくなってやめた。別に、留年するならするで俺ァ構わねェ」
「お前は良くても俺が駄目なの。自分のクラスで留年者が出るなんて、ただでさえ少ない給料が下がっちまう……」
なるほど、だからクラスで唯一テストを受けてない俺の為にこんな事してんのか。半ば強引にこの授業が始まった時は舌打ちしちまったけれど。
しかし少ない給料が下がると聞き、それが俺のせいだと思うと少しの罪悪感が湧いてくる。
「……どうしたらいい?」
「お前が今やってる補習を真面目に受けて、もう一回テスト受けてくれたら何とかなるかもな」
「かも?」
「そう。俺が他の教科の先生に頭下げてくるから、上手く行けば後日もう一回同じテスト受けられるかもしれない。けど、そんなん普通じゃあり得ねェから、確率は高くないよ」
国語だけだったら何とかしてやれんだけどな、と言って苦笑する俺の担任、銀八。
「……その頭下げに行くのは、俺も行ったら都合が悪いのか?」
「え、悪くないけどお前の態度が悪かったり、殴りかかったら即終了だぞ?」
「意味もなく殴ったりしねェ」
「じゃあ、この後一緒に行くか?」
「あァ」
「よし。んじゃ、今は補習の続きやるぞ」
そう言いながら銀八は立ち上がり、黒板の前に戻って行く。その時優しく笑ったヤツの表情が脳にこびりついた。
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銀八による補習が終わり、銀八と共に担当科目の先生のいる場所へ頭を下げに行った。俺ができる限りの誠意を込めた事と、銀八が共にいた事もあってか、俺は全ての科目のテストを受けられる事になった。
「良かったな、テスト受けられそうで」
「そうだな。付き合ってくれてありがとう……ございました」
そう言うと、銀八は一瞬意外そうな顔をした後、どういたしまして、と嬉しそうに言った。
そうこうしている内にすっかり日が暮れてしまった。鞄を持って教室を去る前、銀八に近づく。
「銀八」
「ん?」
「俺がお前を養えるようになってやる」
「え?」
突然そんな事を言われた銀八の周りには『?』が散っている。それに構わず話を続けた。
「だからあと十年待ってろ」
「養えるようにって……誰が誰を養うの?」
「俺が、テメェを」
「ちょ、何言ってんの高杉」
「俺ァ、やるって決めたらやってやるぜ。だから、」
目の前の緩く結ばれているネクタイを掴んで引いた。銀八の顔が近づく。
「十年待ってろ」
もう一度そう言った後、ネクタイを放して教室を去る。しかしまァ……甘い匂いがするもんだな。
「……年中甘い息吐き散らかしてるバカが、か」
どこか懐かしく思えるその言葉に口角が上がる。そしてこれからどうするかを考えながら帰り道を歩いた。
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3Zは冷血硬派のみを一度読んだきりなのでちゃんと履修できていませんが、このビッグウェーブに乗るべく、初めて書きました。けど履修できていない今だからこそ書ける内容もある(開き直り)
本編の高杉は17歳くらいから十年後にあのような組織を作り上げているのだから、こちらの世界でもできると思います。