蛍と思い出初夏の夕暮れ時。
もう6時も過ぎた頃だが、日が長いおかげでまだ辺りは明るい。だが後30分過ぎる頃には暗くなるだろう。そんな景色を見るのが好きで縁側で煙を吹かしていた。
足音が近づいてきて室内に目を向けると、盆に皿を乗せた銀時が近づいてくる。
「なあに黄昏ちゃってんの? それ、楽しい?」
「あァ、楽しいぜ。夕暮れ時の景色にテメェのふざけたエプロンがよく映える」
「喧嘩売ってんのかコラァ」
「いつでも買ってやらァ」
本気のような冗談を言い合うと、銀時は少しだけ不貞腐れながら机にコトコトと皿を置く。
「冷奴か」
「そ。今日あちーから」
「主食は冷やし中華か素麺か?」
「残念、炊き立てのご飯でーす。でもまだこれからおかず作るから、とりあえずそれ食いながらもうちょい黄昏てて」
そう言いながら盆を持ってさっさと台所へ戻る銀時。
冷奴には葱と鰹節ががどっさりかかっていて、すりたての生姜が乗っている。醤油をかけて一口食べた。冷えた豆腐に喧嘩しない薬味、豆腐自体も美味くて後味も良い。
そんな豆腐と共にさりげなく置かれた冷酒を含み、視線を台所へ向ける。
ふざけたエプロンとは言うものの、実はそんなに嫌いではない。銀時が動く度に揺れる桃色のフリルやリボンはまあ、可愛らしいと言えばその通りだ。大の男なのにあのようなものを着こなしているのも凄いとは思う。
銀時は鼻歌を歌いながら食事を作っているようだ。それがこれから2人で食べるものだと思うと俺も心地良い気分になり、口角が上がる。
そんな銀時をしばらく眺めた後、視線を庭に戻した。先程より辺りは暗くなってきている。空を見た後庭の草木を見ると、小さくぼんやり光ものが見えた。
あれは蛍だろうか。
数匹いるらしく、いくつかの光が浮かんでいた。
そんな景色を見ながら冷酒を飲み、あの頃の思い出を思い出した。
+++
今日は近くで祭りがある。
いつもは夕方になるとまた明日、と声を掛け合う松下村塾の仲間達も、今日はまた後で、と声を掛け合う。その表情は皆笑顔だった。
ただ1人を除いては。
「先生、銀時を見ませんでしたか?」
「おや、3人で一緒じゃなかったんですか?」
「それが、授業が終わった後どこかへ行ってしまったようで……」
ヅラと共に先生の所へ行ったものの、空振りだった。俺が今日最後に見た銀時の表情は何と言うか、無表情だった。どうしたのかと尋ねようと思ったものの、姿が見えない。
先生のところにいないとなると……もしかしたらあそこかもしれない。
思い当たった場所があり、先生やヅラに声をかける前に足が動いていた。
そこは塾が見渡せる木の上。
案の定、銀時はそこにいた。白いふわふわの髪が覗く木に向かって声をかける。
「銀時! 何してんだ」
すると一瞬驚いた銀時だが、また無表情で俺を見る。
「木登り」
そう言って降りて来ようとしないから俺もその木に登り、銀時の隣に座った。
「何だよ、こんなとこ来ないでさっさと祭りってのに行ったら?」
「お前は行かないのか?」
「俺はいいよ。一緒にいたら気味悪がられるだろ」
ああ、それで俺達を避けてたのか。
「くだらね」
「はあ?」
「くだらねー事考えてんじゃねえ」
「くだらなくねーだろ、実際そう言う目で見られてんだよ」
「だから何だ」
「何だって、空気悪くなるっつーか……楽しくねーだろ、お前らが」
そう言われた俺はふわふわの髪をぐしゃぐしゃに撫でる。
「いでで! 何すんだ!」
「俺もヅラも先生も、お前の事なんかこわくねーし、お前といたら楽しいから一緒にいるんだろ」
そう言って笑ってやると、銀時の頬が赤くなる。照れているのか。
「そんな事も気付かないお前は馬鹿だ」
それを付け加えると、銀時はムッとした表情に変わる。
「馬鹿じゃねーよ」
「こんな所で1人でいる馬鹿は馬鹿だ」
「馬鹿って言う方が馬鹿なんですー」
「うるせー」
それから木の上で喧嘩が始まると、耐えられなくなった枝が折れて2人で落下する。
地面に落ちると思った瞬間、ふわっとした感覚。痛みも来ない。
「全く、君達はどこでも喧嘩をするのですね」
そんな声が聞こえてきて、目を開けると先生が俺と銀時を抱き上げていた。
「先生!」
「松陽!」
地面に降ろされる。
「先生、ありがとうございます」
「……ありがと」
「どういたしまして、と言いたいところですが……木に登って喧嘩して落ちるなんて、私が来なかったらどうなってたんですか。お祭りが始まるまで2人共反省です」
その瞬間頭に拳骨を食らった俺達は2人で仲良く地面に埋まった。
そして先生の後ろでその光景を見ているヅラの表情がただただ腹立たしかった。
+++
先生と銀時とヅラと共に祭りに行った。
銀時は祭りに行くのが初めてだったらしく、きょろきょろと辺りを見渡している。
先生にいただいたお金で狐のお面を買った俺は銀時に被せてやった。
「うわ! 何すんだ!」
「これ付けてればあんま目立たないだろ」
何が、とは言わなかったけど、それだけで察した銀時は小さな声でありがと、と言った。
「銀時、あっちに甘味があるぜ」
「あ、おい、引っ張るな!」
そんな事お構いなしで腕をぐいぐい引いて綿飴の方へ向かう。
「銀時、晋助、花火の時間にはあそこに集合しましょう」
「わかりました!」
「おいぃー松陽! 助けろー」
それから綿飴やりんご飴を与えてやり、その度に美味しそうな表情をする銀時を見るのが嬉しかった。
「高杉は何か食わねーの?」
りんご飴を食べている銀時にそう言われ、そう言えば自分が何も食べていない事を思い出した。
「そうだな、俺は……あれにする」
たこ焼きを指差した。すると銀時が俺の手を引いて歩き出す。
「じゃあそれは俺が買う。俺まだ松陽に貰ったの使ってないから」
そう言われて嬉しくなった俺は繋いでくれた銀時の手を握り返した。
+++
たこ焼きとラムネを買って2人で分け合っている内に約束の時間になった。
4人で花火を見る。
最初は音に驚いていた銀時だったが、初めて見る花火に見惚れていたようだった。
「やっぱり祭りは派手じゃねーとな」
花火を見た後は土手を通って村塾に帰る。
先生を囲いながら歩いていた俺は土手にたくさんの光をみつけた。
「わあ、蛍がたくさんいますよ」
先生がそう言うと、銀時やヅラも蛍を見ている。
「なんかケツが光ってる虫がいる」
「あれは蛍だ」
蛍を知らないらしい銀時にそう言ってやると、ヅラが俺の一歩前へ出る。
「蛍が光ってる時はメスにプロポーズする為だそうだぞ。高杉、お前も今光った方が良いんじゃないのか?」
「……うるせェよヅラ」
その時銀時はよくわからないような表情をしていて、その側で先生は笑っていた。
「銀時、初めてのお祭りは楽しかったですか?」
「ああ、綿飴とりんご飴が食えて花火が見れる」
「そうですね、来年も皆で来たいですね」
「そうだな」
そう言って笑う銀時を見て、俺もヅラと共に笑った。
+++
ことり、と音が聞こえて机の方を見ると、いつの間にかたくさんの料理が並んでいた。
「おっ、黄昏れ杉くん起きた?」
「黄昏れ杉くんじゃねェよ」
「えー、だって俺が来てもぼんやりしてっから。何か思い出してたの?」
「銀時、あれだ」
そう言って庭の蛍を指差す。
「お、ケツが光ってる虫」
「蛍だよ」
共にあの時の事を思い出した俺達は笑い合った。
+++
食事を終えた後も蛍はまだ庭にいた。
食器を片付けた銀時が徳利と猪口2つを持ってくる。
交わした剣の半分でもいい
てめェと…酒を酌み交わしたかったよ
あの時言った事を実行しているのだろう。あの時は突き放したが、今なら素直に嬉しい。そして共に暮らすようになってから、一緒にいる日は1回以上剣を交わしているが故に自動的に酌み交わす酒の回数も増えていく。
無言で互いの猪口に酒を注ぎ、乾杯をする。
「さっきのと違う酒だな」
「ああ、さっきよりちょっといいヤツ。こないだババアに貰った」
そう言われて浮かんだのは万事屋の下でスナックを開いている婆さんだった。
かぶき町で過ごした銀時の母親のようなものだと思い、挨拶にも行ったし、あのスナックにも何度か銀時と飲みに行った事もある。
そんな婆さんに貰った酒だ。蛍が舞う景色も相まって美味い。更に隣には銀時がいる。
「ククッ……」
「突然笑い出して何? 黒い獣でも舞い込んだ?」
「テメェとこんな景色を見ながら美味い酒が飲めるなんざなァ……」
夢みてェだ。
それは口に出さなかったが、銀時が猪口を置き、胡座をかいている俺の膝に頭を乗せて仰向けになる。
「重てーだろ?」
「そうだな」
「夢なんかじゃないぜ、高杉」
「……あァ」
そう返事をして目の前のふわふわの髪に触れると、銀時は心地良さそうに目を閉じている。
そんな銀時と蛍と、共に過ごす穏やかな夜だった。
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以下のリクエストをいただきました。
夕暮れ~夜に縁側で蛍を眺めながら一献
か、夏祭り(仔村塾でも隠居でも現パロでも何でも)
両方書きたくなったので同じお話にまとめて入れてみました。
2人が幼なじみな事って本当に美味しいなあと噛み締めながら書きました。どうか幸せになって欲しいです。
素敵なリクエストをありがとうございました!
ちなみにヅラに言わせた蛍については調べた事なので本当らしいです(笑顔)