2023年高杉誕生日話師を救う為に動いていたら、幼馴染達と合流し、共に戦ったり、また別れたり……
結局俺は師を救えたのかはわからないけど、最後に立派になったな、と笑って去って行ったから、救えたって事にしておく。
そしてあの時、もう一人失った者がいる。
失ったはずのそいつは今、町外れの一軒家で静かに暮らしている。
それを知った時はチートだなんだって困惑したけど、この町では俺も今まで色んな目に遭ってきた。だから細かい事を気にする事はやめにした。
師がそいつに拳骨でも与えて黄泉から現世に戻したんだと思えば合点がいく。
季節は夏になった。
もうすぐそいつこと高杉の誕生日だ。今日は高杉がうちに来る。
神楽達には事情を話して出払ってもらい、高杉に渡そうとしている紙切れを懐に入れて来訪を待つ。
ガラガラと玄関の開く音がした。そのまま玄関に向かうと履物を脱いで上がろうとしている高杉がいて、胸元には汗が見えた。
「よう。今日もあちィな」
「あァ」
「麦茶持ってくから座って待ってて」
そう言って俺は台所に、高杉は居間に向かう。
氷を入れた麦茶と皿に簡単な菓子を添えて持って行った。
「はい水分」
「ありがとう」
「うわ、素直〜」
素直に麦茶を受け取る高杉を茶化すと、イラッという音付きで表情を歪めた高杉が俺を見る。
「あァ?」
「だってお前が俺にありがとうを言うなんて……」
「もう素直に生きるって決めたんだよ」
高杉は麦茶を半分飲んだ後、煙管に火を着けた。慣れた手つきで紫煙を吐く姿は全く様になっている。
そんな高杉の前に懐にしまっておいた紙切れを出して机に置いた。
「じゃあ俺も素直になる」
「何だこれは?」
置かれた物を見ながら首を傾げる高杉。
「俺さ、ここんとこすげー働いたんだ。外に飲みにもいってねぇ」
高杉は紙切れを見たまま黙って話を聞いている。
「全部これの為だ。お前の誕生日にお前と行きたい。予定、空けて欲しい」
それを聞いた高杉は小さく笑った。
「昔はヤクルコも奢ってくれなかったテメェが、俺にこんなものを寄越すなんてなァ」
「寄越してねぇよ」
そう言うと、高杉は訝しげな視線を送ってきた。予想通りの反応だが、ここはいつものをように怒らずに柔らかく笑ってみせる。
「これは俺のだ。で、お前は俺と一緒に行くんだよ」
その紙切れは旅行チケット。
つまり、俺は高杉と共に旅行に行く。
+++
そんなこんなで高杉の誕生日の前日。
旅行チケットに書かれている行き先へ向かった。
かぶき町からはそんなに離れていないが、景色は大分変わり、山と海の匂いが深くなる。
旅館に着いた時点で正午頃だった空は、周辺を少し散策しているとあっという間に茜色になった。
夜になる前に旅館に戻り、部屋に案内していただく。少しくつろいでいると食事の時間になった。食事は部屋に運ばれる仕様だから二人で待っていると、間もなく机いっぱいに料理が置かれる。その地域の新鮮で美味い物がこれでもかというくらい並べられ、予想以上の内容に驚く。
「確かに部屋も食事も一番いいのにしたけど、ここまでとはなあ……俺も驚いてる」
「なかなか良い料理じゃねェか」
高杉も嬉しそうな顔をしているけど、そういやこいつ、テロリストやってた頃はこんな料理食ってたんじゃねェのか。
「そういやお前はしょっちゅうこんなん食ってたわけ?」
「まァな」
「ったく、いいご身分だったもんだぜ」
物珍しがってんのは俺だけか、と思いながら高杉の猪口に酒を注いでやる。すると高杉も俺の猪口に注ぎ返してくれた。
「けどな、どんなに見目や素材が良くても薄汚ェ話しながら食う食事なんざ美味くねェよ。お前が作る味噌汁の方がよっぽど美味い」
「それさあ、これから食う飯を否定してるよね?」
「違ェ。一緒に食うヤツ次第だって言ってんだ」
「つまり、気の知れたヤツと食う飯が美味いって事?」
「そうだ」
そう言って笑う高杉を見て、俺も笑った。
「とりあえず、俺の夢叶うその一」
「あァ、そうだな」
酒でも酌み交わしたかったっていう夢が今叶う。
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景色の良い部屋で美味い飯食って、広くて大きくて体に良さそうな温泉に入って……気持ち良くて久々に長風呂なんてしちゃったよね。
風呂を上がったら卓球台が見えて二人で白熱してたらいつの間にギャラリーがいたりで、部屋に戻った時には二十三時半を過ぎていた。
「風呂入ったのにまた汗かいちまったな」
「朝風呂入ればいいんじゃね?」
「そうだな。ところで銀時、さっき何か貰ってなかったか?」
「んー、面白いもん見せてくれたからって自販機の飲み物くれた。炭酸だけど飲む?」
「あァ」
缶のプルトップを開けてそのまま飲む。シュワシュワとした甘い味が口に広がった。
「これ、攘夷戦争してた時も飲んだな」
「ああ、覚えてる。変わらない味だ」
「さっきも白熱しちまったし、俺らも変わらねえな。で、あれは勝負に入ってんの?」
「入ってるぜ。俺が勝ったから今は俺の方が勝ってる」
「よく覚えてんね。ま、これからもそのカウント頼むわ」
他愛無い話をして笑い合う。こいつとずっとしたかった事だ。そうやってまったり過ごしている内に時計の針は両方天辺を指しそうだった。
「あと少しでお前の誕生日だな」
「そうだな」
「明日もさ、この辺を散歩してから帰ろうぜ」
「あァ」
「で、今日食えなかったあの店の甘味食お」
「そりゃテメェのしたい事だろ」
「じゃあ、高杉のしたい事って何?」
そう問うと高杉は考える素振りをする。
「……ゆっくり過ごしてェ」
「どこにも行かずに?」
「いや、街回るくらいなら構わねェ」
「じゃあ散歩でいいじゃん」
「そうだな」
高杉は俺を見て続けて話した。
「お前と一緒なら、それでいい」
穏やかな表情でそう言われて頬が熱くなる。
「ほんと何、素直過ぎて調子狂うんだけど」
「言っただろ、もう素直に生きるって決めたんだよ」
そう言いながら高杉は俺を正面からふわりと抱きしめる。俺の好きな高杉の匂いが心地良くて目を閉じた。
「そうだな……松陽が拳骨してまで戻してくれたんだ。好きな事して幸せに過ごさねーと、また拳骨くらうよ、お前」
そう言いながら高杉の背に腕を回した。
「お前と共に笑ってりゃァ、先生も拳骨しねェさ。ただ、次お前にしけたツラさせちまったらもう許しちゃくれねェだろうよ」
ぽんぽん、と背を優しく叩かれる手に涙腺が刺激された。そうやって霞んだ視界で見えた時計の針は天辺を指している。
「高杉、誕生日おめでとう」
早速しけたツラしてんじゃねェって言われるかと思ったら、優しい声でありがとよって聞こえてきた。
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あれから良い雰囲気で二人きりだった事もあり、その雰囲気のまま二人で寝た。寝たってのはまあ……その寝たって事で。
でも翌日には帰らなきゃいけない一泊二日の旅行だったってのもあるし、午前は一緒に散歩もしたかったからいつもより軽めって言うか……あーもう、この話はやめやめ!
とにかく、そんな旅行は終わりを告げ、夕方前にはかぶき町に帰ってきた。
だが高杉の家とは違う方向へ走り続けるバイクに対して高杉は疑問を浮かべているだろう。気付かないフリをしたままバイクを走らせ、新八の道場の前で止まった。
「おい銀時、何でここで止まるんだ?」
それに答えないまま道場の中に入る。新八には話してあったから道場には誰もいない。
そして竹刀を二本取り、一本は高杉に投げ渡す。
「俺からのプレゼントそのニだ」
そう言ってやると、意図を理解した高杉は笑いながら竹刀を構える。
「ヘェ、こいつは嬉しいプレゼントだ」
「ま、こんなの喜ぶヤツお前しかいねェだろうけど」
「神威も喜びそうだ」
「そういや真選組の沖田君もお前とやりたがってたよ」
「変な野郎ばかりだな」
「変わってる方が面白ェだろ」
そんな話をしながら刃を交わし合う。至近距離で見る高杉の表情は楽しそうだ。
「高杉、一つだけルールがある」
「あァ?」
「道場壊すなよ」
俺らが本気でやり合える場所なんざ、何もない野っ原ぐらいだろうよ。
「そりゃァお互い様だろ、馬鹿力」
その言葉が合図となり、打ち合いが始まった。
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打ち合った後はこれも新八に話してあった為、ちょうどいい温度に沸いた風呂に入った。
その間に用意されたパーティー会場にてヅラや辰馬、鬼兵隊などの高杉に馴染みのあるヤツらが揃い、今度は皆で高杉を祝うパーティーが始まったとさ。
どうよ、俺にしては結構頑張っただろ。
高杉も嬉しそうだったし、大成功だね。
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去年の春頃にスカイツリーで販売された旅行姿の二人を眺めていたら、二人に旅行して欲しくなって書き始めたお話でした。それを高杉誕に合わせて書き進めた結果がこれ。
銀時がまた子ちゃんに甘さ控えめでも美味しいケーキの作り方を教えてあげて、それを振る舞っているなどという裏設定もあったり……
二人には今まで出来なかった事をたくさんして欲しいですね。
ちなみに卓球の後二人が飲んでた炭酸はサ●ダーです。私は子供の頃それをよく飲んでいたので、たまに飲むと懐かしい味がします。