大事件?「おいおい、なんだよこれ」
珍しく生徒会室には誰もいなかった。
大抵はシリルやニールが先に来ていることが多く、チェスの選択授業を終えたエリオットと子リスは生徒会室に入るなり首を傾げる。
前に痛い目を見たこともあって、散らかすのが得意な二人もシリルの目が光っているうちは、整理整頓を意識するようになった。
だが、どうしたことか。
生徒会室は散らかっている。
昨日まとめたはずの資料は床に散らばり、過去のファイルも本棚から引き出されている。あろうことか机上も羽ペンが倒れて、書類にはインクが零れている。
エリオットは顔を顰めて唸るような声を出した。
「子リス、これはまずい」
「?」
子リスはまだ気が付いていないのだ。自分たちの置かれている状況に。
「俺たちはこの前殿下にもシリルにもお小言をくらっただろ? 気を付けつつあるとはいえ、荒れた室内を見れば第一発見者ではなく第一容疑者だって思われてもしかたないわけだ」
サァァァ、と分かりやすく子リスの顔色が青ざめる。
シリルにあーだこーだ言われながらの片づけは苦痛だった。
そもそもこういうのは使用人がやることじゃないか、なんて言ってしまったならもっと目を吊り上げていただろう。
「証拠隠滅するか」
「はい」
自分がしたことではないが、何か言われるよりはマシだ。
俺は床に落ちたファイルを順番通りに棚へ戻し、子リスが散らばった書類をかき集める。
「それにしても、何をしたらここまで汚くなるかね」
「汚いと、言うか、、、荒らされたみたいですよね」
書類には踏まれたような足跡が付いていた。
それをじっと見ていた、子リスが困ったように顔を顰める。
「何か気になることがあるなら言ってみろ」
「……私の知っている人と足のサイズが一緒なんです」
殿下の体がいかに黄金比かというのを熱く語っていたこともあるくらい彼女の数学的観点は群を抜いている。
「誰なんだ」
思わずこちらまで緊張してしまうような面持ちだ。
「せ、生徒会長です」
「俺のことをからかってるわけじゃないよな?」
首をふるふると振って、
「きっと、この部屋で何かあったんです」
生徒会長が関わっているとなるといよいよ事件は大事になる。
あいつに限ってとは思うが、第二王子を狙う人間は一人や二人なんて生易しいものじゃないのは現実だ。
思わずごくりと唾を飲み込む。
「落ち着け、子リス。決めつけるのはまだ早い」
「で、で、でも、これはシリル様の……」
所々に落ちた氷の欠片は確かにシリルのもの。
誰もいない生徒会室に開けっ放しの窓、荒れた室内。
「まずは、他の役員の所在を確認する」
「は、はいっ!」
そう扉に向かって歩き出そうとした時、
「あれ? 珍しい二人だね」
呑気に顔を出したのは今しがた何かに巻き込まれたのではと考えた人物である。
「「…え?」」
「ほら、シリル見てごらん。きみの教育の賜物だね。二人が自主的に掃除をしているよ」
爽やかな微笑みを浮かべる殿下の後ろにはむずむずと緩む顔を抑えきれないシリル。
「二人ともす、すまなかったな」
そう言いつつも、俺たちが掃除をしていたことがよほど嬉しいのかご機嫌である。
大事件かと思った事の顛末はとてつもなく単純なものだ。
「シリルが換気のために窓を開けた拍子に学園で飼育している鶏が室内に侵入して、捕獲しようとしたところ大層暴れた為、廊下に飛び出した鶏を追いかけ、ようやく引き渡してきたと? はぁ~~~」
溢れ出るため息を隠すことなく吐き出す。
「私たちはてっきり……」
「てっきり?」
こちらの想像など露知らず、殿下が愉快そうにこちらを見ているのがどうにも癪に障る。
「おい、子リス。何が事件だよ」
「ごっ、ご、ごめんなしゃい~」
気になって仕方ないという顔の殿下に、平謝りする子リス、いつの間にか自主的に紅茶を淹れて戻ってきたシリル。
妙に気疲れしたエリオットはふんぞり返ってソファに沈んだ。