アイドルっぽいやつ顔が良すぎてスカウトされたラウル氏と練習生として努力し続けるシリル氏。
人柄も纏う空気も柔らかいラウル氏は他者とも上手くやっていけそうな中、1人練習に打ち込むシリル氏が気になっていた。
「なぁなぁあいつは?」
「あー、うちで誰の古株だよ」
「?歳とってるようには見えないけど」
「そういう意味じゃなくて。ここにいる誰よりも練習生歴が長いんだ」
シリルは自分の意思で笑うことが出来ない。
もちろんクール路線のアイドルもいるにはいるが、それでも笑顔を振りまく正統派王子様のようなアイドルよりは遥かに少ない。
事務所ではソロではなくグループ若しくはユニットでアイドルを売り出そうとしている。
自分もデビューする為には、誰かと組んで、練習生をしなければならないのだけれど……
同じ練習生達から話しかけられてもシリルは言葉の意味を深読みして返答が遅くなる。
それを彼らは自分達と話したくないのだと解釈して離れていく。
そうしていつの間にか、誰も自分には寄り付かなくなっていた。
そもそもここでアイドルを目指す者と志が違う自分は最初から相応しくなかった。
シリルが今ここに居るのは、母の為であった。
父を早くに亡くし、母は苦労しながら女手一つでシリルを育ててくれた。
でも無理がたたったのか、母は病に倒れ、ただでさえ苦しい生活はもっと苦しくなった。
もっと家にお金があれば、母をきちんとした病院で治療することもできる。
自分でお金を稼ぐために、喫茶店の求人広告を見ていた時だった。
「きみ、アイドルを目指さないか?」
白銀の髪とこの顔立ち、それまで自分の容姿が武器になるとは思ってもいなかった。
シリルは冷静に男の話を聞いた。
母を病院に入れることを前提とするシリルの考えをのみ、かわりに立て替えたお金はシリルがアイドルとしてデビューしてから返金していくというもの。
そしてその上で、現状を打開することができるならとその身一つでこの事務所に練習生として入った。
シリルには後がなく、前だけにしか進めない。
足りない運動量もセンスもすべて一人で、練習を積んだ。
自分にとってアイドルとは、母に迷惑を掛けず、今の自分が目指すことができ、努力をすればなれるかもしれないという道でしかない。
本当は他にも道はあったのかもしれないのに、シリルは冷静に見えて目の前の餌に飛びついた。
今日もいつの間にか練習室には誰もいなくなっていた。
もしかすると集中すると周りの音が聞こえなくなるシリルに声を掛けてくれた者もいるかもしれないのに。
窓の外を見れば日は落ちてガラスに反射した自分の顔がぼんやりと見えた。
仏頂面な自分の顔を見て、これではだめだと口角を上げてみる。
困ったようにへにゃりと眉毛が下がった。
どんなステップよりもどんな歌よりも、笑うことの方がずっと難しいと思えた。
作った笑顔は誰がどう見ても無理をしているようにしか見えない。
表情筋を柔らかくすれば何か変わるかもしれないと、大きく口を動かしていた時、ギィィィィと扉の音が聞こえた。
慌てて振り返ると、そこには一人の青年が立っていた。
もしかしたら続くかもね……