👻🎃HAPPY HALLOWEEN🎃👻「とりっくとりっく?」
聞いたことのない言葉にモニカは首を傾げた。
「それをな、決められた日に言うとお菓子がもらえるらしい」
どこでそんな情報を手に入れたのか、ネロは興奮気味に尻尾を揺らした。
「俺様が仕入れたとっておきの情報だぞ!」
ネロはそう言ってたくさんお菓子を手に入れるんだぞ、と。
翌日、モニカはラナに尋ねてみることにした。
「あ、あのね、ラナに聞きたいことがあって」
「なあに? そんなかしこまって」
「ラナはとりっくとりっくって知ってる?」
「とりっくとりっく……」
ラナは少し考える素振りをして、あぁ!と何か思いついたようにぽんっと手を叩いた。
「もしかして、トリックオアトリートのことかしら」
「とりっくおあとりーと?」
ネロが言っていたのとは少し違うけれど、ラナが言うのだからそうに違いない。
「それはね、お菓子をくれないと悪戯するぞって意味なのよ」
お菓子をもらえるというのはネロの言う通りだけど、よもや悪戯をしない代償にお菓子を差し出すという意味だったなんて。
「お、恐ろしい言葉なんだね」
「もう、モニカってば、これは言うなればちょっとしたジョークよ。本気の悪戯なんてしないわ」
ラナの言葉を聞いて、心底ほっとした。
モニカの頭の中に浮かぶ悪戯とは、七賢人が一人呪術師様の呪いのようなものなのではと考えていたのだ。
「その言葉は年に一度のハロウィンの日だけに許された言葉なの。その日は仮装をしたり、簡単に言えばお祭りみたいなものかしら」
「お祭り……」
「街でも屋台が出たりするのよ!モニカさえよければ一緒に行きましょ」
アイクと一緒に過ごした夜遊びの日もあれはお祭りだった。それと、似たようなものだろうか。だとするなら、人ごみは避けられない。だけども、ラナと一緒に楽しみたいという気持ちもあって、モニカは小さく頷いた。
「そうと決まれば、仮装の衣装を用意しなきゃ。もちろんわたしがモニカの分まで用意するわ」
「はひ???」
ラナはルンルンで自室へと戻っていく。
その背中を見ながら、モニカは選択を誤ってしまったのではないかと冷や汗を掻いた。
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「そうか、そろそろハロウィンだね」
生徒会室でその話題が上がったのは、ハロウィン三日前のことである。
「あーどうりでここのところ騒がしいわけだ」
エリオットは、眉をぎゅっと顰めた。
「皆さんはハロウィンって何かするんですか?」
おずおずとモニカがそう言うと、フェリクスは目を丸くした。
「? モニカは何かするのかい?」
「え、あ、その、ラナと一緒に仮装?をしてお祭りに行きます」
何だか少し恥ずかしくなって、語尾がどんどん小さくなった。
「それはとても楽しそうだね」
にこやかに笑うフェリクスを余所に、
「あんな騒がしいお祭り、何が楽しいんだか」
とエリオットはため息を吐き出した。
「おや、珍しい。エリオットはハロウィンの祭りに参加したことがあるのかい?」
「……ベンジャミンに一度だけ連れてかれて、な。騒がしいし、人が多いし、頼まれたってもう二度と行かないさ」
そんなエリオットの発言にモニカは不安を感じ、みるみる顔を青ざめた。
「……大丈夫だよ、モニカ。エリオットは繊細すぎるだけで、お祭り自体はいろんな楽しいことで溢れているさ」
「おい、どういう意味だよ」
口を尖らせるエリオットを余所に、モニカを見つめたフェリクスは片目をぱちりと閉じてみせた。
確かにアイクと一緒に過ごした夜遊びはモニカにとっては驚きの連続だった。
だから恐れる必要はない、そう彼は言っている。
「……そう、ですね。楽しんできます」
モニカはまだまだお祭りも夜遊びも上級者ではないけれど、大切な友達と一緒に過ごす時間が無駄なわけがないということを知っている。
「あ、そうだ。お祭りが終わったらそのまま生徒会室に寄るんだよ」
「ふぇ?」
フェリクスは先ほどよりも眩しい笑顔でモニカを見つめた。
断らなくては、とモニカが口を開こうとしたところに、
「遅くなりました」
シリルが入ってくる。
そこで話はお開きになってしまい、モニカは断る隙を失った。
ハロウィン当日。
授業が終わった後、モニカはラナの部屋へ招待された。
「モニカはあんまり目立つのは好きじゃないでしょ? だからこれはどうかしら?」
そう言って渡された、黒いローブとカチューシャ。
ローブは手触りが滑らかで金色の刺繍がしてあり、どことなく七賢人になったときに渡されたものに形状が似ている。
「耳?」
「そう、黒猫の仮装。もしかして嫌だった? 他にもいろいろ用意しているけど……」
脳裏にはへへんと得意げに笑うネロがよぎる。
「ううん。これがいい」
「ならよかった。じゃあ私は魔女の帽子とローブにするわ」
ラナはモニカの髪も解いて、片方にまとめると緩く結びなおした。
日中三つ編みにしていたこともあって、モニカの髪の毛はふわふわと波打っていたが、ラナはそれが可愛いと笑った。
ローブを止める胸元のリボンをきゅっと結んで、二人で並んでみれば、可愛い魔女と使い魔の完成だ。
モニカは少し恥ずかしいけれど、ラナの隣に並んでも悪目立ちしていない自分がとても嬉しくて
「えへへ」
と締まりのない顔で笑った。
そうして、ラナがハロウィンのお祭りの隅々まで案内してくれて、フェリクスの言葉を思い出したのは、祭りから帰ってきた直後のことだった。
「ついはしゃいじゃったけど、モニカ大丈夫?」
「うん!」
人酔いはしたものの、両手に抱えたお菓子はモニカが楽しんでいたことを物語っている。
アイク、夜遊び仲間の言った通り、モニカにとって特別な夜になった。
そして、ふと思い出した。
「あ、」
ローブを脱ごうとして、固まったモニカ。
「どうしたの?」
「あの、殿下が、お祭り終わったら、生徒会室にって言ってた」
「まぁ! ちょっと待って髪の毛結びなおしてあげる」
ラナは目を輝かせて、もう一度解けかけていたモニカの髪を結んだ。
そして、あれよあれよと先ほどと同様にモニカの装いを整えると、
「行ってらっしゃい」
とモニカの背中を押した。
「?え、、、ラナは来てくれないの?」
「だって、言われたのはモニカでしょ?」
ほらほら早くとお菓子を持たされ、ラナに見送られたモニカは重たい足取りで生徒会室に向かう。
辿り着く前に誰にも会わなかったことは幸いだが、生徒会室の扉は今のモニカにとっては遥かに大きく感じた。
でもここで踵を返してしまったら、約束を破ったことになる。
そもそも話を遮られ断る選択肢すら奪われてしまったわけだが、フェリクスの言うことは絶対であり、モニカはようやく覚悟を決めてノックをした。
それは聞こえるか聞こえないか怪しいほどに小さなノックだったが、
「はい」
フェリクスにはしっかりと届いていた。
扉を少し開けて、中の様子を窺う。
「あ、あの……」
「あぁ、モニカ。入っておいで」
声は殿下のものしか聞こえないが、他の役員はいるのだろうか。
それこそシリル様に見られたら……
モニカが悶々と悩んでいる間に、フェリクスが扉を内側に引いてモニカは半ば飛び込むような形で生徒会室へと入った。
心配していたシリルやエリオットの姿はなく、モニカは胸を撫で下ろした。
「それで、可愛い黒猫さん、お祭りはどうだったかい?」
「あう……楽しかったです……」
「僕と行った時よりも?」
「ふぇ? えっと、あの、それはその比べるものではなくて、えっと」
「よかった。これで今日のほうが楽しかったなんて言われたら、僕は悲しくなってしまうところだったよ」
焦るモニカを見てフェリクスはくすくすと笑った。
「さて、黒猫さん。あの台詞は言わないの?」
そう言われて、モニカは首を傾げつつ、
「と、トリックオアトリート?」
と告げると、
「はい。よくできました」
とモニカが持ってきたバスケットにお菓子をいれた。
それはナッツとアーモンドが乗ったモニカが好きそうなお菓子の詰め合わせ。
「もらっていいんですか?」
「もちろん」
代わりにと、モニカも買ってきたお菓子を並べていると、生徒会室の扉が開く。
「紅茶を淹れて参りました」
「ったく、何で俺まで手伝うはめに……」
シリルとエリオット、二人の目がモニカに注がれる。
「おやおや、子リスは随分と浮かれてるな」
「な、な…ノ、ノートン会計、その恰好は……」
「ちちちがうんです、これは、えっと、あの」
カタカタと震えているシリルの危なげな手から紅茶が乗ったトレーをフェリクスは抜き取り、エリオットは紅茶片手に二人を愉快そうな顔で見つめている。
「ほら、シリルにも言ってごらん。お菓子をもらえるかもしれないよ」
「いいいいいません」
可愛い子リスを揶揄うフェリクス、そして半泣きになったモニカ。
しばらくして我に返ったシリルが彼女を宥め、エリオットはモニカが持ってきたお菓子を勝手に頬張る。
かくして、モニカのハロウィンは混沌とした終わりを告げた。
結局たくさんもらったお菓子も、大半をエリオットに食べられてしまいネロに怒られるモニカがいたとかいないとか。