GOOD TEACHER?「エヴァレット、聞いてるのか?」
廊下の先で呼ばれている名前を聞いて、足を止め方向転換。
「先生」
「ん? なんだ、ジョーンズじゃないか」
バーニーを視野に入れた途端、あからさまに教師の表情が変わる。
生徒の優劣で露骨に態度を変えるような教師にバーニーは心底幻滅した。
「彼女がどうかしましたか?」
俯く彼女の表情は見えないが、固く握りしめた掌は震えている。
「いや...…エヴァレット、次週はテストだ。分かってるな」
彼女は小さく頷き、教師はそれ以上何も言わず去っていく。
その背中を見ながら、ため息を吐き出す。
「嘆かわしいものですね」
モニカに対して言ったわけではないが、彼女はぴくりと肩を揺らした。
「……手を開きなさい」
「?」
ようやく顔を上げた彼女が、バーニーの顔と自分の手を交互に見つめ、掌を開く。
どこにそんな力があったのか、よほど力強く握りしめたのか、くっきりと爪の跡が残っている。
「爪が伸びすぎですよ」
「ご、ごめんなさい」
「貴方は仮にも淑女なんですから、明日までに切っておきなさい」
彼女の癖というものはそうそう直るものではないから、きっと今後も何かあった時同じ動作をするのだろう。
でも他でもない自分が言えば、彼女が言う通り爪を切ってくるはずだ。
それから歩き出して、いつまでもその場から動こうとしないモニカの名前を呼ぶ。
「モニカ」
彼女は何だろうかとバーニーの元に駆け寄る。
「……バーニー?」
自分を不思議そうな顔で見つめる彼女の瞳の中で、バーニーは不敵に笑った。
「明日の放課後、図書室に来なさい。あの教師の鼻を明かしてやりますよ」
*
いつまで経っても伸びない背筋、だけどもう見慣れたものだ。
「そんなことで何をしてるんです?」
中庭の片隅、茂みに埋もれるようにしてモニカは座っている。
「バーニー」
「僕は図書室でといったはずですが」
今日はテストに向けて勉強を行う予定であった。
だと言うのに、肝心のモニカの姿が図書室にはなく、こうしてバーニーは勉強を教えるより先にモニカを探すはめになったのだ。
「ご、ごめんなさい」
「謝罪ではなく理由をと聞きたいところですが、貴方のことだからどうせ人目を気にして入れなかったとでも言うのでしょ?」
いっそうモニカは俯いて、持っていた教科書をぎゅっと握りしめた。
本当に世話が焼ける。
「……いつまでぼさっとしてるんですか、82ページを開きなさい」
「?」
「いい教師というものは場所を選びませんからね、当然僕もです」
そうしてバーニーによる特別授業が始まった。
モニカは残念ながら大抵の人間から劣等生と思われている。
だがこうして自分との対面になってみれば、無駄口もなく、的確な質問を述べる大変真面目な生徒であった。
きっと他者との関わりというモニカにとってはとてつもなく高い壁さえなければ、モニカはバーニーに引けを取らない優秀な生徒になることだってできるはずだ。
でもそうなれば、僕は……
「ここなんだけど、あの……バーニーどうかしたの?」
「いえ、なんでもありません。続けましょう」
自分はいつの間にか、彼女がずっとこのままで、自分だけを頼ることに少しの優越感を感じ始めていたことに気がついてしまった。
「……ここまででわからないことはありますか?」
「ううん。バーニーは教えるのがとっても上手だね」
モニカの無垢な笑顔がちくりバーニーの胸を突き刺す。
「僕がここまでしたんですから、これで悪い点数を取ったら承知しませんよ」
「う……はい」
もちろん、モニカはバーニーの期待を裏切ることなく、後日無事にクラス内で唯一の満点を取った。
「当然の結果ですね。今度も分からないことがあればまず僕に尋ねなさい」
「うんっ!」
にへらと締まりのない顔でモニカは笑う。
その笑顔は嫌いではなかった。
だって自分だけに向けられるそれはとてつもなくバーニーの心を満たしてくれるから。
でも同時に、着実に何かが侵食を始めていた。