星に誓いを目を閉じてもすぐには眠れない。
けれど、静けさを遮る時計の針が時を刻む音に耳を傾けながら、ゆっくりと意識を手放した。
遠くで鳥の囀りが聞こえる。
朝だ。早く彼を起こさなくては。
自分が誰であるかということすら考えることなく、服を着替えた。
そしていつも通り、重厚な扉を一度叩いて部屋に入る。
「殿下、朝ですよ」
薄暗い部屋のカーテンを開けて、ベッドを見た。
そこに居るはずの彼はいない。
「アーク?」
ふと、窓の外を見た。
朝だったはずが、外は星が降り注ぐ綺麗な夜。
なのにどうしてこんなにも怖いのか。
弾かれたように外に出て、頭上を見上げた。
ーアイク、わたしも星になれるかなー
声が聞こえた。
それは自分が何よりも大切にしている、そして永遠に忘れられない声。
屋根の上に彼がいる。
星を掴もうとして伸ばした手と共にぐらりと体が揺れた。
走れ、たとえこの身がどうなろうとも。
そう願うのに足はまるで根が生えたように動かない。
彼はゆっくりと落ちていく。自分の目の前で。
何度も、何度も。
手を伸ばしても届かない。
絶対に助けることはできない。
だってこの手は汚れてしまっている。
* * *
荒い息遣いが聞こえ、ゆっくりとベッドに近寄った。
あぁ、きっとまたあの悪夢を見ているのだ。
夢の中でさえこの方は囚われている。
額の汗を拭い、そっと頭を撫でた。
「誰があなたを救えるのでしょうか」
あの夜からずっとこの方は地獄の中を生きている。
アイザック・ウォーカー、彼はウィルディアヌの主人だ。
遠い未来、この名前は存在も含めて闇に葬られることになる。
でもそれは奇しくも主人の願いであり、わたくしはそれを叶える為の手助けをしている。
精霊である身でこんなことを思うのはおかしいのかもしれないが、亡きフェリクス様が今の我が主を見たら、きっと心を痛めるのだろう。
直接会話を交わすことも手助けをすることも終ぞ叶わなかったフェリクス様は、アイリーン様によく似て本当に優しいお方だった。
—ねぇウィル、この子はどんな大人になるかしら?—
そう口にしたアイリーン様は、陽だまりのように暖かな眼差しで胎児が眠るお腹を優しく撫でながら、微笑んでいた。
御自身の王族という身分が子に与える影響を不安に感じながら、それでも未来に思いを馳せるアイリーン様の瞳は揺らめく水面のように美しく、眩しかった。
精霊と人間では時の流れもまったく違う。それでもわたくしには分かっておりました。
きっと、貴方様に似て清らかで思いやりに溢れる人間になるということは。
でもだからこそ、あのような悲劇が起こってしまった。
「んん…」
魘されている主人を見ながらふと思い出したのは、アイリーン様が口ずさんでいた子守歌だ。
「~~~♪~~♪~」
苦痛に歪むその表情がほんの少しだけ和らぐ。
「……アイリーン様、どうかアイザック様とフェリクス様を見守っていてください」
たとえ恐ろしい結末を迎えるとしても、わたくしはわたくしにできることをするつもりです。
小さな寝息を立てる主人の寝顔を見ながらウィルディアヌは夜空に輝く星に誓った。