わたしだけの秘密(どどどどど、どうしよう)
手首さえ触れなければ脈を計られることもないと思ったのに、密着する掌は緊張のあまりじわじわと汗を掻き始めている。
(不快に思われたらどうしよう)
そう思うのに、自分から振りほどくことなんて、できない。
ううん、したくないのである。
正解を知らないモニカもシリルもその状態のまま、ただ足を真っすぐに店に向かって動かす。
ほんの少しの沈黙がどうしようもなく恥ずかしくてどきどきして、高鳴る鼓動が決してシリル様には伝わらないように隠すように言葉を重ねた。
沈黙の魔女が聞いて呆れる。
「モニカ、この店で合っているか?」
「は、はい」
残念ながら店内は満席で、数人が店の外に並んでいる。
「すみません。よく考えたら、お昼だから混んでますね。別の場所にしますか?」
シリル様は繋いでいないほうの掌で口をほんの少し押さえた。
「モニカの時間が許すなら、私は待てる。おすすめのメニューとやらを食べてみたい」
舌足らずな説明だったというのに、モニカが美味しいと感じたものを食べたいと思ってくれたことが嬉しくて、思わず繋がれた手に力が籠った。
そこでふと弾かれたように、
「すっすまない。今日は随分と暑いらしい」
シリル様はぱっと繋いでいた手を離した。
それから取り出したハンカチでモニカの掌の汗を拭う。
「あっ、えあ、そんなえっと」
モニカは自身から出た汗をシリル様の綺麗なハンカチで拭わせるなんて……と慌て手を離そうとするも、シリルもシリルで必死に自分の汗ばみを彼女に残すまいとした。
あわあわと周りからすればなんとも気恥ずかしくなる状態を続く。
「お、お客様っ」
「「⁉」」
「お席がご用意できましたので……」
こちらを見つめ、こほんと咳をする少し居心地悪そうな店員。
二人はさっと手を離して両手両足を揃えて店の中へと入った。
案内された席は幸い隅っこで、モニカはほっと息を吐いた。
これ以上人の目を感じていたら、シリル様の前で醜態を見せかねない。
それはシリル様にも迷惑だし、モニカとしても避けたい。
でも自覚してしまった以上、普通にと思えば思うほどモニカは平常ではいられず、シリルの魔導具をじっと見つめて無心になろうとした。
「……ニカ、モニカ」
「ひゃ、ひゃいっ」
慌てて魔導具から視線を上げると、首を傾げるシリル様の、蒼い瞳と目が合った。
「私はこれを頼むが、モニカはどうする?」
シリルがそう言って指さしたのはモニカが先ほど説明したもの。
モニカは味を知っている。
けれども、
「わたしも、同じものを」
シリルは頷き手を上げ、店員を呼びつける。
「こちらを二人分」、そう注文をした。
(せっかくならシリル様と一緒に味わってみたい)
彼はモニカのそんな甘酸っぱい考えを知らない。
きっと、よほどこの料理が気に入ったのだと思っているだろう。
この気持ちは誰も知らない。モニカしか知らない秘密。
なんだか少しむず痒くて、モニカはシリルに気づかれないようくふっと笑った。