深く暗い、海の底。仄かに差し込む光が街を照らしている。かつてまだ世界が一つだった頃、星の行く末を決めていた街が1人の魔道士に再現されていた。その魔道士が滅びた後も街はその巨大な力を証明し続けるかのように、未だ消える事なく存在し続けている。
コレーはハーデスとの戦いの後、いつの間にか手にしていた笛を吹く。笛に呼ばれてやってきたのは彼の魔力を帯びたシャドーグイベルだ。何故かコレーにとても懐き背に乗せてくれる。この街を作る際、彼が気まぐれにでも作り上げたのだろうか。魂が入っていないとはいえ、生物すらいとも簡単に作り出すその魔力は本当に強大なものであったのだと改めて自覚する。その翼は闇を帯びているが、どこかキラキラと輝きとても美しかった。
アーモロートの街に降り立つと1人の人物を探す。自分の行く末を気にかけてくれた彼と少し話がしたかったからだ。そして彼ならばきっとすぐに見つけてくれる。なんたってとてもよく『視える』のだから。
「やぁやぁ、また来てくれたんだね」
不思議な音色のような声が響く。けれどもそれは言葉として頭に入ってくる。なんとも奇妙な感覚だが、もう慣れた。
「その様子だと、エリディブスとの喧嘩は終わったようだね」
「こんにちは、ヒュトロダエウス。いや、ヒュトって呼んでも?」
「おや、もしや思い出したのかい?」
表情は仮面に隠されているが先程よりもヒュトロダエウスは嬉しそうだ。本人はエメトセルクに再現された泡だと言ったが本当にまるでそこにいるかのようで。
「期待に添えなくてごめんなさい。思い出してはいないの。けれどもあなたの事はそう呼びたいと思ったから」
「ワタシとした事が。新しい君にかつての君を重ねるつもりはなかったつもりだったんだけれども、少し期待をしてしまっていたらしい。けれどもその呼ばれ方はとても好きな呼ばれ方だ。君にそう呼ばれる日が来るなんて嬉しいね」
「ふふ、私が助かったのはこれを渡してくれたヒュトのおかげでもあるからきちんとお礼を言いたくて」
コレーが懐から取り出したのは橙色に金の星が光るクリスタル。ヒュトロダエウスがハーデスから預かり、コレーに渡していた第十四の座、アゼムの記憶のクリスタルだ。
「きちんと役に立ったようだね」
「うん、あの人が助けてくれた。闇の中に消えそうになった私達を引き上げてくれたよ」
「フフ、それはエメトセルクじゃない、ハーデスとして君を助けに来たのだろうね」
コレーは大切そうに託されたクリスタルを胸に抱く。そう、あの時現れたのは赤い仮面のエメトセルクではない。ただ1人の友ハーデスとして来てくれた。それがとても嬉しくて、そして切なくて。胸を焦がす痛みが消えてなくならない。
もっともっとあなたと話せばよかった。気怠げな顔をされても厭そうな顔をされても沢山話せばよかった。ずっとその後悔が胸を焼き焦がしている。
そしてこのクリスタルを渡されてからふと感じていた疑問をヒュトロダエウスに投げかけた。ちゃんとした答えが来るかはわからないけれど、彼ならば知っているような気がした。
「ねぇ、アシエンを座につける時に記憶のクリスタルでかつての記憶を呼び戻させていたような話をしていたのだけれど、もしかしてこのクリスタルで私にアゼムの記憶を上書きしたり呼び戻させる事ができたんじゃないのかな?」
ヒュトロダエウスは珍しく言葉に詰まった。そして仮面の奥の瞳はどこか揺れていた。
「…そうだね、かつての記憶を取り戻すだけならば出来ていたかもしれない」
「そう、か…それをしなかったのは…私が彼の言う、なりそこないだったからなのかな」
最後は笑っていたものの、彼からはなりそこないだの、化け物だの散々な言われ方をした。たとえ同じ魂だとしても、自分は彼の大切だった友の一片にはなる事ができなかったのだろうか。コレーはアゼムのクリスタルを手のひらに乗せて耳を伏せた。
「ここにいない彼の事をワタシが想像をして言ったとしても真実は彼自身にしかわからない事だ。けれども、ワタシの想像を述べても良いのであれば、彼は彼なりにかつての君ではなく、今の新しい君にちゃんと向き合おうとしていたのだと思うよ」
「今の私と?」
「彼は真面目だからね。今の君が世界をどう視ているのかをきちんと知ろうとしていたのだろう? それは君に失望していたのではなく今の君を最大限に尊重して今の君と生きるか、決別するのかを考えていたんだろう」
確かに彼には色々と尋ねた際、逆に生い立ちや趣味やら関係のない、他愛無い話もした事はある。それはかつての自分ではなくて、今を生きる自分を見てくてれいた証拠だったのだろうか。その真実は彼にしかわからず、その彼はもういないし聞くことはできない。