仕事に疲弊し帰宅。一息つこうとしたその矢先、エントランスからの呼び出し音。
モニターに映し出されたのは形式上、上司である男。
青年は若くして親族が経営を握る企業の常務をしている。訪れたのは専務であるシグバールという男であった。青年はどうも専務が気に入らない、というか苦手である。掴み所がなく、飄々としており上の立場である事を利用し事あるごとに茶々を入れてくる。やっと安息を得られると思ったのになぜ自宅に。青年は眉間に皺を寄せる。しかし曲がりなりにも上司。オートロックを開けてエントランスを通す。
数分後、今度は玄関のインターホンが鳴る。
「ゼアノート、しばらくぶりだな」
「先程会社で会ったばかりだろうが」
ドアを開けるなり少し前に会社にて別れたばかりの上司はニヤニヤと不敵な笑みを浮かべて立っていた。上司と言えど、入社前より付き合いのある男だ。他の社員の目も無い今気など使う必要は皆無である。
「まぁそうカリカリするな。ちょっと渡したいものがあるってハナシ」
そう言ってシグバールが自身の背後よりゼアノートの前に突き出したのは小さな、目隠しをされた子供だった。そして頭から生えるのは耳。うさぎの耳である。
「………」
頭痛がする。
仕事を終えて帰宅後、上司が家を訪ねて来たと思ったら目隠しをされたうさ耳の子供を連れてきた。あまりの事にゼアノートは自分は悪い夢でも見ているのだろうかと言葉を失った。
「仕事を頑張るお前に俺からのプレゼントだ」
シグバールは子供の目隠しを外した。現れたのは二つの青。驚きと少しの怯え。
「…ぁ、…あ、あの! そ、ソラです!!よろしくおねがいします!!」
やや低めの声で子供は慌てて名を名乗る。少年だろうか。
いや、よろしくお願いしますとは何だ。
「待て。待て、何だこれは」
「お前もも〜少し癒しがあった方が良いかと思って巷で人気のペットちゃんを買ってきたんだよ」
「ペット…?人だろうが」
「人型の愛玩ペット。流行ってるんだぞ〜??人間と区別つけるためにお飾りだが動物の耳がついてる」
「…いや、冗談じゃない。必要無い。持って帰れ」
思わず怒鳴りそうになるのを必死に抑えながらゼアノートはシグバールにため息交じりでソラという名のペットを突き返す。
「え、いらない。一応家事のオプションついてるしお前の事パートナー登録しちまったんだけど」
「何だそのパートナー登録」
「お前以外が飼い主になれない登録。だから里子に出せないんだよ」
「何でそんな事勝手にお前は…!」
胸ぐらを掴んで窓から放り投げてしまいそうだ。
「どんな設定だろうと要らないものは要らない。どうにかしろ」
顳顬に浮かんでくる青筋を必死に抑えながらゼアノートは再度ペットをシグバールに押し返した。
「わかったわかった。明日業者に引き取らせる。登録住所お前の家だから一晩だけ置いて明日業者に引き渡せ。明日休みだろ?」
何故せっかくの休みをこんな事に費やさなければいけない。ゼアノートの怒りは最高潮に達していた。
「因みにさっき言ったようにパートナー登録済みのペットは里子出せないからこのまま殺処分な」
何とも物騒な話である。だがしかし唐突にペットという名目ではあるが人型の生き物を連れてきていきなり住まわせるなど到底無理で無責任にも程がある。
「わかった。シグバール、もう二度とこんな事するな」
「怖いねぇ〜ちょっと楽しいサプライズしただけだろ?」
「俺は何一つ楽しくない。役員になったら覚えていろ」
「その時が来るのを楽しみにしてるさ。じゃ俺は明日仕事あるから帰るわ」
仕事らしい仕事をしているところなど見た事ないのに何を言っているんだこいつは。
「じゃあな、ソラだったか? 短い人生だったろうがまぁ残り数時間こいつに可愛がってもらえよ」
シグバールはソラの頭をひと撫でする。ソラは目を伏せてシグバールに小さく頭を下げた。
「それじゃまた会社で」
散々引っ掻き回すだけ引っ掻き回してシグバールはゼアノートの部屋を後にした。