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    monarda07

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    monarda07

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    ぐだキャストリア大正パロの出会い編前編

    契約結婚2(前編)────二年前、倫敦。


    (わあ……綺麗だなぁ……)

    高い塀で囲まれた大きな建物の中で、煌びやかな光がくるくると踊っている。それを遠目に見ながら、少女は──アルトリアは目を輝かせた。
    それは本当に偶然だった。今日の寝床を探すために倫敦の暗い影を歩いていたら、たまたま迷い込んでしまった人間の縄張り。聞きなれた言葉の中でも目立つ、聞きなれない独特な言葉。島国の宿命としていまだ濃い神秘が飛び交う大英帝国付近の国の言葉ではない。意味が分からないが、辛うじて言語だとわかる声が飛び交っているのに気付いて「そういえば」と思い出した。
    アルトリアが迷い込んだのは、遥か東の果てにある「二ホン」とかいう小国の「タイシカン」とやらだ。ほんの数十年前まで外国との親交をほとんど絶っていたからか、神秘がいまだに色濃く残っているらしいその国は。アルトリアたちのような人ならざる者──”隣人”にとって、とても居心地の良い場所に違いないだろう。あまりにも遠すぎるため、容易に移住できないのがなんとも残念だね、などと。彼女を遠巻きにしながら、これみよがしに仲間と楽しくおしゃべりしていた妖精たちの会話を思い出す。

    「…………」

    口に出しては言わないが、こうも露骨な態度を取られると中々堪える。たとえ掌いっぱいの水であっても、何度も何度も注げば樽いっぱいになるように。ある日突然、決壊する。
    そうなったらもう後は壊れるだけ。誰も見ていない所でみじめったらしく泣いてうずくまっているだけまだマシ。感情を持つ生き物が限界を超えて完全に壊れてしまったら、もはや何も感じなくなってしまうのだ。
    けど──うつむいた先にあった自分の足元を見て、さすがに嫌になってしまったのは仕方がないだろう。
    擦り切れてぼろぼろになって、しかもアルトリアの足より大きいせいで不格好な長靴。ほつれや汚れが目立つスカートとシャツ。軋んで固くなった髪。
    もしも今のアルトリアの姿を、あの煌びやかな光の中で楽しく踊る人々が見れたのなら、きっと彼らは彼女を指さして笑うだろう。なんて惨めな娘なんだと。
    神秘が薄れ、日陰の中で細々と生きるしかなくなった妖精の中で、さらに「人間じみた感情」とかいう異質なものを持って生まれたアルトリア。彼女は生まれてから今日に至るまでずっと、誰からも爪はじきにされて育ってきた。
    妖精であるから、人間には見えない。そして見えたとしても、人間にとっては妖精など個体で認識するものではない。そういう人間にはたいてい、勝手に期待されて勝手に失望されてきた。アルトリアはブラウニーではないのだから、家に幸運を呼び込めるわけがない。さりとて大した神秘も使えなければ人間のように善悪に惑う彼女を、妖精たちは感情が赴くまま無邪気に迫害していった。もしくは、生まれたこと自体を罵られて「役立たず」と吐き捨てられるときもあった。
    なぜそこまで言われて足蹴にされなければならないんだ、と。怪我だらけで泣く彼女に対し、北の国から流れ着いた妖精は「お前さんが生まれるには2000年遅かったな、アルトリア」と憐れみを込めた視線を一瞬だけ向けてそう告げた。
    それ以来ずっと、彼女はひとりぼっちで生きるしかないのだと悟って生きてきたのだ。今は生まれ故郷である田舎を追い出されるようにして流れ着いたこの倫敦に、他の妖精たちの小間使いのような真似事をしながらなんとか置いてもらっているようなもの。当然、寝床なんて無いので毎日のように安全な寝床を探している。今日も、前まで使っていた寝床を他の妖精たちの気まぐれで壊されたから、また新しい寝床を作らなければとフラフラ歩いていた先でここに迷い込んだ。

    「……なに、やってるんだろ。わたし」

    ぎゅっと拳を握り締めて、喉の奥がつんと痛くなるのを我慢するように唇を引き結ぶ。
    それでも抑え込めないものはあるもので。とっくの昔に何も感じなくなっていたと思ったのに、あまりにも激しい落差を見せつけられて。勝手に惨めな気持ちになって、今すぐにでも消えてしまいたいくらいの羞恥に涙が溢れて頬を伝っていく。
    こんなところ、誰にも見せられない。見せたらさらに笑われるか、泣いて同情してもらうつもりだと責め立てられるだろうから。
    それに、これ以上自分で自分を惨めにしたくない。そもそもここへは意図して来たのではない。さっさと踵を返して戻るのが得策──

    ”ガサッ……”

    「──ぁ」

    地面に固い靴底がこすれる音。アルトリアのものではない。彼女が履いているのはこんなに上等な靴ではない。音だけで既にわかる。これは、履いている本人のために職人が丁寧に誂えた上質な靴だと。
    瞬間、ぶわりと心臓が沸き立った。同時に、いじけ虫だった思考が一気に吹き飛んで目の前が真っ白になる。ぬるま湯に漬かっていた状態から一気に熱湯の中に突き落とされたような、例えるなら気分。昔一回、こういういたずらを妖精にされたことあったなー、などと変に冷静な自分が笑いながら言うのを尻目に、止まりそうになる呼吸を必死になって立て直した。
    涙は引っ込んだが、変な汗がぶわりと噴き出す。しくじった、と思ったときにはもう遅い。

    「っ、!」

    バッと顔を上げる。今のはいったいどこから聞こえてきた。警戒に慣れた耳が拾った情報を分析して、はじき出した結果を元にして振り返る。

    「ご、ごめん。驚かせちゃったかな?」

    ちょうど都合よく雲が切れて、月の光が辺りを照らす。アルトリアが視線を向けた先に佇んでいたのは、少し驚いたような表情をしている少年が一人。
    薄い顔立ちだが、端正に整っている。人間ではあるだろうが、大英帝国ではまず見かけないほど彫りが浅い。おそらく「ニホンジン」とやらだろう。しかし他の妖精たちから聞いていた「ニホンジン」の特徴にはあまり当てはまらない。すらりと伸びた手足に、背中に定規でも入れているかのように姿勢よく立っていて、明らかに丁寧な教育を施されたのがわかる品の良さが滲みだしている。推測だが彼は「ニホン」の上流階級の人間なのだろう。まず、アルトリアとは一生関わりあわない人種だ。であるからこそ、強く惹かれてしまう。
    何より目を引いたのが、アルトリアを驚かせてしまったことに対して申し訳がなさそうに潤む青い瞳。東洋の人々は皆、黒い髪に黒い瞳の持ち主だと聞いていたが、彼はその半分しか当てはまっていない。なんだ、他人の噂なんて全くあてにならないじゃないか、と密かにフフンと鼻を鳴らす。まあ、その直後に「今はそんな場合でない」と頭を振って思い直したのだが。

    (どうしよう、どうしようどうしよう、どうしよう)

    あっという間に混乱状態となった思考回路を必死に回して、なんとかしてこの場を切り抜ける打開策を導き出そうと努力する。経験上、この後起きるであろう未来はだいたい決まっている。罵られて鉄の礫でも投げつけられるか、もしくは化け物でも見るかのような表情で悲鳴を上げながら逃げられるかのどちらかだ。どっちに転んでもアルトリアにとっては新しい傷となるだろう。
    どちらに転んでも多少は傷が付く。であるならば、その傷をどれだけ小さくできるかにかかっている。そんな結論を導き出したアルトリアの行動は早かった。早すぎて、つんのめってしまうくらいには。

    「あっ、あのっ! ご、ごご、ごめんなさ……」
    「怖がらせちゃったよね。って言ってもそりゃあ、いきなり暗闇から出てこられたら誰だって驚くよ。こっちの配慮が足りなかっただけだし、むしろ謝るのはオレの方だよ」
    「へ──」

    あまりにも。予想外すぎる反応を返され、思わず目が点となってしまった。困ったように眦を下げて、少年はごそごそとズボンのポケットを探る。嫌に流暢な英語だった。下手をしたら田舎生まれのアルトリアよりもしっかりした英吉利英語だったかもしれない。

    「はい、これ。使い古しで申し訳がないけど、よかったら使って。雨水を拭うぐらいならできるだろうからさ」

    今まで経験したことのない対応をされて硬直するアルトリアを尻目に、上品な赤いラインが入った黒いズボンと白いシャツ姿の少年は流れるような自然さでアルトリアの手を取って、取り出してきたハンカチをそっと握らせてやる。

    「えっ? えっ、あの……えっ?」
    「黙っててあげるから早めに帰るんだよ。というか、女の子がこんな夜遅くに一人で出歩いちゃ駄目だじゃないか。あ、こっちはオレがなんとか誤魔化しておくから心配しないで」

    とだけ言って、少年はあっさりと帰って行ってしまった。
    後に残されたのは、あまりのできごとに付いていけず、握らされたハンカチを持ったまま呆然と立つことしかできないアルトリアだけ。

    「…………へ?」

    それが彼女と彼の出会い。一番最初の顔合わせ。

    歯車が狂いだした、はじまりの一歩であった。






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    (わあ……綺麗だなぁ……)

    高い塀で囲まれた大きな建物の中で、煌びやかな光がくるくると踊っている。それを遠目に見ながら、少女は──アルトリアは目を輝かせた。
    それは本当に偶然だった。今日の寝床を探すために倫敦の暗い影を歩いていたら、たまたま迷い込んでしまった人間の縄張り。聞きなれた言葉の中でも目立つ、聞きなれない独特な言葉。島国の宿命としていまだ濃い神秘が飛び交う大英帝国付近の国の言葉ではない。意味が分からないが、辛うじて言語だとわかる声が飛び交っているのに気付いて「そういえば」と思い出した。
    アルトリアが迷い込んだのは、遥か東の果てにある「二ホン」とかいう小国の「タイシカン」とやらだ。ほんの数十年前まで外国との親交をほとんど絶っていたからか、神秘がいまだに色濃く残っているらしいその国は。アルトリアたちのような人ならざる者──”隣人”にとって、とても居心地の良い場所に違いないだろう。あまりにも遠すぎるため、容易に移住できないのがなんとも残念だね、などと。彼女を遠巻きにしながら、これみよがしに仲間と楽しくおしゃべりしていた妖精たちの会話を思い出す。
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