石乙散文 乙骨が経験豊富かと思ったら想定外に初だった。しかも一度「セックスしたい」と明かしてから、妙に警戒されてしまってちょっとしたスキンシップにも身を引かれるようになってしまった。
(これじゃあ、あのままさっさと手を出しておくのが正解だった気すらするぞ…)
石流を避けるように去って行く乙骨の背中を見ながら、石流は追い掛けることも出来ずに打ちひしがれていた。
結局あの日は、顔を真っ赤にして無理だと言い張る乙骨を無理矢理どうこうする気にはなれずに、自分の欲を引っ込めた。石流だって、自分の欲望を一方的にぶつけるのはいかがなものかと思うし、出来るならお互いに気持ち良くなりたいと思うし。
だが、その考え方が甘かったようで、翌日の乙骨は石流に指1本触れさせてくれなくなってしまった。でもよくよく考えたらそうだよな、隣にオオカミがいたことに気付いてしまったのだから。
(つれぇ……いっそ言うべきじゃなかったのか……)
そんなことを悶々と考えながら1日を終えたその夜。
「あの……石流さん……」
ベッドに腰掛け項垂れていた石流に、乙骨からおずおずと声を掛けてきた。
石流が顔を向ければ「隣に座ってもいいですか?」と言って来たので頷いた。すると乙骨はちょこんと石流の隣に座った。
普段であればそんなことをわざわざ聞いたりしてこないのに、と思って「なんだよ?」と聞いてみれば、乙骨は「えっと…」と口元を抑えて。
その頬をほんのりと赤く染めた。
「……アナタが、僕と……せっくすしたいって、言っていた件です…」
おずおずと恥ずかしそうに言う乙骨は本当に恥ずかしいのだろう「う~~」と唸りながらも言葉を続けてくる。
「その……僕もちゃんと調べたんですよ、男同士で出来るのかなって……そしたら、一応やり方、あるんですね…」
そこで耐えられなくなったのか、両手で顔を覆った。そんな乙骨の態度に、石流はあんぐりと口を開けていた。
乙骨が初にも程があると思ったのもそうだが、自分の欲に応えようとしてくれたこと、それで男同士のセックスについて調べてくれたことも衝撃的だった。
(かんっぺきに、嫌われたかと思ったわ……)
まずはそこにホッとした。そしてなお、真っ赤な顔を隠して唸っている乙骨に愛しさすら覚えてきた。
やはり自分は乙骨のことが好きで、乙骨を抱きたいし、セックスしたいと思う。でもそれは、自分の一方的な気持ちをぶつけるのではなく、乙骨の気持ちも大事にして行いたい。
そう心に決めて、一度目を閉じると、息をひとつ吐いてから、改めて目を開けて乙骨を見た。
「なぁ…乙骨」
「……はい」
「別に俺も今すぐオマエを抱きたいワケじゃない。オマエが大丈夫になるまで、手は出さねぇから」
本当は今すぐその身体を抱き締めたいけれど、抱き締めるだけで終わらせるつもりだけど、乙骨が気にするなら止めておく。それくらいの覚悟を決めてそう言えば。
「でも……」
乙骨が顔から手を離して、不安げに石流を見てきた。
「石流、さんが……せっくす、したいっていうなら、僕も、がんばりたいって、思います…」
そして赤く染めた顔で上目遣いでそんなことを言ってくるものだから、思わず頭を抑えて「あ~~~~~」と天を仰ぎたくなった。なんだこれ、今すぐ押し倒してもいいか、いやダメだろ。
石流がそんな葛藤に陥っているとも知らずに、乙骨は「石流さん…?」なんてこちらを伺ってきていて。
その顔もかわいくて愛しくて、めちゃくちゃにしたいが大事にもしたい。いや、大事に大事にめちゃくちゃにしたくなった。
「…乙骨」
石流はなんとか乙骨に触れないように、しかし身体を乙骨の方に傾けた。
「…身体、触っていいか?抱き締めるだけだ」
「……はい」
乙骨が頷いたので、その肩に腕を回し身体を抱き寄せた。乙骨は特に抵抗することもなく、ポスリと石流の胸に収まった。
その抱き心地も好きで、ぎゅっと抱き締めてからゆっくりと自分の考えを言葉にした。
「……その、な…俺は確かに、オマエを抱きたいが、さっきも言ったが、今すぐじゃなくてもいい、オマエの心と身体の準備が、出来たらで、いいから」
「…………確かに、石流さんのおちんちんでっかそうですもんね…」
ポツリと言われたことに「う」と思う。でもそれは、乙骨が石流がしたいと言っている行為がどういうことなのかを、理解していると言うことでもあって。
「少しずつ…行こうぜ、そうだな、まずは、オマエの好きなことから」
「好きなこと、ですか?」
「キスは、好きだよな?」
乙骨の顔を覗き込みながらそう問えば、乙骨はまた顔を赤くして頷いた。
「好き、です…」
「じゃあ今日は、いつものキスとは別のキスをしようぜ?」
言いながら、乙骨の顎を取って上を向かせる。乙骨は戸惑いながらも、目を閉じてキス待ち顔になった。オオカミだって気付いた相手にこんな従順で大丈夫か?なんて思いながらも、まずはいつもの触れるだけのキスをする。
「ん……」
それをちゅっちゅっと啄むように重ねて、それからチロリと舌で乙骨の唇を舐めた。
「うっ…」
「くち、あけろ」
石流がそれだけ言えば、乙骨が薄く口を開いた。するとそこに、石流は舌をにゅるっと差し込んだ。
「んぅ…!?」
乙骨の驚いたような声が漏れたけれど、構わず乙骨の口内を舌で撫でた。歯列を這って、奥の舌を絡め取って、口付けを深くしていく。
「ふぁ、あっ…ン、んぅ、ふ……」
逃げようとする乙骨の腰を抱えて引き寄せて、胸を押してくる手に自分の手を添えてやれば、自分から離れようとする力は弱まった。
「はぁ、ン…はぁ、あ……」
「…ちゃんと、息しろ、鼻で出来るだろ?」
「う、はぁ……ン……」
少し唇を離しただけで、荒い息をする乙骨に、呼吸の仕方を教えてやる。それからすぐに再び唇を塞いでやるが、乙骨はちゃんと言った通りに、ふんふんと鼻で呼吸を始めて、いい子だ、と思いながらほんのりと、笑みを浮かべた。
「ん、んぅ…ふぁ、ん……」
そうやって深いキスを重ねているうちに、乙骨も石流に応えてくるようになった。最初は胸を押して離れようとしてきていたのに、いつの間にか石流の首に腕を回してきて、身体と唇を押し付けてくる。
ああ、最高にSWEETだなって思った。
こういう行為はやはり、お互いに求め合わなければ意味がない。
「はぁ、ん……ふぁ、あ…ンぁ……」
そうやってしばらく深いキスを重ねた後、ゆっくりと唇を離した。濃厚すぎる口付けは、お互いの唇に白い糸を引き、それもまとめてペロリと舐めとって、改めて乙骨の顔を見る。
正直、ヤバくてヤバすぎた。顔は真っ赤だし、目はとろんと蕩けて僅かに濡れてて、唇はべっとりと唾液に塗れていて。その顔のまま石流の肩にことりも頭を押し付けてきて、肩で息をしながら、ポツリと言った。
「よく、わかんないです、けど…すごい、ドキドキしました……」
「……そうかよ」
「……これが、きもちいい、なんですかね…?」
そしてそんなことまで言ってくるものだから、石流は「う」と唸る。
そんなことも知らない相手に、あんなキスを教えてしまったのか、と。
それは例えるなら、誰も足を踏み入れていない雪原に、自分の足跡を残すみたいな。
(とんでもねぇな……)
そして、そんな乙骨とセックスできる日なんて来るんだろうかとぼんやり考えながらも、そっとその頭を撫でた。